英雄と勇者のすれ違いは追放という形で始まる

星屑 四葉

第1話「追放した者」


「……昨日、アルスにはこのパーティを抜けてもらった」


『……は?』




 クライフ王国の東端に位置する街『ベルフォード』

 工業都市として有名であり、行き交う人々の顔はすすけていたり、服が汚れていたりとこの都市ならではの光景が広がっていた。


 時間は夕方、仕事を終えた工員や職人達が談笑しながらそれぞれの帰宅の途についていた。

 そういう時間帯にもなれば多くの酒場も賑わう。

 この『槌の杯』もそんな酒場の一つ。

 男達が木で出来たグラスを景気良く鳴らす。カンッと乾いた音が何度も響き、酒場の中は笑いと活気に溢れていた。


 そんな中、奥にある席に座っている男女五人。

 彼らから漂う雰囲気は辺りとは全く違い、憂鬱としていてどこか張り詰めていて、変な緊張感を纏っていた。



「悪いな……聞き間違いだといいんだが、今何て言った?」

「だから何度も言わせるな、アルスにはこのパーティから抜けてもらった。つまり追放ってやつだ」


 自らの金色の髪を軽く撫で、フンと鼻を鳴らす青年。

 紅い瞳は挑発的な色を帯び、目前の赤髪の女性に視線を送る。


「っ! てめぇッ!!」


 ――ッガ!


 褐色の手が青年の首元を掴み、それと同時に机に置いてあったグラスが勢いよく倒れた。

 黒く染まる瞳には怒りが露わになり、女性は口から八重歯を剥き出しにする。

 活気に溢れていた酒場は一瞬で静まり返り、周囲から視線が注がれた。


「……離せよ」

「さっきの言葉を撤回するまで離さないっ……!」

「ッチ……」


 青年の紅い瞳から明らかな苛立ちが見て取れる。


「このッ!!!」


 空いた片方の手を固くギュッと握り、女性は拳を振り上げる。

 張り詰めた空気が変わる。


「らあぁぁぁッ!!」


 振り下ろされる拳。

 グンッと勢いを増し、そこからは明らかな本気を感じさせる。


 ――キィンッ


 しかし、その拳が青年へと届くことは無かった。

 青年の顔の鼻先で拳は”透明な壁”に弾かれ、大きくその手を後ろへ下げる。


「ッ! てめぇっ! ジェスト!! 何のつもりだ!」


 勢いよく金髪の青年から横にいる青髪の青年へと視線を移す女性。

 そこには海を思わせる青い髪に、髪色と同じ瞳を持った青年が黒縁の眼鏡を位置を指で直す姿があった。

 今の壁はこの青髪の青年が魔法で張ったモノだった。


「何のつもりとは? むしろ逆に僕が聞きたいのですが、アナタこそ何のつもりですか?」

「あぁ? アタシはただここの馬鹿野郎を殴ろうとしただけだよ」

「殴る、ですか……。明らかに今の攻撃は殺す勢いでしたよ。もしあそこで僕が魔法を張っていなければ彼は死んでいた、あるいは重傷を負ったはず」

「どうかね、どんなクズでも曲がりなりにもコイツは”勇者”だ。大したダメージは負わないと思うけどね」

「普通の人間の拳ならそうでしょうね。でもアナタみたいな”規格外の人間”に殴られたらどんな勇者でもタダじゃ済みませんよ。ねぇ、傭兵長”ベシア”さん?」

「もうその肩書はないんだから呼ぶんじゃないよ……。とにかくだ、こういう馬鹿は身体に教え込まないと分からないんだ」


 そう言い、ベシアは再び拳を握りしめる。

 身体から紅いオーラが迸り、テーブルや椅子といった家具や雑貨がカタカタと小刻みに揺れる。

 

 未だに酒場は静けさが支配し、周囲の者は彼らの行く末をじっと見つめていた。


「はぁ……。アナタがアルス君の事を好いているの知ってます、が――時と場所、そして今の自分の立場を考えてください。アナタは――いや、僕らは仲良しこよしパーティを組んでいるんじゃない。やるべき事があるから今一緒にいるんですよ?」

「ッぐ……」


 淡々とそして冷静な声色がベシアの耳に届き、動きを封じる。


 そして歯を食いしばり、ゆっくりと上げた拳を下ろす。


 激しい怒りの感情に飲まれても尚、なぜ彼女が拳を止めたのか……それには理由があった。


 それは、彼らが様々な組織や国から派遣された勇者を護衛、サポートする人間達であるからだ。

 褐色の女性は百の傭兵団をまとめあげた才覚、傭兵長ベシア。

 青髪で冷静沈着な眼鏡の青年は若干二十歳で賢者の称号を獲得した天才、賢者ジェスト。

 桃色の髪を携えジッと下を俯いている女性は聖女マリアの再来と言われる、聖女セリナ。

 黙々と目の前の料理を食べるくすんだ灰色の長髪の少女は天才アルス・ゼルディアの弟子、フェイ。


 ここにはいない魔法騎士の神童アルスと災厄の魔女モモの二人を加えた六人が、勇者ロイを守護し、サポートする者達。


 勇者を中心とした魔王を倒すために王国中から集めれた存在だ。

 そこには彼らの意思は必要なく、求められるのは魔王や魔物の討伐――ただそれだけ。



「わーった、わーった。もういい」


 掴み上げた手を離し、ヒラヒラと手を振るベシア。

 着崩れした首元を手で直したロイがギロリ、と睨みつけ、再び周囲の空気が糸を張った様な緊張感に包まれる。


「てめぇ、俺にこんな事してタダで――」

「はい、そこまでです。ロイさんアナタもアナタだ。パーティの仲間を独断の判断で追放など”彼女ら”が怒るのも当たり前です」

「ッチ……偉そうに説教かよ」


 ジェストの指摘に苛立ちを隠さず、荒々しく椅子に座り直したロイはグラスに半分残ったエールを一気に飲み干す。

 その態度は勇者という勇名から程遠く、着飾る黄金の鎧や剣が無ければならず者と大差なかった。


 そんな彼に愛想を尽かしたとばかりにベシアはわざとらしく首を振り、酒場から出て行く。

 ロイを一瞥しジェストも「僕もやる事があるので」と早々にその場から去り、気付けばこの場にはロイとセリナ、フェイの三人になっていた。


「……どいつもこいつも」

「あの、ロイ君……アルス君を追放したって……本当なの? 何かの間違いじゃ……」


 今まで黙っていたセリナが顔を上げ、潤んだ桃色の瞳を目の前の勇者へと向ける。

 その瞳は救いを求めるような、何か他の答えを望んでいるような色をしていた。


「お前もかセリナ……」

「だってロイ君とアルス君は友達で、幼馴染で……」

「黙れッ!!」

「っ……」

「俺とアイツが友達? 冗談にしても笑えないぞ……!」


 酷く歪んだ顔から鈍く暗い視線がセリナを射抜く。

 嫌悪を憎悪、ロイの中に潜む闇が一気に表れる。


 一瞬怯んだセリナだが、一呼吸置き、真っ直ぐにロイを見つめた。

 彼女は聖女。例え相手が魔王であっても決して彼女の心を折る事は出来ない。


 僅か数秒の間、お互いの視線が交差する。


 そして、先に目を逸らしたのはロイだった。


「……一人にしてくれ」


 未だに歪んだ表情のロイだが、辛うじてその瞳には光が戻り、掠れた声でそう告げた。

 一瞬何か言いたげな様にセリナの口が何度か開いては閉じるを繰り返すが、結局何も言えずその場から立ち上がる。


「フェイちゃん、いこ……」

「……ん」


 今までの騒動の中でもずっと黙々と食べていたフェイは、セリナの声に反応し頷く。

 

 そして二人も酒場から去っていき、最終的にはロイ一人になった。


 酒場の喧騒も先程までの騒ぎですっかり収まり、居心地が悪くなった客達が我先にと酒場を後にする。


 そんな中、ロイは空になったグラスをただ見つめ、一人の青年を思い浮かべた。

 自分の幼馴染であり、ライバル、そしてこの世で一番”憎い”相手であるアルス・ゼルディアという青年を。

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