02
一年経ちました。
レイン七歳。相変わらず工房にいます。
います……けど……。
「なんてこったい」
思わずそう言ってしまうのは許して欲しい。
一年前、あんなにきれいで神秘的だった隠し工房は……なんか薄汚れていた。
床には色んなものが転がり、雇った掃除妖精が必死に働いてくれているのだけどまったくきれいになる様子がない。
精霊鍛冶場には四大精霊王がいて次々と色んな鉱石のインゴットが炉から吐き出されていく。
薬草温室はレア薬草が育ちまくって樹海みたいになっている。
儀式台に載せられた剣を囲んで水晶製の器具がいかにも盛り上がってますというシャンシャン音を立てている。
工房の奥にある赤い扉を守っていた鎖もいまはない。
そして魔女の大鍋からは……ドラゴンの尻尾が覗いていた。
「……まさか、最後の料理レシピ『竜王のまるごと煮込み』まで達成できるなんて」
これが、覚えている限りのゲームの中で作れるクラフト要素の最後の一つ。
いや……いくつかイベント要素が存在するアイテムは作れていないけど、そういうのを除けばこれが最後の一つ。
レベルも上限に達した。
とはいえステータスの方はまだ上がる余地がある。レベルの上限は99だけど、普通にレベルを上げただけではステータスの上限には達しないのだ。
ステータスを上げる方法はレア素材を集めてそれで作れる神薬を飲むとランダムで上がる。
メインストーリーを辿っている間にそれを作れる機会は三回くらいだけれど、隠しダンジョンに潜ればその素材は確率で手に入る。隠しダンジョンの浅い層なら低く、深い層なら高い確率という感じで。
そういうわけでレベルカンストしたいまの私は神薬作りのための素材集めをしつつそのついでに装備とか料理のための素材とかを集めている。
このゲーム、クラフト要素が充実している。
魔女らしく薬を作るだけじゃなくて、自分の装備や戦うときの仲間の装備も作ったり強化したりできる。
さらに能力の一時上昇効果付きの料理レシピまで存在する。
作れないのは家とか家具とかぐらい?
ああでも、いまなら作れるかも。
なにしろここはゲームのようでゲームじゃない。私……生きたレインが存在する本物の世界だ。家はゲームデザイナーが配置したわけじゃないし、テクスチャを貼り付けたものでもない。
木を切って……とかがんばれば作れる。
とはいえ、いまは必要ないか。
「……とりあえず、今日の日課を済ませよう」
『竜王のまるごと煮込み』が完成するのは明日の朝だ。それまで魔女の大鍋は使えないし、そんなに緊急で作りたいものはない。
隠しダンジョンからもどってすぐに作り出したから眠っていないのだけど、この日課だけは済ませておかなければ……と、私は隠し工房から外に出た。
いつものレインツリーがある池の島、光の道を出すのも面倒なのでぴょんと跳ぶ。
気分的には『ぴょん』だけど実際には『ぴょ~~~~~~~~~ん』って感じで跳んで池の縁に着地する。
そのまま軽い足取りで森の外に向かう。
一年前に迷いまくって泣きまくった森の中もいまや庭同然。途中で見つけた猪を殴って仕留めて肩に担ぎ、簡単に森の側にある故郷の村に到着する。
だけど、村に入らない。
村と森の境目みたいなところで足を止め、すぐそこにある家……家というか小屋? そんな感じのぼろい建物を見る。
「あっ、母さん」
洗濯物を干すために出てきた母を見つけて、声をかけた。
「レイン!」
私の声に驚いた母は周りに誰もいないことを確認してから近づいてくる。
「レイン、元気だった?」
「もちろん。母さんは大丈夫?」
「あなたのおかげで大丈夫よ」
「よかった。あ、これお土産」
「立派な猪ね」
「うん、最近だと珍しいかな」
「……この前、猟師が狼の群れを見かけたそうだから、それが原因かしら」
「ふうん。どの辺り?」
「え? だめよ。レインだめよ。近づいてはだめ」
「大丈夫だよ。いまの私は魔女だもの」
「それでもだめ」
「わかった」
母の真剣な顔に大人しく引き下がることにする。
この村での私はもう死んだことになっている。一年前に森で迷って、そのまま死体も見つからずに死んだことになっている。
でも、その方がマシなのだ。
魔女になりましたなんてことがばれたら大変なことになる。
ただでさえ新参者の我が家は村の人間関係で苦労しているのだ。そこで娘が魔女になって帰ってきましたなんてなったらひどいことになる。
実際、ゲームの中では十歳までの村の生活はひどいものだったのだ。
ゲーム中では多く語られないし、その村も賊にやられて火に呑まれてしまうので確かめるすべもないのだけど、ひどい目にあったというのはそれとなく情報が出てくるし、周囲の扱いも、そういう目にあっていたんだろうなと想像させるものがある。
この世界では魔女の地位はとても低い。
魔法を使い、役に立つ薬をいくつも作りだす役に立つ存在だし、実際に利用しているというのに、人々は魔女を恐れて疎外しようとする。
まったく理不尽だ。
理不尽だけど理由がないわけでもない。
とはいえその話はまた今度。
「レイン、絶対よ。絶対狼には気を付けてね」
「わかっているわ」
念押しする母に猪を押し付けて森に戻る。
が、母は知らない。
私が竜王を煮込むぐらいの実力者になっているということを。ていうか竜王がなにかさえも知らないだろう。飛竜と勘違いするかもしれない。
母さん、竜王は飛竜が軍隊になって襲いかかっても勝てませんから。
そういうわけで狼を探しに森伝いに移動していく。
この辺りは街道と畑を除けば木々に囲まれているのだから人目を避けて移動するなんて簡単だ。
途中でちょうどいい木の枝(エクスカリバー)を拾ったのでそれを振り回しながら進んでいく。
「さあて、狼はどこかな~?」
なんて言いながらひょらひょらと歩いていると狼じゃないものが見つかった。
「きゃああっ!」
女の子の悲鳴だ。
すわっ何事と急いて向かってみるときれいな服を着たきれいな女の子がなんか黒尽くめに追いかけられていた。
「た、たすけて! お父様! お母様!」
「ははっ! そんなの来ませんよ」
「そうそう」
「はは」
「へへ」
ぼろぼろの泣き顔を引きつらせる女の子に黒尽くめたちがいかにもな台詞を吐いていく。
なんだこれ?
こんなイベントは見たことない。
とはいえそんなことを言ったら私の現状の説明もできない。これはもうゲームじゃなくて現実なのだといい加減に受け入れなさいと自分に言い聞かせつつ、私はささっと女の子の前に立った。
「なっ!」
「なんだお前!」
「いや、いつの間に」
「待てっ。黒い髪……魔女だ」
「黙れ悪者」
ペシと木の枝(エクスカリバー)で叩く。
女の子に手を伸ばそうとしていた先頭の黒尽くめの手に木の枝が当たり……ゴキッ! といい音がした。
「ぎゃあっ! 手っ! 手がっ!」
「なっ! なんだ⁉ 魔女の魔法か!?」
「いや、ただの枝ペシだけど?」
「そんなわけあるか!」
「そんなわけ、あるんだなぁ」
というわけで、その証明とばかりにさらにペシペシペシと黒尽くめたちを順番に叩いていく。その度に叩かれた場所の骨を砕かれ倒れていく。
なんか悪そうな連中はあっというまに地面に倒れてピクピクしているだけになった。
「いまここ狼いるみたいだから、そのまま倒れてると食べられちゃうよ?」
一応声をかけておく。野生の獣が人の味を覚えると面倒だからね。
こいつらの命? それは知らね。
「じゃっ、行こうか?」
「え? う、うん」
そんな感じできれいな女の子を確保。
人知れず捜索隊と合流させてあげることに成功したのでした。
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