29
そうなっちゃうかぁ。
色々ぶっ壊しながら地上に上がっていった元サリアを見送り、私は「あーあ」とため息を吐いた。
こうなるとわかっていたわけではないけど、序盤ボスが出てきたときからどこかであのモンスターに変身するアイテム、悪魔の種も登場するだろうなとは思っていた。
しかしまさか、あんな使われ方をされるなんて思いもしない。
私をモンスターにして、一体どうするつもりだったのやら。
操る方法でもあると思っていたのかな?
もしかして、私にアンリシアを殺させるつもりだったとか?
そう考えると腹黒いなぁというか狂ってるなぁというか追い詰められてるなぁというか……。
「レイン!」
「アンリ!」
そんな考えは慌てて駆けつけてくれたアンリシアを見れば全部消えてなくなる。
ヒャッハー! 久しぶりの生アンリだぁ!
ええい、こんな柵、邪魔だ。
ぐにんと牢の柵を曲げて外に出るとアンリシアに抱きつく。
「レ、レイン?」
「アンリだぁ! はっふぅぅぅぅええ匂いじゃぁぁぐへへへへへ」
「こら、やめなさい。もうっ!」
そんなことを言いながら頭を抱えてなでなでしてくれるアンリシアは女神でしかない。そうだいっそここで開宗すべきだ。称えよ。アンリシアは女神である。
あっ、やっぱやめ。私以外をアンリシアがかまうとかありえない。アンリシア教は終了しました。
「それよりレイン、さっき化け物が!」
「ああ、うん。ここから上がってったよ。狙いは王子じゃないかな?」
「王子を?」
「あれってサリアだから。たぶん、執念を増幅させてるんじゃないかな」
「そんな……」
顔面を蒼白にするアンリシアは可愛い。
うん、いまならアンリシアがなにをしていても可愛い。いやいや、普段からアンリシアはなにをしていても可愛いんだけどもう今日はその感覚が倍の倍の倍な感じで可愛い。久しぶりでアンリシア覚が鋭敏になってるね。
アンリシア覚とはなにかって?
視覚聴覚嗅覚触覚味覚アンリシア覚だよ! 常識でしょう?
「レイン! 王子を助けないと!」
「ええ?」
婚約破棄されそうになっていたっていうのに王子を助けようなんて、ほんとにアンリシアは可愛いなぁ。
「もうっ! いい加減正気に戻りなさい!」
「へぶっ」
頭を叩かれた。
痛くないけど怒った顔も可愛い。
とはいえ怒らせたままにしておくわけにもいかないのでそろそろ正気に戻るとしましょうか。
「……で、助けるの?」
「助けるわよ。当然でしょう?」
「いい人だねぇ、アンリシアは」
「いい人とかそういうのは関係ない。あの人に何かあれば、わたしたちだって無事とは限らない。あなたはいまだに王子暗殺の容疑がかかったままだし、わたしはあなたの支援者なのよ」
「おお!」
「さあ、理由は分かった? なら動いて。これはあなたでないと解決できないんだから」
「そうだね! なら助けよう、私たちのために」
「そう。わたしたちのために」
ぎゅっと手を握ってもう一回ぎゅうっと抱擁。
アンリシア分充填完了八十パーセント! レイン・ミラー征きます!
モンスター化したサリアを追って地上に上がる。すぐに壁に穴が開いて外に繋がっている。
もうすでに城の中は大騒ぎだ。
そして……。
「オオオオオオオオオオオオオジジジジジジジジサマママママママママママ!!」
響き渡る大音声。
濁ったサリアの声が城の隅々まで、さらにその遠くにまで届いている。
王子様への執着は絶賛爆発中みたい。
追いかけて外に出れば、体長が十倍ぐらい体色は黒、背中に蝙蝠の翼、頭に山羊の角とまさしく悪魔な感じになったサリアが壁に張り付いている。
新たな穴を開け、そこに手を突っ込んでいる。
引っ張り出したそこにはリヒター王子が掴まれていた。
握り潰していたらそこで終わりだったけど、そうはならなかった。
「殿下!」
「おのれ化け物め!」
追いかけて壁を登っているとそんな声が聞こえた。
騎士たちがもう来たのかと思ったけど、声が若いし二人だけだ。男と女。あれ、そういえば聞いたことがある声だ。
ああ、騎士団長の双子兄妹、ウィルビスとセイラだ。
戦っている音は聞こえるけどどうなっているのかは、ここからでは見えない。
「ぐわあぁぁぁぁ!」
「きゃああああっ!」
セリアが口から魔力砲を放ってそれでお終いになったみたいだ。死んでいないといいね。
せめても私が登りきるまでぐらいは持たせてくれたらよかったんだけど。
「ワワワワタタシシシシシシノノノノモモノノノヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨヨ!!」
サリアは叫ぶと蝙蝠の羽を広げた。背中にそれがあることがわかったのか、それともようやっと神経が繋がったのか……。
「逃がさないわよ!」
サリアが空を飛ぶ。
追いかけて、私も壁を蹴る。
「私とアンリの未来のために!」
ああ、空飛ぶ魔法が欲しい!
なんで魔女がテーマなのに空飛ぶ箒がないのかと! ないのかと!!
走り幅跳びみたいに足をバタバタさせて滑空距離を伸ばすとなんとかサリアの背中に下りることができた。
「はーい、サリア」
「っ!」
背中に乗った私に気付いてサリアが横回転する。
振り落とそうとしたみたいだけど羽の根元を掴んで耐える。
「無茶すると王子様も壊れちゃうけど?」
「ギギッ!」
横回転を止めたのを好機に頭にまで移動して角を掴む。
王子様は……気分が悪そうだけど生きているね。
「どうも王子様。お元気?」
「……君は僕に嫌味しか言ってくれないのか?」
「減らず口が効けるならまだ大丈夫ね」
「……この化け物がサリアなのか?」
「そうですね」
「……どうして?」
「どうして? たいていの女の子なら、王子様に選ばれて有頂天にならないわけがない。それが失われるかもとわかって狂わないわけがない。サンドラに言われたことを忘れたの?」
「…………」
まぁ、正直、私はこの王子に選ばれても嬉しくないし、人それぞれだとは思うけど、この自覚のない王子様には効くんじゃないかな?
「あなたは魔女を救いたいんじゃない。ただ、母親を救いたかっただけ。そのために魔女を道具にした。なにか反論は?」
「君は何でも知っているんだね」
「誰かさんのおかげで牢屋暮らしは暇だったんですよ。他人の話に聞き耳を立てるぐらいしか楽しみがないぐらい」
「なるほど……魔女が恐れられるわけだ」
「どうも」
ああ、この人はもう諦めている。
平板な王子の目を見て私はそう思った。
これ以上、嫌味をぶつけたってなにも発展はないか。
さて、とりあえず私たちを守るためだけなら王子を奪還すればそれで終わりだけど……。
それだけだときれいな解決ってわけにはいかないよね。
ゲームの主人公ならボスを倒して終了だけど、もうそんな立場じゃないんだから。
「ハッピーエンドには努力が必要よね」
そういうわけで、私はサリアを見る。
王子を気にして暴れられないけれど、私をどうにかしたくて唸っている。
「ねぇサリア、まだ王子様が欲しい?」
「オオオオオオオオオジジジイサマママママ!! ワワワワタタタシノノモノノノノノ!!」
「うんうん。私は王子様いらないから安心して。でも、その姿のままだと幸せなキスをして終了とはいかないわよね?」
「グググ……」
「だから、提案があるんだけど、王子様と一緒に考えてくれないかな?」
感情の死んだ目で王子はわたしを見続ける。
「まっ、いろいろ妥協はあると思うけどね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。