第45話 恐怖のダンジョン世界 別視点

 7人の騎士と5人の学生討伐志願者が、駆け足で洞窟迷路内をひた走っていた。


 その中に息を荒げた私──ルリティアもいた。


 学校の教員達から学生討伐志願者に推薦された私は、とんだ貧乏くじを引かされたと思う。


 始めは、軽い気持ちで考えてたけど、それは大きな大間違い。


 来年で、私は晴れて学校を卒業するから、今年もズル休みしないで、残り少ない学校生活をしっかり満喫しようとしてたんだけどな....。


 それに私は学校の風紀委員長だから、みんなの模範となるように振舞っていたけど、それが貧乏くじを引く結果に繋がってしまった。


 今はもう、何もかも後悔してる。


 ──こんなことなら、学校をズル休みしておけばよかったわ.....。


 私達5人の学生討伐隊は、今日、初対面の生徒達の集まりで、学校側の要請で半強制的にパーティーを組まされた。


 当初の話では、騎士団が討伐する任務をおびた、初級洞窟内での道案内の役割を与えられた、後方支援パーティーとして参加する予定だと説明を聞かされていたから....。


 だから、お互いに知らない者同士の集まりでも大丈夫だと、学校側の大人達は判断したらしい。


 その生徒達とは、簡単な自己紹介はしたんだけど忘れちゃったわ。


 今は、もう、それどころじゃないもん。


 私達は、舗装されていない歪な岩で折り重なり合った通路を、必死に駆け上り荒い吐息を吐いて逃げているからね。もう下らない事が考えられないくらい、へとへとで疲れてるんだ。


 時たま光苔が湿っていたりして、滑り転がりそうになるけど、そんな時には、私をピッタリ寄り添ってくれている騎士様が助けてくれて、なんとかなってるけど....その内見捨てられるんじゃないかと、内心ビクビクしながら、騎士様達の後を追いかけている。


「助かりました。ありがとうございます」


 私を助けてくれたちょっと武骨な騎士様にお礼を言って、また駆け出していくしか今の私に出来ることはない。


「早く行け!!もう少し距離をとれ!!」

「まだ、諦めるなよ」


 私の後方では、騎士の人達が足を止めて私達に襲いかかろうとしてる邪狼ダークウルフの群れの侵入を阻んでくれて、応戦して戦ってくれている。


 今も後ろから追いすがる邪狼ダークウルフを騎士の1人が剣で突き刺していた。


 その横からも襲いかかろうとした邪狼ダークウルフは、正確に狙い定めた矢が頭の眉間に命中して息絶える。


 邪狼ダークウルフの群れの中から、一際ひときわ大きな1匹の邪狼ダークウルフ邪吐息ダークブレスを口から出した。


「盾陣形に移行」


 騎士隊の人達は、邪吐息ダークブレスを吐く邪狼ダークウルフの正面に立ち並び陣形を組みつつ騎士鎧の左腕に装備されている小盾をかざすと、その小盾の正面に光の膜のような盾が出来上がり、邪吐息ダークブレスの威力を完全に防いでいく。


 大きな邪狼ダークウルフ邪吐息ダークブレスも長く続かないようで、すぐに消えると、それを見計らうように、その邪狼ダークウルフの眉間に狙いすました矢が刺さった。


 急所に矢が刺さった邪狼ダークウルフは、大きな眼光を私達に向けたまま、ゆっくりと大きなを横に倒していく。


 この矢を放った人が、この騎士隊の隊長──ヒルナンド様だ。


「今がチャンスだ!!撤退するぞ!!」


 ヒルナンド隊長の掛け声で一斉に撤退戦に移行する騎士隊の面々。


 騎士隊の人達は、一つ一つの動作が非常に洗練されていて、連携も上手く出来ている。


 そんな騎士隊の精鋭でも、この変わりてた初級ダンジョンの討伐任務は、まさに命懸けらしい。


 実際、そんな彼らでも、犠牲者を出さざるを得ない状況に頻発して遭遇しているから──。


 その騎士隊の人達は、この洞窟に入る前は10人いたんだけど、この状況に至るまでに、既にもう3人脱落してるんだ。


 最前線が崩壊したから、今は後退しながら戦っているんだけど、このままいけばどうなるかは、この場の前線で戦っている騎士達が一番良く分かっているはず。


 私には、ほとんど戦う力が無いのがもどかしい。


 この初級ダンジョンは、いままで見てきた迷路の構造とは、まったく様相が違っていて、私達の頭の中にある洞窟地図がまったく役にたたない。


 いままで何回も潜ってきたダンジョンの著しい変化は、私達の長年の溜め込んだ知識を無用の物にしてしまった。


 本当に私は無力で役立たずでこの隊のお荷物だ。


 だけど、今はそんなことで、くよくよして嘆いている暇はない。


 私は、今直ぐに出来る事として、急造のパーティーメンバーの様子を確認していく。


 学生討伐志願者5人の内2人の人物が、今や騎士の人達に背負われている。


 1人の魔術師見習いの女性は、魔法の使いすぎで気を失ったまま担がれてるし、もう1人の魔術師見習いは男性なんだけど、体力不足で座り込んでしまったから、騎士の1人に助けられて、そのまま背中に抱っこされていた。


 私を含めた学生志願者3人は、自力で逃げてるけど、騎士の人達よりも走るのが遅いから、立ち止まっては戦ってるんだ。


 そして、機会を見計らっては、また逃走を繰り返していくんだけど、正直、生きて帰れる自信がどんどんしぼんで行く。


 私は神官見習いなんだけど、学校側からの要請で回復要員として参加させられたのが、私の人生の中で味わう最大の不幸の始まりだったみたい。


 走馬灯のように自分の過去の映像が、頭の中で流れていくけど、もう少しだけ頑張ろうと足を振り絞って走っていく。


 もう、走り回りすぎて、心臓の鼓動が爆発しそうなほどで、身体中から汗が引切り無しに吹き出してくる。


 その大量の汗で神官着のローブに肌がくっつき、ねっとりとした感触が全身を覆い尽くしていて、集中力が削がれて走りに集中出来ない。


「はあ....はあ....はあ....」


 もう、ほとほと疲れて、走る力も話す力も殆ど私には、残されていない。


「はあ..はあ..はあ..はあ」


 思考能力が一段と下がってきている私は、誰かに助けを求めようと周りを見渡す。


「前方から、邪豹ダークパンサーが接近」

「そいつは、俺に任せろ。後方の魔物の様子は....」

「まだ、ひつこく追いかけてきます」


 騎士隊の人達は、最低限の言葉のやり取りを掛け合いながら、なんとか戦線を維持していくように気力を振り絞って戦ってくれていた。


 彼らの戦う武器の剣や槍は、刃こぼれしていて、大分切れ味が落ちてきているのが、戦いには殆ど素人の私でさえわかってしまう。


 騎士に背負わされている女性は、意識がまだ戻らないようでぐったりしていて、まだ目覚めそうにない。


 もう1人の背負わされている男性は、必死に呪文を唱えていたけど....ようやく呪文が唱え終わったようで、身体を逸らし腕の手先を魔物の方角を指し示すと.....。


『アローサンシャイン』


 その抱っこされてる彼は、最後のルーンを唱えた。


 すると、光を放つ大量の矢が空間に現れ、後方から押し寄せていた魔物の群れに襲いかかる。


 後方では、阿鼻叫喚の魔物の雄叫びが鳴り響く。やったー。凄い。


 前方では、ヒルナンド様の放った矢が邪豹ダークパンサーの眉間に正確に刺さり倒れていく。


 勢いよく後ろを振り向った私の視界には、酷い光景が映し出される。


 魔物の群れが、大勢押し倒されたことで、魔物の肉壁が出来ていた。


 そして、その魔物の肉壁によって、奥にいる魔物達の侵入を阻んでいた。


 これで少しは、逃げる時間を稼げたはずだよね。


「よくやってくれた。助かったぞ」


 この騎士小隊の隊長ヒルナンド様が、感謝の言葉を掛ける。


「お役に立てて何よりです」


「よし、君の頑張りに答えるためにも、何としても生き延びるぞ!!」


「いくぞ。こっちだ」


 私達の逃走は、まだ続いていく。


「はあ、はあ、はあ..はあ....」


 もう、地図も方角も関係ない。それはもうみんな、わかってる。


 ただ、今は少しでも長く生きる為に、足掻いて逃げ続けていくしか、私達に残された選択肢はないんだよ。


 もしかしたら、私達みたいな逃走してる騎士小隊と出会えて共闘出来るかも知れないという、微かな希望を求めて、今は必死に逃げるしか、生き延びる道は残されていない。


 懸命に走る私達の後ろからは、また魔物の群れが押し寄せ、少しずつその差を縮めてきている。


「隊長、こちらからも魔物が押し寄せてきます」


 3方向の分岐点に到達したが、その内の1方向からも魔物が押し寄せてきた。


「えーい、こちらの道に行くぞ」

「ロメリオが、後ろからついて来ていません」


 しんがりにいた騎士の1人の姿が、何時の間にか見当たらない。


 その直後、魔物達の呻き声に混ざり、遠くの方で人の絶叫が聞こえた....だけど、直ぐにその絶叫は途絶えた。


 犠牲者の絶叫を聞いてしまったけど、私は犠牲者の冥福を祈ることもせずに、自分じゃなくて良かったと安堵してしまい、つくづく自分の低俗さを思い知る。


「ハースト、次はお前がしんがりだ!!頼んだぞ!!」

「了解です。隊長、向こうに光が差しています」

「よし、一旦明るい場所で体勢を立て直して、魔物を殲滅するぞ」

「ラザルリア、呪文を唱えて迎撃準備しろ」

「わかりました──」


 私達は、魔物の群れに追い立てられるように、光が射す方向へと追いやられ....。


 光の射す広場にようやくたどり着いた私達は、その場でみんな愕然がくぜんとなってしまい、足の動きが止めてしまう。


 反撃の機会になる筈だった光の射す場所は──私達に絶望を与えてしまった。


 ──そこは、魔物の坩堝るつぼ


「........終わったね..」


 私は、諦めの言葉を呟いた。


 その巨大な広場の空間では、異種族の魔物達がひしめき合っている。


 広場では、天井部から赤い色をした砂が糸のように垂直に流れ落ちていき、その地表部では赤い砂山が点在している。


 赤い血の色を彷彿させる砂山からは、様々な形態の魔物達が次々に産声を上げて砂山から這い出てきていた。


 その魔物達は、生まれたばかりにも関わらず、しっかりとした足取りで駆け出していき、洞窟の壁や岩柱の大小の穴から吐き出されていく汚物の塊を、争い合うようにしてむさぼり食らっている。


 不規則な形をした岩壁の表面や、広場に点在する高くそびえ立つ岩柱には、血管のような色をしたつるが壁面を覆い尽くしていて、まるで生きているように蠢いていて、肛門のような形状をした岩の割れ目が所々に見えていて、その割れ目から汚物の塊らしき物が次々に地面に落ち続けていた。


 その地表に落ちてくる汚物の塊らしき物に、魔物達はまっさきに群がるように集まる。


 大勢の魔物達の数は、瞬間的に数えられない数で、私は数えるのを止めた。


 恐らく500体以上の魔物で埋め尽くされたその巨大な広場は、様々な魔物の群れで溢れかえっていた。


 その魔物達の発する臭気で、私は吐きそうになってしまう。


 ──そう、ここは魔物達の食料庫。


「ははは....はははは....早く殺してくれよ」


 誰かが、そんな言葉を漏らした。


 呪文を唱えていた女性騎士のラザルリアさんは、呪文の演唱を止めると、膝をついてうな垂れる。


 後ろから魔物が押し寄せて、前には数え切れない魔物の群れに出くわした私達の命は、後少しで終わりそうだよ。


 ──お父さん、お母さん、親不孝な私で御免なさい。


「主よ。御許に近づかん」


 諦めの極地に達した私は、信仰する創造神に向けて最後の祈りを捧げた。
















 .......すると、私の声を創造神様が聞き届けてくれたのか、この大広間の空間に、次第に澄み切った神威の御力が満ちていくのが、肌に鳥肌が立つことで感じられた。


 私は、身体を動かそうとしたけど、突っ立ったまま、どの部位の身体を動かすことが出来なくなった。


 他の騎士隊の人達も、急遽編成された学生討伐志願者パーティメンバー達も身体が硬直したように、固まっているみたい。


 声もまったく出せないから、話しかけることすら出来ない。


 その神威の御力が満ちていくと、その神威の圧力を受けた魔物達も、私達と同じように硬直したように動きを止めて、ある一点を見つめていく。


 後方から私達を襲いかかろうとしていた魔物達も危険を察知したのか、きびすを返すように私達に背を向けて逃げ出していく。


 そんな状況の中で、突然、その空間に更に強い力の波動が発生する。


 神殿で神聖な気が満たされる気配とよく似ているように感じられるけど、何がこの場で起こるんだろう。


 もしかして、神の使徒がこの空間に転移されてくるのかも──。


 その私の思いが正解したかのように、強い力の波動がある一点に集まるように感じられ....。


 とても澄んだ強い力をもつ何者かの輪郭が薄らと見え始めたかと思うと、その場所から強風と白光が巻き起こる。


 その強い光の反射光は、垂直方向に立ち昇ると次第にその光を弱めていく。


 光の消えたその先には、大きな羽で羽ばたいている白い鳥の背に跨った、白の仮面で素顔を隠した銀色の髪の人物と、空中を走る長い10本の尻尾をはやした大きなキラキラ輝く獣が、この絶望の世界に降臨した。


 この世界に降臨した人物と鳥と獣の者達は、可愛らしい決めポーズを繰り出しながら....。


「正義と慈愛と水の女神──マリティカ様の使徒として....」

「この世の安全保障を担う役目を果たす為、この世界に降臨した」


「キラキラリーンで、ズバッと解決!!」

「正義戦隊1号──アンポコ!!」


「今から正義を執行するんだポン」

「正義戦隊2号──ポンポコ!!」


「みんな、私達が解決するポッポ」

「正義戦隊3号──タンポポ!!」


「我ら、正義戦隊アンポンタン、只今参上!!」


 変な登場文句を元気よく、それぞれのパートに分かれて発声していた。


 魔物達は、突如大広間内の上空に現れた摩訶不思議な者達を向けていて、逃げる素振りがない。


 逃げ出したくても、身体が動かないのだろう。


 私達も全然身体が自由に動かせないもの。


 この後、どういう風になるのか、凄く気になるけど、それとは別に私の脳裏には、とても嫌で考えたくも無い疑問点が持ち上がる.....。


 それは、異なる3つの元気な声音の内、2つの声にかなり聞き覚えがあること.....まさか、流石に、こんな所にまで、私に嫌がらせしに現れたりする訳ないわよね。


 あの馬鹿娘は、王族の権力を後ろ盾にして、学校内であろう事か客商売を始めてしまう、不届き千万な私の宿敵──アヴィリスカ。


 その彼女の後ろから小判鮫のように付き従う──サラミリア。


 私達を助けてもらう予定の神の使徒達から、聞きたくもない2人の声が聞こえてしまうなんて、一体全体どういう訳なんだろう。


 いままで、このダンジョンで味わった恐怖体験によって、私の耳までいかれてしまったんだろうか?

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