第2話 変わらないね。安心したよ。

 バタン、と勢い良く車を閉める。

 あれから揺られること1時間半。ようやく目的地の「藤ヶ崎村」へと辿り着いた。

 思ってたより時間がかかったな、とため息をつけば父はニコニコしながら近づいてきた。

 あれだけ運転しておいて楽しそうなのが羨ましい。


「懐かしいだろ。お前も6つの時までここで暮らしてたもんな。」

「そうだね。よく分からない虫の鳴き声がそこら中から聴こえてくるのも懐かしい。」

 刺々しいなぁ、と父はまた笑う。

 すっかり日も落ち、藤ヶ崎村は夜の闇にすっぽりと包まれていた。古民家がぽつぽつと立ち並び、その灯りが仄かに道を照らしてくれている。

「悪いな、ここから家まで少し歩くんだ。」

「それはいいけど。うわぁ、まだこのバス停このままなんだ。」

 僕はボロボロになった木製のそれに目を向ける。

『バスのりば 藤ヶ崎村』と刻まれていたはずだが、看板が非常に劣化しているため、目を凝らさないと確認ができない。

「このベンチ懐かしいなぁ。うわ、まだ何年も前のポスター貼ってるし…。」

「あれ、幸。小さい頃バスなんて乗ったことあったか?父さんは連れてきた覚えは無いけどなぁ。」

 父が首を捻る。そう言われてみれば僕、父さんに連れて来られたことあったっけ?


 不思議に思いながらも、静寂を割くように田舎道を進んでゆく。

 藤ヶ崎村は総人口1000人程の本当に小さな村だ。

 無論、高校は村に1つしかない。いや、1つあるだけでも有難いのかもしれない。下手したらそのうち取り壊されそうだ。

 遊び場所もほとんど無く、大体は皆自然の中で育つため、よく言えば逞しい奴らが多い。

 …はてさて、僕は馴染めるだろうか。


 通りがかりの民家から美味しそうなカレーの香りが漂ってくる。それが僕の鼻腔をくすぐった。

 余程物欲しそうな顔をしていたのだろうか。

 父は「夕飯たっぷりあるから大丈夫だぞ」と、また笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

10年前に消えたあの子が現れた話 九條恭 @sodapop0059

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ