第2話「追放された者」
穏やかな風が流れ、心を満たしていく。
夕陽を背に揺れる黄金の稲穂は美しく、幻想的な雰囲気を纏っていた。
ここはクライフ王国にある工業都市『ベルフォード』より南に数キロの位置にある郊外の農場。
どこまでも続く稲穂の畑が圧巻で、見ているだけであっという間に時間が経ってしまう。
俺は今この農場で居候させてもらっている。
ここの農夫とは一日前に酒場で会い、そこから意気投合した。
そして、理由も聞かず行き場の無くした俺を快く受け入れてくれた。
農夫の男性とその奥さんの女性はこの時間でも揺れる稲穂の中、汗を流しながら作業をしている。
最初は手伝うと俺も言ったんだが「お客人はゆっくりしてくれ」と誘ってくれた本人に言われてしまっては俺もそうせざるを得ない。
俺もよく仲間や親にお人好しと言われるが、この農夫の男性も俺に負けず劣らずのお人好しだ。
「ねぇねぇ、アルスさん? いつまでここにいるのかな?」
外に置いてある椅子に座り、少しウトウトしていると横に来た予想外の同行者、黒髪の少女――モモが興味深そうな桃色の瞳をこちらへと向けてくる。
「いつまでって?」
「だーかーらー! いつまでこんな場所でダラダラしてるのかなって事!」
「こんなってお前、失礼だろ……。あとまだここに来てから一日ぐらいしか経ってないぞ?」
「十分経ってるじゃん! とりあえず早く皆のところもどろ?」
モモはこちらの手を掴み取り、力一杯引く。
――が、俺は動かない。
流石にどれだけ凄い魔法を仕えても腕っぷしや筋力は年相応らしい。非力な細腕で必死に動かそうとする。
「いくらやっても無駄だぞ?」
「むぅー! 早く立って帰ろーよ!」
「はぁ……お前なぁ、帰るってどこにだ? お前もここまで付いて来た以上は知ってるだろ?」
「アルスさんがロイさんからパーティ抜けろって言われたこと?」
「ああ、そうだ。俺もアイツの提案を最終的に了承して今ここにいる」
「だから戻れないって?」
「ああ」
そうだ。
俺は三日前に勇者パーティから追放――追い出された。
今まで仲間からは信頼されてるという自負もあったし、これからは彼らをと共に苦難を乗り越えていけると思った。
でも、現実は”少し”違ったのだ。
今、目の前で頬を膨らませるモモ、そしてベシア、ジェスト、セリナ、フェイこの五人からは一定の評価はしてもらっているのは確かだろう。
しかし、肝心の勇者パーティの主――勇者ロイ。彼は俺のことをとても嫌っている。
鈍感な人間であれば、何で彼が俺の事を嫌うのか分からないと言うだろうが、生憎と俺はそういう人の機微や嘘を見抜くのが得意だ。
だからこそ幼馴染で同郷の彼が昔から……”いやある時期から”俺を嫌っていることはずっと知っていた。
それでも、その事実から眼を逸らし、俺はアイツと一緒のパーティで魔王討伐の旅を続けた。
なんでそんな事をしたのか、正直それは俺にもハッキリとは分からない。
いくら王の命令とはいえ、ここまで露骨に嫌われ、嫌悪感を示されても尚、あのパーティに居続けた理由……、世界の命運も王国の現状も大事だが、でも決定的な理由はそこじゃない
……やっぱり俺は他人の事はよく気付く癖に自分の事となるとからっきしだ。
アイツと――ロイと一緒に旅をしていけばそんな自分の気持ちにもいつか気付く、理解出来るとそう思っていたんが……。
どうやらロイには耐えれなかったらしい。
戦闘でも日常でも俺が視界に入るだけでアイツは嫌悪感を丸出しにする。そして小さな事が積み重なっての今がある。
□□□
「なぁ、ここから出て行ってくれねぇか?」
「……本気か?」
工業都市ベルフォードについてから翌日、俺はロイに呼ばれ街の外れにある小さな空地へと来ていた。
時間は深夜。
静まり返った世界からは俺達二人の息遣いだけが聞こえ、微かに光る街の光はここへは届かず、不気味に輝く月だけが唯一この場を照らしていた。
「あぁ、本気だ。もうお前を見るのはウンザリだ……。いつもいつも勇者の俺よりも、この俺よりも目立って、皆に頼りにされてっ……!」
肩を震わせ、握る拳からは紅い血が滴り落ちる。
ポツポツ、と地面に数滴血が落ち、地面に赤黒いシミが少しずつ濃く広くしていく。
その光景を見ているだけで、ロイが本気だという事が分かった。
昔から自尊心が強く、人一倍責任感と勇敢さを持つ青年。
その一方で横柄な態度や、乱暴な口調、そして無駄に高いプライドが相まってトラブルを起こす事もしょっちゅうだった。
「俺がいなくなって、その後はどうするつもりなんだ?」
「お前に関係あるのかよ……もうこのパーティから抜けるのに」
「まだ抜けるとは言ってないが……。まぁ、俺がいなくなったとしても関係はあるさ。弟子がいる、それに幼馴染もな」
弟子はフェイ、幼馴染はセリナ。
フェイに関してはとある事情で俺が彼女に魔法を教えた事がきっかけで師弟関係になった少女。
セリナは五年前まで俺とロイと一緒の村で育った幼馴染。一年前ロイが勇者に選ばれた際に再び再開した女性。
俺にとってこの二人は守らなければいけない対象で、もしロイのパーティから外れても彼女らの同行や安否はどうしても気になる。
「ッチ……お前がいなくなった後は、ここから西にある精霊の洞窟に行くつもりだ。あそこはもう魔物の住処になってるからな」
「そうか。……じゃあ、本題だ。俺の事をパーティから抜けさせたい理由を聞こうか?」
「理由? さっきも言っただろ! お前が目障り――それだけだ!」
「そんな幼稚な理由でか?」
「ああそうさ! 俺は幼稚で馬鹿だ! そんな俺はお前がいると集中出来なくて本当の力を発揮出来なんだよっ!」
「だったら――」
「いいから抜けろッ!!! これは命令だアルス!」
「……」
俺は押し黙る。
別にロイごときの威圧に怯んだわけではない。
ただ単に彼に”命令”されたからだ。
ロイの権限はこのパーティにおいては絶対。
理由は単純明快――彼が勇者だから。
この世界では魔王という存在が数世紀に一度現れ、人心を惑わせ、世界を混沌へと創りかえる。
もちろん、人間だってその魔王を野放しにするわけにはいかない。
魔王が顕現した際に、王国の主導で作られる新しい冒険者パーティ、それが勇者御一行だ。
勇者は世界でも極稀に授かる光属性の魔法を使える者が拝命し、その仲間も世界から選りすぐられた人材が用意される。
しかし、このパーティはあくまで勇者ありきだ。勇者がハーレムを望めばそういうパーティになるし、仲間を多く望めば百人を超す大所帯にもなる。
それほどまでに勇者の権威と意向は重要視される。それはこのパーティも同じで、ロイがそう望めば、このパーティは彼の思いの通りになっていく。
魔王を唯一倒せる光属性の魔法を持つ者はそれだけで特別なのだ。
「お前はオレと同じ前衛、ハッキリ言わせてもらうと被ってるんだよ。戦闘スタイルも何もかもな」
「被ってる? お前が俺に似せたんだろ。元々魔法騎士として先に戦っていたのは俺じゃないか」
「ッ……! うるせぇっ!! とにかく似てるんだよ! 俺と同じ戦闘スタイルのやつはこのパーティにはいらねぇんだ!」
淡々と返す俺の返答に思わず、言葉の節々が荒々しくなる。
俺も別にロイが好きというわけではないが、一緒に育っただけはあって多少の情はある。
なのに何故コイツはこんなにも俺を嫌うのか……やはり先に”魔法”に目覚めたのが俺だからなのだろうか……。
目の前で顔を歪ませる幼馴染を見ながら俺は一瞬、昔の彼を重ねる。
貴族の息子でありながら、平民の俺と仲良く野山を駆け、一緒に夢を語らったあのちょっと乱暴だけど勇気ある少年を――
「いいからっ! もうオレの前から消えてくれ、よ……。お前がいるだけで、オレは、オレは――ッ!!」
悲痛。
憎しみ、いやそれだけではない何かが彼の紅い瞳から感じ取れる。
俺が知らない、何か事情があるんだろう。
……ったく、俺もお人好しというか、馬鹿過ぎるよなぁ……。こんなお願いとっとと突っ撥ねて終わりにすればいいのにさ。
どうしてもダメなのだ。こういった目をする人間には何か事情があると理由
ワケ
があると深読みする癖。
こうなってしまうと、俺は相手の願いを聞いてしまう……ジェストにはさんざん悪癖って言われたな……。
「……ああ、分かった。抜けるよパーティ」
「――は?」
俺の返答が意外だったのか、ロイはその紅い瞳を点にする。
「勇者のお前がそう望んだんだろ?」
「あ、ああ……」
「勇者様の言う事は絶対だからな。従うさ」
「ッ……俺はお前のそういうところが……!!」
再び拳を握り、歯を食いしばる。
ロイに関しては俺も結構な強情で中々意見を譲らない、が今回ばかりはいつもみたいな押し問答じゃダメだと思い彼の提案に乗ったが、どうやらその答えがまた彼をイラつかせたらしい。
コイツは、まったくもってワガママだ。
「言う通りにしたんだからそう怒るなよ。あと他の仲間への説明はお前がしろよ? それが追放した奴の責任ってやつだからな」
「ッチ……」
俺の視線を嫌ってか早々に背を向けるロイ。
彼にとっても、俺にとっても、まだまだ消化しきれないモノはたくさんあるが、ここで言葉を尽くしても意味はないだろう。
そう、今は時間が必要だ。
お互いにとって考えと気持ちを見つめ直す時間が。
こうして俺は勇者パーティを抜け――いや、追放された。
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