第4話「二人の過去(中)」


 『魔法』――それは世界に住む生命、皆全てが持ちうる才能。


 しかし、その才能を顕現させる存在は全体の二割程で、その殆どがある程度育った後、人間だと十五歳を過ぎた辺りから魔法という奇跡の力に目覚めだす。

 古来より魔法とはそういう存在で、使える人間はそれだけで周りから羨望の眼差しを向けられる。


 それがもし、本来よりもずっと早く目覚めたらどうだろうか?

 若干十二歳という幼さで、魔法を使える。

 おそらくだが、これだけで世界を見渡してもほぼいない貴重な存在と言えるだろう。



 そう、アルス・ゼルディアはあの日を境に特別な存在になった。


 今までオレの後ろにいると思っていた少年は、気付けばずっと先にいて、いつの間にかオレよりも遥か先を歩いてたのだ。




 野山でオレと話をした数日後、すぐ王都から遣いがやってきた。

 どうやらオレに話したあと自分の母親にも話したらしく、その母親から王政の役人へ話は伝聞し、予想よりも早くアルスを王都の魔法学院に迎い入れるための馬車がこの村に到着する。


 村ではちょっとしたお祭り騒ぎ。

 当たり前だ、おそらくこんな事態数十年に一度レベルの出来事。


 魔法を使える存在はとても貴重で、それが幼ければ尚更だ。


 普段はあまり村では目立たない様にしていたアルスは、この時ばかりは笑顔を見せ、皆に手を振っていた。

 彼と同じく綺麗な銀髪を風になびかせる女性、アルスの母親は涙ながらに我が子を胸に抱き、何度も何かを囁く。


 その光景はとても美して、そして”憎らしく”もあった。


 本来ならオレも彼に近寄り、肩の一つでも叩いて、送り出すのが友として、親友としても当たり前だ。

 でも、今のオレにはそれが出来なかった。


 だって、アイツが……ずっとオレの後ろを付いてくると、オレが守ってやると思っていたアルスが、オレよりも才能があって、ずっと前にいたなんて……到底認める事が出来ないじゃないか……!


 だから、物陰に隠れる様にオレはそっと建物の影から顔を出し、白銀の髪の少年アルスを見つめる。


 あの野山での会話を最後にオレは結局何も彼に言葉を返す事が出来ず、今日この日まで会う事すらも無かった。

 そしてアルス自身も自らこちらに会いに来る様な事はせず、そこがまた彼らしい気遣いを感じて、それに対しオレは身勝手な腹立たしさを覚えたのだ。


 視線の先にいるアルスは、再度手を振り、黒塗りの馬車へ乗り込もうとする。


 そんなアルスの一瞬引き留め、手を握る桃色の髪の少女――セリナ。

 遠くからは何を喋っているのか分からないが、目に大粒の涙を浮かべて話す少女はとても儚げ、綺麗で、それを向けられるアルスがやっぱり”とても憎らしく”感じた。



 数分の時が経ち、馬車は動き出す。


 最後の最後まで何も言葉を交わす事なく、オレとアルスの道は分かれた。




□□□




 「今日は、暑いな……」


 日差しが強い。

 夏という日々はとてもムシムシと暑く、汗でべたつく服がとても気持ち悪い。

 照りつける太陽も、耳に届く虫の声も、何もかもが暑さを増長させ、オレを不快にさせる。


 村のすぐ近くにある野山。

 オレ達の秘密の遊び場所であったそこの頂上に、オレは”独り”座っていた。


 絶え間なく続く空、青々と茂る森、絶景と言えるであろう景色を眺め、オレは気持ちを落ち着かせる。



 アルスがこの村を去り、王都の魔法学院に入ってから四年の月日が経っていた。


 あれからアルスの勇名はこの村だけじゃなく、王国全土に轟いていた。

 幼いながら、魔法を扱い、しかも持つ属性は風・水・無の三属性。

 特に無属性は使える人間が極々少数で、彼の希少性を更に高めた。


 そして定期的に伝わってくるアルスの逸話。

 仲間と共に竜を倒し、古代の迷宮ダンジョンを攻略、その若さで戦場にも立ち多くの戦果を挙げ、そして王から様々な勲章を賜る。

 まさしく英雄だ。



 そんな、凄い活躍をする幼馴染とオレは全く違った。

 気付けばもうオレは今日で十六歳の誕生日を迎える。


 だが、そんなオレには”何も無かった”

 アルスがこの村を出た事きっかけにはオレは今まで以上に剣の修業と、魔法の勉強に取り組んだ。


 何度も血反吐を吐き、頭痛がする程色んな知識を貪った。

 そして、魔法が発現し出すであろう十五歳の誕生日を心待ちにした。



 でも、世の中は非情だ。

 それだけ努力して、貴族の血も流れているのに、オレには魔法の力が発現しなかった。


 いや、これは普通だ。

 誰もがその素質は持っていても、魔法を使えるかどうかはその人間の才能に依存する。

 そして、才能は誰しもが平等ではない。

 実際、幼馴染のアルスがその現実を昔オレに教えてくれたのだ。


 だが、それでもと才能を欲した。

 しかし、そんな無駄な努力をし続けるオレをまるで嘲笑うかの様に、もう一人の幼馴染セリナが稀有けうな”治癒”の魔法属性を発現させた。


 これが二つ目。

 オレの心をへし折り、ドス黒い感情を更に増幅させる出来事になった。


 村は再びアルスの時の様に活気に満ち溢れた。

 治癒魔法はとても貴重でアルスが持つ無属性の魔法と同等がそれ以上に重宝される能力。

 それを持つ魔法使いは、聖女の見習いとして教会に招待され、様々な修業を行う。これもまたこの国の習わしだ。


 アルスが去ってから、セリナとは話す事も少なくなり、結果として彼女が村を去って行く時もオレは”あの時”同様何も告げなかった。


 そして、気が付けば――かつての友はいなくなり、オレは”また”孤独な日々に逆戻り……。



 悔しかった。

 かつて共に野山を駆け、守ると誓った存在の二人がオレより先にこの村から旅立っていき。

 ずっと前にいると思い上がってたオレは、むしろその逆で彼らのずっと後ろを赤ん坊の様な遅い歩みで進んでいる。――いや、進んでいるのかも怪しい。


「ちくしょう……っ……!」


 雄大な景色が今ではすっかり陳腐なモノに見える。

 涙と嗚咽で滲むオレの声は吹き流れる風に消えていった。

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