43
その夜のこと。
アンリシアと同室の夜である!
いままでもテントや馬車で一緒に寝てたでしょと言われても、関係ない。あえて言おう。
それとこれとは別である!
初めての異国。不安な状況で一緒の部屋を望むアンリシア。
眠りながらそれとなく私の方へと体を摺り寄せてくるアンリシア。
頭を撫でるとふんわりと表情が緩むアンリシア。
これほど可愛い状況があるだろうか!
いやない!
「ふふふふ~ん」
アンリシアの可愛い寝顔を見ていると鼻歌が自然と零れてしまう。起きないようにボリュームは低めにね。
いやぁ、幸せだぁ。
幸せな時間だよ。
だから……ね。
「ちょっとでもアンリに触れたら滅ぼす」
ぼそりと、夜陰に紛れてアンリシアに忍び寄ろうとしていたモノに私は宣言した。
ベッドをよじ登って頭を見せていたそれがビクリと震える。
蛇の影のようなナニカは私の視線を浴びて止まってしまっている。ただの影だと言いたいのかもしれないが無駄なのよ。
「できないと思うな。お前がなにかも知っているし、誰に取り憑いているかも知っている」
影に擬態しているつもりでもその先端で光る一対の線のような赤い光は見逃さない。それは奴の目だ。
まさしく影の蛇だ。
「大人しく土の下で腐っていればよかったんだ。なんのために出てきた? なにがしたかった?」
私の問いに影の蛇は答えない。
ただ、赤い瞳はどこか恨めし気に私を睨みつけているようだった。
「お前らのせいでここから出られなくなった。敵対したくないならいますぐ地に戻れ。そうじゃないなら……」
静かに視線に圧力を足していった結果、影の蛇は顔をこちらに向けたままベッドの下へと消えた。
ベッドの影へと潜り、そこから壁の影へとつたい、そして風を通すために少しだけ開けていた窓の隙間から逃げていく。
窓の向こうで尻尾の先端が忌々し気に振られたのを見送り、私はため息で殺気を振り払い、アンリシアの頭を抱え込んだ。
「まいった……」
私を狙うなら別になんでもないんだけど、アンリシアにその手が回ってくるのはいただけない。
場合によっては本気で国ごと火の海に沈める選択も考えておかないとね。
「だめよ……レイン」
もごもごとアンリシアが寝言を漏らし、私は苦笑して彼女の髪の匂いを嗅いだ。
はぁ落ち着く。
†††††
結局、私は下っ端聖女としてこの国で働くことになった。
第二部通りのスタートだね。
どうせなら違うアプローチで始めたかったけど仕方ない。
王都に移動した私たちはまず城へと移動する。
「さあ、ミーム。皆に帰って来たことを報せてやりなさい」
「はい」
ミームが戻ってきた途端に落ち着きを取り戻したダインは馬車の窓を開けてやる。
「あ、聖女様だ!」
「ミーム様!」
「第一聖女様!! 万歳!!」
窓から顔を出したミームに王都の人々はいち早く反応し歓呼で出迎えた。
「人気ですね」
「それは当然だ! なにしろミームだからな!」
アンリシアの社交辞令にダインは鼻高々だ。
「ミーム様のご活躍で我が国の疫病は大事には至っていませんからね。人気は当然です」
苦笑を滲ませたスペンサーが言葉を付け足す。
「突如としてこの国で猛威を振るい始めた疫病に対しミーム様は当初、たった一人で薬を開発し、皆に配って回られた。私の家族も彼女の薬で救われました」
「そうなのですか」
「ええ。この国で彼女に恩を感じていない者などいないでしょう」
「それはすごいですね。それで、レインの仕事のことなのですけど……」
「ああ、そうですね。改めて説明しますがレインさんはこの国では聖女と呼ばれることになります。位階は第三聖女です」
「位階というのは?」
「はい。この国の聖女様方は第一聖女であるミーム様を筆頭にした階級制度を取り入れております」
「そうなのですか……」
ちらりとアンリシアが私を見る。
私が気に入らないと暴れるとでも思ったのだろうか?
もう、アンリは心配性だなぁ。
だが、スペンサー。お前が私をそういう目で見るのは許さない。
「ああ、心配なさらないでください。階級制度といってもそれほど難しいものではありませんし、厳しいものでもありません。ただ、振り分ける仕事をわかりやすくするための簡易的な物ですので」
「では、その仕事の振り分けというのは?」
「第三聖女の方々は……もうすぐ見えてきます。ああ、あれです。あそこにある大工房と大植物園で治療薬のための薬草の栽培と治療薬の製作を行ってもらいます」
「他の方々は?」
「第二聖女は第一聖女であるミーム様の手伝いとして根治のための新たな薬の開発をしてもらいます」
「階級を上げる方法はあるのですか?」
「もちろん。与えられた仕事で成果を上げれば」
「明確な条件などはあるのですか?」
「各責任者から上がって来る評価から第一聖女が判断します」
「なるほど。レイン、それでいい?」
「どうぞご自由に」
「期待していますよ、レインさん」
窓から顔を話したミームがこちらに笑みを向ける。
「アイアイマム」
「あいあいまむ?」
私の言葉にみんなが首を傾げる。
「がんばりまーす」
「レイン、まじめにね」
「私がまじめにやったら大変なことになるよ?」
「だから、まじめに」
「は~い」
ダインが胡散臭げな視線を向けている。生意気を言っているのが気に入らないのかもしれないが、口には出さない。
ミームがいれば残念だったこの男も少しは理性を取り戻して言わなくていいことを口走らなくなるみたいだ。
「陛下、この方は大丈夫ですよ。ご安心ください」
「む? うん……そうか。レイン、頼むぞ」
「我がお嬢様のために全霊をかけてがんばりますので」
テキトーに形を整えてそう言ってのけるとダインがまた難しい顔をした。
いや、だって当たり前でしょう?
なんで他所の国の王様のために頑張らないといけないのかと。
アンリシアも苦笑を浮かべるだけで何も言わなかった。
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