45 ジェライラ視点
ジェライラ・ブロウズはサンドラストリートのブロウズ工房の元工房主だ。
「明日、新しい聖女が入ります」
工房長を任された第二聖女がそう言ったのは就業時間後の集まりでだった。集められた聖女がマウレフィト王国からの者たちばかりだったのでなんとなくそういう話なのだろうという予感はあった。
予想外だったのはそこに王都から戻って来たばかりの第一聖女も同席していたことだ。
ミーム・ハニラマは少し離れたところから透明な笑みを浮かべてジェライラたちを眺めている。
普段姿を見せない彼女の姿に首を傾げつつ、工房長に目を向ける。
ここに集まった者たちで話の内容はある程度は予想できた。
マウレフィト王国出の聖女というのはここでは少数派だ。
だけど、実力としては秀でている。まだまだ新参者の彼女だが、工房内の一つの班を任されているし、他の同郷の者たちも同じだったりそれ以上の地位だったりしている。
他国の事情を知ることなんてほとんどなかったけれど、サンドラストリートという居場所を確保し国に対してある程度の存在感を示していたマウレフィト王国の魔女たちは特異な存在であったのだと、ここに来て思い知らされた。
ジェライラたちは恵まれた魔女だったのだ。
だが、いまだに魔女が恐れられ疎まれ忌まれる存在であることには変わらない。ジェライラの幼少時がそうだったし、サンドラストリートに流れてくる小魔女たちもそうだ。
他の国にはサンドラストリートに類するものがない。だから魔女たちは閉鎖的で技術的にも未熟な者が多い。魔女の鍋の扱いさえ心得ていない者も多かった。
だから、ジェライラたちが集められて新しい聖女がやってくる話をした時点で、その新人はマウレフィト王国から来たのだろうと察することができたし、だとすればある程度の実力が期待できるとほっとした。
なにしろこの国に来てからただひたすら同じ薬草を育て、同じ治療薬を作る毎日だ。
治療薬は疫病にかかった者の症状を抑えることはできても根治することはできない。新薬を研究する暇もなく、数多くの罹患者たちの苦しみを減らすための薬を作るだけで手一杯の毎日だ。
同じマウレフィト王国出の魔女ならば一度はサンドラストリートに流れているはずで、魔女の鍋の扱いも心得ているに違いない。
少しでも時間ができれば疫病の研究ができるかもしれない……ジェライラはそんな期待を込めて工房長の次の言葉を待った。
「彼女の名前はレイン・ミラーだそうです」
げっ。
声を……なんとかぎりぎりで抑えることができた。
「ミラー? ということはミラー工房の工房主かい?」
「あそこはずっと跡継ぎがいなかったはずだがねぇ?」
「工房主なら腕はたしかだろう? いいことじゃないか」
「そうだねぇ。……ジェライラ、あんたがいた頃ならもういたんじゃないのかい?」
「……ええ、覚えがありますよ」
先達たちはすぐにジェライラに質問を向けてきた。
「レインはまだ小魔女ですが腕は確かでしょう。サンドラストリートに流れてきてすぐ、サンドラがミラー工房を預けました」
「おや、それはすごいねぇ」
「でも、なにやらいい顔をしていないじゃないかい?」
「ええ……」
やはり見抜かれているか。
ジェライラはため息を吐いて説明を始めた。
「彼女の実力は申し分ないかと。それこそ次のサンドラは彼女ではないかと言われていたほどです」
「へぇ……」
「それはすごいねぇ」
「あの婆さん、跡継ぎが見つけられたなら自分が来ればよかったのにねぇ」
「ですが、性格はとても魔女的です」
「暗いのかい?」
「サンドラストリートの魔女として、です」
そう。レインはとても魔女的だ。環境によって屈折した暗い性格だということではなく、サンドラストリートという魔女が集まることが許された特別な場所で研鑽された明るさを持ち、魔女としての実力に前向きで、そして実力に相応しい傲慢さを持っている。
困ったことにその傲慢さが幼少時の実体のないものではないことがまた厄介だ。
「アンリシア・バーレントというご令嬢のことはご存じでしょうか?」
いきなりミームが質問を投げかけてきた。
「バーレント? バーレント公爵家かねぇ?」
「あそこはたしか、娘が一人だろう?」
「側室の子はおるよ。何度かあそこの召使に精力剤を処方してやったからね」
「あんたの薬はよく効くからのう」
「その通りよ」
「「ほっほっほっ」」
婆さんたちが下世話な笑い声を重ね合わせる中、ジェライラには思い当たることがあった。
「たしか、レインの懇意にしている貴族家ですね」
「ほう? バーレント家と昵懇になれる魔女がいるのかい?」
「あそこは魔女嫌いの保守派じゃなかったかねぇ?」
「そうそう。それなのに魔女の薬を求めるのが面白かったのに。つまらない家になったんだねぇ」
「あんた、そういうの好きだねぇ」
「人の矛盾を見るのが何よりの楽しみだからねぇ」
「それはわかるけどねぇ」
「レインさんはバーレント公爵家と仲が良かったのですか?」
「そのようだ。としかわかりません」
婆さんたちの会話は聞き流すに限る。
ミームの質問にジェライラは答える。
サンドラストリートでは客は顔と素性を隠すことが許される。そんな客を推測し、そしてあえて気付かない振りをするのがサンドラストリートの魔女たちの嗜みだ。
もちろん、魔女も生活をする以上はお得意様が必要で、特定の貴族や商人と仲良くなることもある。
だが、誰もそれを公言することはない。
レインとバーレント公爵家との繋がりも周りからは推測でしか判断できない。
「しかし、そうですか。バーレント公爵家は魔女を排除する家なのですね」
「わたしがいた頃はそうでしたが、レインと交流を持つようになって変化した可能性もあります」
「そうですね。それでも、事情はよく分かりました。ありがとうございます。……そうそう、ジェライラさん」
「はい」
「レインさんの教育係、お願いしますね」
そんなとんでもない役目を押し付けてミームはその場を去っていった。
「冗談じゃない」
ジェライラは頭を抱える。
まだ、あの小魔女がどれだけ問題児なのか説明していないというのに!
聞く前に逃げられた!
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