30


 どっかーん。

 大きな爆発。

 王都の空を飛び回った巨大なモンスターは正義の魔女レインちゃんによって倒されました。

 やったね。

 と、いうのが対外的な発表。

 私は王様に謁見してご褒美をもらい、晴れて無罪放免。騒動の元となった王子は王位継承権を放棄して臣籍降下。王太子の座は正式に引き取った五歳の妾の子に譲られた。

 私は工房に戻ることができた。


「ぶっは~~~~」


 久しぶりの自分のベッドに身を投げ出す。

 牢獄生活の間に溜まっていた埃は掃除妖精の活躍できれいさっぱりなくなった。

 うーん、牢獄に差し入れしてもらった家具もよかったけど、やっぱり魔女はこういうせまっ苦しい空間が落ち着くよね! 牢獄はちょっと開放的過ぎた!


「お疲れ様」

「アンリ~」


 住居区画まで入って来るのはアンリシアだけ。

 抱きついた私をアンリシアが優しく受け止めてくれる。


「今日はお祝いをしないとね」

「あなたの解放祝い?」

「アンリの婚約破棄祝い」

「それは意地悪だわ」

「私にとってはハッピーエンドだけど?」

「もう」


 そう。

 リヒター王子が臣籍降下したことでアンリシアとの婚約も自然消滅した。次の王子様とって声もあるらしいけどまだ五歳だからどうなるかはわからない。


「ああ、そういえば、なんであの話を断ったの?」

「宮廷魔女の話?」

「そう」

「私はアンリの専属だから、他の貴族に顎で使われるとかごめんだよ」

「もう」

「それに、他になりたい人はいるでしょ? 私だけが色々と取っちゃうわけにはいかないよ」

「……まぁ、そうかもしれないわね」

「そうそう」


 アンリシア、バーレント公爵家とついでだけどナルナラ公爵家とも仲良くしてる。

 その上で王家からも認められたとあっては功績みんな独り占め。

 それじゃあ、世間の目的に魔女がすごいんじゃなくて私がすごいだけになっちゃうからね。


「ああ、そうだ。お祝いの前にサンドラ工房にお届け物があるの。そちらを先に済ませないと」

「そうなの? なら、ついて行こうか」

「うん。案内して」

「よろこんで、お嬢様」


 アンリシアを案内してサンドラ工房に行く。


「来たのかい」

「そりゃ、来るわよ」

「やれやれ……」


 サンドラはわたしを見るなりため息を吐いた。


「あんたのおかげで余計な仕事がたくさん増えたよ」

「ええ? どっかの我慢ができない婆のおかげでこっちは牢獄にまで入れられたんだけどねぇ」

「はぁ~あ、好機だと思ったんだけどねぇ」

「余命が短いと焦るものなわけ?」

「うるさいね。そう言うならもっと年長者を敬いな」


 王子とサリアを唆しておいてまるで反省がない。

 まったく、魔女は我が儘だね。

 逃げてないだけマシなのかもしれないけど。


「あら、レイン先輩。こんにちは」


 奥の工房から新顔がひょいと顔を出した。


「弟子や、課題は終わらせたのかい?」

「はい先生、こちらに」

「ふむ……そこの姉弟子には劣るがいい出来だよ」

「ありがとうございます」

「やっぱり才能ある?」

「そりゃあね」


 私の問いにサンドラが頷く。


「この年でこの見た目ってだけで魔力の質がいい証拠だよ。物覚えもいいし頭も回る。次のサンドラはあんたかこいつだね」

「私はいらないよ。あんたにあげる」

「レイン!」


 いままで黙って控えていたアンリシアがたまりかねて口を出してきた。


「失礼でしょ、この方は……」

「いいのよアンリシアさん」

「しかし……」

「いまの私はただのシエリアよ。あなたがそう提案してくれたのでしょう?」

「そうですけど」

「もっと早くこうするべきだったのです。死んだことにして、ちゃんと魔女の修業をする。そうすればあそこにいるよりも陛下……夫や息子の役に立つことができたでしょうに」


 そう言ってにこにこ笑うのは死んだことになっている旧王妃で現妹弟子シエリア。

 そう、忘れかけていたけど私って一応サンドラの弟子に当たるんだよね。その割には魔法とか薬のレシピとか教えてもらうときはお金払っていたけどね。しかも最終的にはサンドラを継がせようとしていたとか……なんだろうね、責任だけ押し付けようとしていたみたいな感じでイラっとする。


「そんなことよりあんた、例の薬、作れそうなのかい?」


 私のジト目をかわそうとサンドラが話題を変えてくる。

 そんな私たちの後ろでアンリシアとシエリアになにか渡している。お届け物とやらだろう。手紙みたいでシエリアが喜んでいる。


「知らないよ。いまから材料を探しに行くところなんだから」


 ゲームの中だと聞いたこともない材料が必要だからどこにあるのかもわからないし。

 例の薬とは悪魔の種に侵された体を元に戻すもののこと。

 牢にいる時に使い魔の鼠越しで話を付けていたのだ。

 ちなみに序盤ボスモンスターを操っていたのもサリアだった。王子の役に立てと悪魔の種と一緒にサンドラが渡していたのだそうだ。

 余計なことしかしてないよね、この婆。


「エリクサーで治らない状態異常とか、なんてことしてくれてるんだが」

「ふひひひひ、私の奥義さね。欲しければサンドラの名を継ぎな」

「い・や!」


 ほんと、婆じゃなかったら殴ってたね、まったく。


「自由な、お婆様ね」


 サンドラ工房を出るとアンリシアが苦い笑みを零す。


「クソ婆って言っちゃっていいんだよ。あんなのは」

「口が悪いのはいいことではないわよ」

「はーい」

「……リヒター様だけど、あの方の城で暮らすことにしたそうよ」

「それは、当然じゃない?」

「ちゃんと責任を感じておられるのね」

「約束破ったら私が殺しに行くって言ってるしね」


 臣籍降下したリヒター王子だけど、すぐに領地が与えられるわけでもない。謹慎処分ということでしばらくはどこかで蟄居みたいなことをする。

 その蟄居先の城にあの子がいる。

 サリアだ。

 彼女に生じたモンスター化はそう簡単には治せない。ゲーム中の全状態異常に有効なエリクサーが効かないっていうんだからめんどくさい。

 でも、解毒方法がないわけでもない。

 必要な材料を知っているのは、悪魔の種を作ったサンドラだけで、その婆が言ったのが、私のぜんぜん知らない材料なのだ。

 しかもサンドラもヒントぐらいしか知らないって、一体どういうことなのかと言いたい。言ったけどね。


「こっちが約束破らないんだから、あいつにも破らせないよ」


 サリアを治すと私は約束したのだ。

 だから、その材料を探すためにあちこち旅をしないといけない。

 治るまではしばらく、リヒターとサリアには美女と野獣ならぬ美少年と野獣を演じてもらわないと。


「そういうわけで、しばらくは旅暮らしになるから、今夜中にアンリ分をたっぷり補充しておかないと」

「そのことなんだけど、私も同行していいかしら?」

「なんですと!?」

「危険な場所にはついて行けないけど、街中だと私がいた方が便利でしょう?」

「それはそうだけど、いいの?」

「いいのよ。おかげさまで王妃教育もなくなったし」

「やった!」

「ふふ」


 素直に喜ぶ私を見てアンリシアはかすかな笑い声を零し、それからいきなりフードを取った。

 サンドラストリートを歩く者は魔女以外は全て顔を隠す決まりなのに。


「なにしてるの!?」

「いいのよ。これからはこういう時代になるのでしょ?」

「そうかもしれないけど」

「なら、私が最初の一人になっても何も問題はないわよね?」


 そう言って笑うアンリシアはサンドラストリートの魔法の光に照らされて最高にきれいで……。


「好き!」


 私は迷うことなく抱きついた。









※※※※※※※※※※

ここまでお読みいただきありがとうございました。

これにて第一部完です。

この後は「小説家になろう」でも掲載し、両方の反応を見て続けるかどうかを決めたいと思っています。

なにとぞ、応援よろしくお願いします。



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