03
私の名前はアンリシア・バーレント。
バーレント公爵の一人娘の私が災難に遭ったのはほんの三日前。別荘で静養しているお母様のお見舞いにやって来て、ちょっと外の散歩に出たときのことだった。いきなりお付きの侍女や護衛たちがいなくなり、迷子になってしまった。
そうして気付けばあの黒尽くめの男たちに囲まれ、なんだかわからずに泣いてしまったところで黒髪の女の子に助けられた。
名前は教えてもらえなかった。
黒髪……あれはやっぱり魔女だったのだろうか?
魔女。
呪われた人々。
でも、その魔法や薬は人々の役に立っている。
そうよ。
あれが本当に魔女なのだとしたら、お母様の病気だって……。
襲われたショックで三日間も部屋で過ごしてしまった。その間、病気のお母様のことを放っておいてしまった。
このままではいられない。
なんとしても取り戻さないと。
†††††
「うーん、狼いないな~」
あれから三日。噂の狼たちを探しているのだけど姿を見せない。
もうどっかに移動したのかな?
それならいいんだけど。
「うーん、だとしたら、どうしようかな~?」
なにをしようか?
「う~ん」
『竜王のまるごと煮込み』の身を解したものを挟んだサンドイッチで昼休憩。うん。鳥に似たさっぱり味なんだけど、なにかが濃厚で背筋がビクンビクンする。魔女の料理には能力補助とか耐性付与とかのバフ効果があるからね。
『竜王のまるごと煮込み』の効果はHPMP完全回復と全能力50パーセント上昇。全耐性一段階上昇。竜化能力付与だったかな? 効果時間は二時間。
ゲームの中みたいにあんな量をぺろりと平らげるなんて無理だから実際の能力や効果時間がどこまでかはわからないけど。
「やばい、暇だ」
イベントレシピ以外は全部解放しちゃったからなぁ。レベルもカンストしたし。
昨日の、いかにも「暗殺者とかやってます!」みたいな連中が木の枝(エクスカリバー)ごときであんなことになったんだから、当初の目的の賊を倒すのなんて楽勝確定だし。
いや、そもそも竜王倒せてるんだから楽勝は確定だし。
あれ、メインストーリーのラスボスより強いし。
「うーん、一応は隠しダンジョンまだ攻略しきってないし。やることはあるんだけどねぇ」
装備の付与効果も限界値には達してないから。生産装備の作り直しとかやりこみの部分は残ってるんだけど……。
「うーん」
ちょっと、燃え尽き症候群に入っちゃってる気がする。
「休憩が必要かなぁ? でもなぁ……」
わずか七歳で燃え尽き症候群とかどんな人生だよバカヤロウって感じだけど、リアルだから仕方がない。
「うーん……うん?」
そんなことを考えていると私の気配察知に反応がある。
察知したのは……あっちか。お屋敷のある方。
いままで知らなかったけど、村の近くにあんなお屋敷があったんだね。お母さんに聞いたら、この辺りの領主様の別荘だそうで、私がいなくなった前後ぐらいから誰かが住みだしたらしい。
なら、この前助けた女の子もその関係者……貴族の娘ってことになる。
あのきれいな格好の理由になるから納得だけど。
「あんまりお近づきになりたくないなぁ」
なにしろ貴族だ。見てるだけならキラキラして素敵だし、ゲームではレインも貴族社会に成り上がったりするんだけど……現実だとそういうのはいいかなぁ。
なんて考えていたのに……。
「ねぇ! いないの!? ねぇ!?」
そんなことを叫びなら森の中に入って来る女の子はこの間助けた貴族の娘だった。
「いるんでしょ!? 出て来てよ!」
私を探してるのよね?
でも、なんでこの辺りにいると思うんだろう?
いや、いま現在いるんだけど。
でも、必ずいるって確信してる理由って何?
「出て来てっ! 助けてよ」
ほっとこうと思っていたんだけど、その言葉が気になって、座っていた木の上から飛び降りた。
「もう、なんなのよ?」
「ひゃっ! ……ほんとにいた」
「仕方ないでしょ。この辺りに狼がいるっていうから探してたんだから。それでなんの用?」
「え? あ……あの……」
あらら、びっくりして喋れなくなってる。
同い年っぽいのにだらしない。
「はいはい、ほら、これ飲んで」
「え? あ……」
「ただのジュースだから」
私が栽培してる黄金林檎を絞ったジュースだ。魔力回復効果が高いから隠しダンジョン攻略で絶対手放せない必須アイテム……なんだけどレベル上げで大量生産してるから毎日飲んでもなくならない。
なくなっても原材料がこれまた山ほど溜まっているから、全然大丈夫。
向けられた水筒を女の子は恐る恐る手に持って、飲んだ。
最初はこわごわ、だけど味が舌に届いたところでびっくり顔になって、それからは一気に飲んだ。
それにしてもこの子可愛いなぁ。
ふわふわ金髪でまるでお人形みたい。
これぞ『ザ・貴族の子供』っていう感じよね。
「お、美味しい」
「でしょう? それでなに?」
「あっ! そうだった! あの……あなた魔女なのよね?」
「うん、まぁ、そうだね」
「それなら、お母様を治してちょうだい!」
「うん?」
「お母様はご病気で、あの別荘に移って静養しているのに全然よくならなくて」
女の子の説明を噛み砕いてみるとこうだ。
「つまり、あなたのお母さんが謎の病気にかかっていて、誰も治せないから私に治してって?」
「そうっ!」
「王都の魔女たちには見てもらったの?」
「それは……」
そう言うと、女の子は言葉を濁した。
王都には魔女の集まる場所がある。それこそがサンドラストリート。このゲームのタイトルにもなっている王都の一画の通称で、運命通りなら私の活動拠点にもなる場所。
魔女が押し込められた区画だ。
「魔女に頼っていないってことは、あなたの家は保守派の貴族。そんな家の貴族が魔女の薬に頼ったらどうなるか……」
「そ、そんなのわからないよ! なんで頼ったらいけないの!」
「うーん……」
説明、しようと思えばできるけど……。
「めんどい」
「え?」
「ううん、なんでもない」
燃え尽き症候群が心を蝕んでいて怠いったらない。とはいえ両親が心配だから狼退治もしないといけないし……。
っと、そうか。
「そっか。親が心配なことに貴族も村人も関係ないか」
じっと私を見る女の子の目にやられたのかもしれない。可愛いし。
「とりあえず診るだけ。診てから考える。それでもいい?」
「わかったわ!」
ただの病気なら私には治せないとか言えばいいし。
それぐらいの気持ちで、今晩向かうと約束してしまった。
そういえば、名前まだ聞いてない。
……まっ、いっか。
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