第8話「脅威はすぐそこに」

 

「あぁ、しらけたなぁ」


 眼下に落ちている小石を蹴り、進む赤髪の女性ベシア。

 その後ろには、眼鏡を掛けた青年ジェストが少し不安げな表情を浮かべていた。


「本当に、アレで良かったんですかね……」

「あぁ? お前何言ってるんだ? あんな勇者の風上にも置けないクズには付いていけないだろ。勝手にアルスは追放するし、戦闘も今まで以上に身勝手。あんなのと一緒だとアタシ達の命がいくつあっても足りないさ」

「です、よね」


 ベシアの言っている事は正しく、もっともだ。

 実際これまで何度もロイの独断専行や身勝手な行いでこのパーティは幾度となく危機に直面してきた。

 ある森では、彼が勝手に段階を踏んで倒すべき魔物を次々と倒し、結果異常なまでに魔物が増殖した事。

 ある砂漠では、ジェストの制止も聞かず地下の迷宮区に突っ込み、助け出すためにアルスやフェイが負傷した事もあった。

 とにかく数えれば数えるだけ、ロイは問題だらけの勇者だった。


 実力もあるし、地頭も悪くない。

 何より光の魔法を使える。


 しかし、そんな要素を霞ませる程、彼の欠点は多過ぎるのだ。


「さて、次はどこへ行くかねぇ。お前はどうするんだジェスト?」

「僕は、一旦『四霊の塔』に戻ろうかと……」

「賢者やその養成機関だっけか」

「はい。そこで今回の経緯を説明してどうするべきか対応を……」

「はぁー、真面目だねぇ……」

「これぐらいは当然ですよ。何よりまだ彼が気掛かりなんです」

「ん?」

「こんな場所に放置して、無事なのかって……彼がもし、死ぬような事があれば――」

「っふ、確かにここの魔物はA級指定ばかりだが、アイツだって光属性を使う勇者の端くれ、何よりセリナやフェイだって残ってるだろ? 目的を達成出来るかは置いておいて、ここから脱出するくらいなら造作もないさ」

「……だと、いいんですけどね」



 二人はこれからの事、これまでの事、くだらない雑談を交えながら外を目指し、歩いて行く。


 すると、後ろから何かの気配が近付く。


 それはどんどんとその濃さを強め、二人が振り返る頃には真後ろに誰かが、立っていた。


「「セリナ(さん)!?」」


 二人の声が洞窟内に木霊する。


 目の前で息を上げる女性――桃色の髪を汗に濡らしたセリナは、目に大粒の涙を溜めていた。


「ちょっ、どうしたのさ! 何、またあのクズ勇者か!」

「っ……」


 ベシアの言葉にビクリと肩を揺らすセリナに二人は、得心のいった表情を浮かべる。

 セリナのこんな顔を見るのは彼女らも初めてだが、大抵彼女が思い悩むのはいつもロイか、たまにアルスの事なのだ。


「アンタも来るか?」

「……っ」

「そっか」


 短いベシアの問いにセリナは首を小さく縦に振った。

 それ見た褐色の女性は何も言わず、彼女の頭を数度撫で、再び歩み出す。



 そして、少し歩き、洞窟内の分かれ道に辿り着く。


「あぁーこれどっちだっけ?」

「右ですね」

「流石ガリ勉っ!」

「捻り潰しますよ?」


 二人の他愛無いやり取りが数度繰り返される。

 ずっと下を向き、俯いているセリナは頭の中で一人の青年を想い浮かべた。


(アルス君……私、どうしたらいいのかな……)


 ぐちゃぐちゃになった気持ちで、彼女が世界で唯一愛情を向ける青年に問いかける。

 もちろん返事なんて返ってこない。

 しかし、彼を想うだけで、彼女は少しだけ気持ちを上げる事が出来るのだ。


 セリナが顔を少し上げ、大きく一歩踏み出そうとしたその瞬間――


 大気を揺らす程の大きな圧が周囲に満ちた。


『――ッ!?』


 あまりの魔力の圧に三人から表情が消え失せ、全身の血を引かせる。


「な、なんだよこれッ!」

「僕が知るわけないでしょ! ……ッ、でもこの魔力、多分S級かそれ以上ですっ!!」

「くはっ……! 凄く、つよ、いよこれ……!」


 英雄と呼ばれる三人ですら、この魔力には恐怖を感じた、

 それ程までの圧を持つ存在が、この近く――洞窟内に潜んでいるという事実に、眩暈をする感覚を覚えた。


 そして、魔力の圧が感じる方向に三人は視線を向け――その先にいたであろう二人の姿を思い浮かべる。


「ッ! フェイちゃん! ロイ君っ!」




□□□




 息が荒い。

 吐く息がとても熱く、全身が軋む。


 今すぐ立ち止まって身体を休めたい気持ちをぐっと堪える。


「ほらほらっ! アルスさんもっと早く走ってください! 事態は急を要しているんですから!」


 俺の背に乗る小さな黒髪の少女、モモが元気よく俺の白髪を何度も叩く。


「お前、自分で走れよなっ!! 何で俺がおぶるんだよ!」

「だって、ワタシか弱いもやしっ子ですもん! 走るの苦手なんです!」


 顔が見えないが、どうせ変なドヤ顔を浮かべているだろうモモを想像し、ちょっとイラっときてしまう。



 俺は今、街道を全速力で走っていた。

 ぐんぐんと変わりゆく景色は今の走る速さを表しており、目の前ですれ違う人々が驚いた表情を浮かべているのが分かる。


 それも当然の事だろう。何故なら身体に付与した風魔法により、今俺は本来の速度のおよそ十倍以上で駆けているからだ。


 向かう先は『精霊の洞窟』


 あの後、モモの報せを受け、俺は早々に泊めてくれた農夫へ感謝を述べると、その足で直接精霊の洞窟を目指していた。

 背に乗せるモモは本当は置いていきたかったが、この見かけは小さい少女はとても強い。

 本気を出せば、多分ジェストの上をいきそうな感覚すらある程だ。


「さぁ、いくのです!」

「っ、ああ!!」


 少し呑気とも思えるその声に一瞬気が抜けそうになるが、何とか堪え、俺は再度力を振り絞って地面を蹴る。


 正直、ロイと会ったらどうするかとか、他の仲間とどう話すのかとか色々な不安はあるけど、今はそんなくだらない事は置いておく。


 そう、今の俺がやるべき事はたった一つ。

 ”仲間”達の元へ向かう事だけなのだから――

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