第5話 ごみを平気で捨てる人の気持ちを考えてみる
仮にあなたが喫煙者であるとして、タバコを吸うため喫煙所に行ったとします。そこに灰皿があるのに吸い殻が少し離れたところに落ちていたとします。その時どう思いますか?
「だから何?」と思った場合、恐らくあなたもどこかでそう言う行為をしているかもしれないと思います。その人は少し灰皿が遠いというだけで、そこに捨てているのです。
私は「正論」を翳して自己肯定している訳では決してありません。普通にそう思うだけです。それは本来「人として」どうなのか?と思うだけです。想像を膨らますとしたら、そういう人の部屋はどうなっているんだろう?自分の家でも吸い殻をポイポイ捨てているのか?と思ってしまいます。しかし、そういう人の場合、総じて自分のテリトリー、部屋や車の中などでは異常にセンシティブになる人だと思います。
そういう私も昔は同じような事をしていました。心が荒廃していたのでしょう。しかし、或る先輩に指摘されてからはなるべくしない様に気を付ける様になりました。なので、その先輩には感謝しています。
なぜポイ捨てがソシアルプレースでは良くてパーソナルプレースでは否定するのか?答えは自分に関する場所やその他を異常に「かわいい」と思っている、若しくは「社会性が無い」、自分の部屋が「ゴミ屋敷」化している、等の可能性があると思います。最後には常套句として「掃除する雇用を生み出しているんだから逆に感謝しろ」くらいな事を口に出します。では、その人は掃除する人の賃金を支払うのでしょうか?そんな事する訳が在りません。正に「モラルハザード」です。
「ごみ箱が少ない」と言う問題も確かにあります。でもなぜゴミ箱が少ないのか?「9・11」の惨劇があった事が影響しているという事も関係があるとも言えます。
所詮は「他人事」なのです。自分で他人のゴミを持ち歩きたくないのは普通ですが、周囲に少なくとも影響がある場合、自分が拾ってそれを解決すればよいのです。
昨今、レジ袋問題で「マイバック」を持ち歩く様な風潮が出来つつあります。ゴミ箱が少ないならそこに自分の出した「ごみ」くらいそれに入れて、ゴミ箱があったら捨てればいいのにと思います。なぜそんな事も考えに及ばないのかと悲しくなります。その方がずっと「かっこいい」と思います。自分のケツくらい自分で拭きましょう、です。「大人」なのだから。「大人」でない人はその資格を主張する立場には無い筈です。単に成人の年齢に達しているだけです。
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