第41話 女神と女子会 ③ お母さんと一緒

 セラフィシアお母さんにどう、声を掛けたらいいのかわからなくて、私はただ涙が止めなく流れ落ちるまま、お母さんの姿を見つめていた。


「シクシクポン....シクシクポン....」


 椅子の座っている神獣サラちゃんは、何故か私の方に向き直っていて、狸のお目々から私に釣られて泣いているけど、あの泣き方は絶対嘘泣きだと直ぐにわかってしまう。


 だって、泣き方が余りにも変だもん。


 まだまだ自分のキャラが、上手く定まっていないからバレバレよ。


 でも、ベロリのサラちゃんはこんな時でもキャラに沿った演技をするから、やっぱり侮れない存在なのかもしんない。


 マリティカ様は、ティーカップの飲み物に口をつけながら、私達のやり取りを興味深そうに見守ってたけど、その女神様は今回の当事者の一員なのに、私は関係ありません的な態度を取っているから、ちょっとムカムカしてしまう。


 セラフィシアお母さんは、私と同じように両眼から涙が溢れていて、口元に手をあててすすり泣いているけど、メグフェリーゼ様の微笑みを浮かべた表情とその神眼の視線に気づいたみたいで、感情を無理矢理抑えた様に姿勢を正すと、その女神様に身体を向けて、深々と白鳥が舞いおりるような優雅なお辞儀をしだす。


「女神様、ありがとうございます」


「この世に、もう一度生を授けていただいた女神様のご慈悲に、深く感謝致します」


 お辞儀が終わると、綺麗な美声で感謝の言葉を伝えて、メグフェリーゼ様の創造した小高い丘の草原の空間で、また再度、優雅なお辞儀をしていたけど、今行われた優雅な挨拶の振る舞いからは貴族の名残が随所で見て取れた。


 私が小さい頃に、エディお父さんに甘えて教えてもらったお母さん像の話しの中には、貴族の末女として生まれたけど、エディお父さんとの結婚を機に勘当されて廃嫡はいちゃくされたとも聞かされていたから、セラフィシアお母さんが貴族らしく振る舞う所作もなんとなく理解できた。


 その事実と照らし合わせると、この場に立っているお母さんと殆ど同じ人物が、セラフィシアお母さんの魂をもちいて再生された人物だという裏付けがとれてしまう。


 それで、1つの証明ができてしまった訳なんだけど、そのたった1つの証明ができただけで、ますます私の両眼から涙が溢れて、滝のように下たり落ちていく。


 やっぱり、本物のお母さんが私の目の届く場所にいるんだ――。


 なんだかんだ言っても、やっぱりメグフェリーゼ様は慈愛に溢れる女神様だった。


 何をどうしたら、この世の何処にも魂のない人間を、完全再生して生き返らせることが出来るのか、私には到底想像もつかないよ。


 そんな神秘の御技を安々と行使出来てしまう漆黒の翼を持つ女神に、これまで以上に強い畏敬の念を抱いてしまいそう。


 その念を胸の奥に仕舞いつつ、流れ落ちていく涙を滴らせたまま、セラフィシアお母さんを見続けていた。


 今行われている優雅な挨拶の所作も、自画像よりも若々しくなったお母さんに、妙にピッタリはまったように感じて、その姿に感動して更に涙が止めなく流れ落ちていく。


 感謝の言葉を掛けられた女神様は、偉ぶる様子も見られず、漆黒の翼を揺らめかせ満面の笑顔を見せていたけど、お母さんの感謝の言葉が終わると、それを引き継ぐ形で女神様が口を開いて話しだす。


「私は、アヴィの頼みを叶えたに過ぎないわ」


「お礼なら、私にそうさせるように仕向けた、アヴィにしてあげなさい」


 メグフェリーゼ様は、そう言って私の方へ視線を向けた。


 その女神様のお言葉に従うように頷くと、再び私に身体を向けたセラフィシアお母さんは、私に視線を合わせた。


 セラフィシアお母さんと視線が合うと、私は様々な感情が入り乱れて、意思に反して身体がビクビク震え出してしまう。


「......アヴィ...」


 私に声を掛けようと口を少し開きかけていたけど、同時に私の挙動を観察していたから、私の心情をセラフィシアお母さんなりに察してくれたみたいで、私に声を掛けずに口を閉じると、少しずつ私の方に歩き出した。


「.........」


 セラフィシアお母さんは、私と同じように涙を流していて、その涙を拭おうともしないで、無言のまま私に向かって歩いてきた。


「.........」


 それに釣られて私も、何も話しかける言葉が浮かばないまま、身体の震えもそのままにして身を任せるように、セラフィシアお母さんの方へ歩き出す。


 そんなに距離が離れていないはずなのに、妙に遠く感じてしまう。


 なんだか、心臓の音も大きく聞こえて、しかも、凄く時間がゆっくり流れるように感じてしまう。


 心臓の音は、体内で大きく鳴り響いていて、バクバクした音が体内で反響しているから、丘の草を踏みしめる音や草のこすれあう音なんかも、殆ど聞き取れない。


 私の瞳は、大量の涙で覆われていて、磨ガラスを通して見ているようで、すぐ近くにいるセラフィシアお母さんの姿も判別するのも、正直難しいぐらいぼやけて見えている。


 でも、ここまで近づけば流石に分かる――手を伸ばせば届く距離にいるのを....。


 大量の涙で覆われた両眼を手の平でゴシゴシ拭って、セラフィシアお母さんを見つめ直した。


 セラフィシアお母さんは、涙で滴るお顔も素敵だった。


 そのお顔は、私とよく似た顔立ちをしていて、髪の色は緑色で私の青色と違うけど、流れるような髪質も似ていて、綺麗で整った目鼻立ちをしているんだけど、私を凄く大人びた表情にした感じだというのがもっともわかりやすい説明なのかもしれない。


 ようやく間近で拝めたお母さんに、私は心底見蕩れてしまう。


 スタイルも抜群で、ちっぱい私とは――月のすっぽん、鯨と鰯、天地ほどの差があるけど、今はそれを受け流しておく。


 私は、直ぐにでもセラフィシアお母さんの胸に飛び込みたい――だけど、私の罪悪感がそれを阻んでしまう。


 その罪悪感は、私が物心がつく時から心の内に秘めていて、私が生まれてしまったが為に一生背負うべきもので、明るく元気に振舞っていても、いつも心の奥底では、この罪悪感がマグマのように私の心を焼き焦がしていたんだ。


 ふとした時に、その罪悪感は私を責め立てる。


 ――貴女が生まれたから、セラフィシアお母さんは死んだんだから。


 ――貴女は2人の愛の結晶ではないから。貴女は闇の血晶が相応しいよ。


 ――貴女の罪は一生消えないから、何をしても無駄よ。


 その罪悪感が、この状況に至った今現在においても、なお、私の心を蝕んでいく。


 だけど、この罪悪感こそが、今の私を形作っているといってもおかしくは無い。


 私は、この世に生まれ落ちる以前のお母さんのお腹の中で、無意識にお腹を蹴っている時から、既に神の如き御力をこの身に宿していたらしく、その御力を周囲に発散させながら、この世に生を受けたらしい。


 その過程でお母さんは、この世に私が誕生した瞬間に満足した笑みを浮かべたまま、安らかに息を引き取ったそうだ。


 この事実は、私の意識が芽生えて、私の行動がどう周りに影響を与えるのか物心がついた時を見計らい、私が御力の暴走を引き起こさない為の歯止めとしようと、エディお父さんが強い願いや決意を込めて、やさしくさとすように当時の私に語りかけていたのを、今でも私は覚えている。


 当時の私がその事実を知ると、恐怖で恐れおののき――わめき散らし――暴れまわり――泣き腫らしながら日々をおくり、その中で私は事実を受け入れるしか、私が正しく生きる道がなく、この御力に全ての敵意を向けつつ、なんとか、その事実を昇華し受け入れることが出来たんだけど....。


 その過程で、神水の御力が私の予想以上の力を秘めているのを理解し、その御力を決して私利私欲の為も使わないようにしようと決めたんだ。


 今、この場で思い返してみると、当時のお父さんは、私に正しい道に教え導こうと決死の覚悟で臨んだんだろうなと、エディお父さんの立場に立つと、そう言う風に考えてしまう。


 一歩間違えた発言をして当時の私の激情に触れれば....多分、その当時の私はお父さんを消して、私自身も同じように死んでいただろう。


 そんな、決死の覚悟を決めて臨んだお父さんの思惑通りに、この重くて辛い記憶は、強力な御力を使う際の強いいましめとなったけど....。


 その過程で強い決意を胸に秘めた事が原因となって、私の魂が御力の拒否反応を起こして、私とマリティカ様の2つの魂に分かれてしまったと、メグフェリーゼ様から、前回の顕現けんげん時に教えてもらえた。


 お母さんが亡くなったことで、私の家族の3人の兄達は、私を疎ましく思っているみたい。


 私を恨んでいるような目付きで接してくるし、そもそもの原因である私の御力を恐れて必要以上に関わろうとはしない――。


 これが私達の家族の日常で、稀薄きはくな家族関係が今までずっと続いていて、それも私の心を凍えさせ、心の傷をうずかせていた。


 正直、私はお母さんを殺してしまった自分自身が憎らしいしうとましいし、兄達との確執があるのにも遣る瀬無いし、大好きなお父さんから大好きな人を奪ってしまった私自身が、この状況になっても許せそうにない。


 私は、自分の嫌な心に触れたことで、暗い心に飲み込まれそうになってしまい、どうしようもなく居たたまれなくなり、顔をお母さんからそむけてしまう。


 だけど、そんな私を、セラフィシアお母さんが進んで優しく抱きしめてくれた――。


 私はお母さんに抱かれる価値のない人間だから、その場から離れるのが話の筋かもしれない。


 でも、やっと出会えたセラフィシアお母さんの温もりを感じていたい。


 相反する思いが私の脳裏で感情の渦がうごめくように争うけど、そんな私の思いの丈も全て包み込むように、両方の手で私の頭と背中を撫でながら抱きしめてくれた。


 ――暖かい。


 ――柔らかい。


 ――いい匂いがする。


 この人が、私のお母さんでいいのよね。


 私の頭が丁度セラフィシアお母さんの胸の位置で、セラフィシアお母さんの柔らかい胸に包まれた。


 本当にお母さんが生き返ったんだよね。


 それで納得していいんだよね。


 ――アホじゃないの!!そんな簡単にほだされるなんて。


 ――罪の印は、一生消えないのにね。


 私の中の罪悪感は、弱まった私の心を更に傷つける。


「――アヴィリスカ、ありがとう」


 セラフィシアお母さんが私の頭を何度も撫でながら、優しい声を掛けてきた。


 でもその言葉を掛けられた私は、余計に居た堪れない思いになってしまう。


「ううん....ごめんなさい。セラフィシアお母さん――」


「私のせいで辛い目に遭わせて....ごめんなさい」


 なんとか、詰まり詰まりに贖罪しょくざいの思いを口に出して、私は、セラフィシアお母さんをより強く抱きしめ泣き腫らしていく。


 そんな私に、機嫌をとってなだめるように、優しく何度も頭を撫でてくれて、優しくて暖かい愛情で包み込んでくれた。


「その呼び方は堅苦しいから、『お母さん』か『セラお母さん』でいいわよ」


「それに、もう、謝らなくてもいいわ。アヴィリスカ――アヴィには、沢山の思いを貰ったから....」


「アヴィが生きていてくれただけで、私の心は満たされているわ。もう、いつまでも卑屈な心でいるのはやめなさい。今はお互いの再開を喜びあい慈しみあう時間だわ」


「アヴィは、まだまだ子供なんだから――子供はお母さんに甘えていればいいのよ」


 贖罪の言葉をもって吐き出したいし、沢山謝りたいのに、後ろ向きな発言をやめるように言われたから、私は途端に何を喋っていいのかわからなくなり、頭が真白になった。


 何をどうするのが正解なのか、全くわからない私は、その答えを求めて頭を上げてお母さんの泣き腫らしたお顔を見つめると、お母さんは顔を左右に振る動作をしてから私の額にキスをして、頭を何度も優しく撫でてくれた。


 お母さんは、私の体温を感じていられれば、それで満足しているように思えた。


 それなら、暗い感情と明るい感情が激しく争う今の私でも、何とか受け止められて容易に出来る行為だ。


 その後、暫くの間、私達はお互いが泣き止むまで、体温を確かめ合うように抱きしめ合っていた。


 私がお母さんの胸に包まれている間、私の耳元に妖精達による素敵な音楽の調べが聞こえてきた。


 とても感傷的な優しい感じの音楽なんだけど、今の雰囲気と溶け込んでマッチしているように聞こえていて、私はその音楽に酔いしれながら、この至福の時間をお互いに無言のまま、抱きしめ合っていた。


 妖精達の奏でる音楽のハーモニーは、やがて曲調が暖かい春の訪れのようにかわり、いつの間にか、その音楽に聞き入ってしまう。


 空からは暖かい日差しが私たちを照らしていて、なんだか、私達の再開を祝福しているように感じてしまい、草原の丘からは、安らかな風が私達を見守るように吹いていて、曲のメロディーと合わさって、とても心地よい気分になってきた。


「どうかしら」


「私の演出は、気に入ってもらえたかしら」


 曲のメロディーの中に、透き通るような綺麗な声が紛れ込む。


 この声は――メグフェリーゼ様の声だ。


 その発言の内容から、私が今居るこの空間の演出も、私達の再開の為に創造して作られたように聞こえてしまう。


 まさしく、そうに違いないよ。


 私がお母さんの胸に埋もれていたのをやめて、顔を上げてメグフェリーゼ様を見つめると、その女神様は薄ら笑いの表情をして、楽しそうに私達を観察していたから――。


 メグフェリーゼ様の手の平の上で、ずっと、弄ばれていたのかもしれない。


 そのメグフェリーゼ様の発言で、私の反骨魂に火が灯る。


 今の私の持って行き場のない全てを負の感情を、メグフェリーゼ様に向けるように見つめた。


「メグフェリーゼ様、私をあんまりもてあそばないでください」


 私は発言と同時に、自分でもどうしていいかわからない煮えたぎる負の感情を、超怒ってプンプンしてる私の姿に幻想化した言霊ことだまに変化させると...。


 その私の姿をした攻撃的な性格を持った言霊を、メグフェリーゼ様にぶつけてやろうと念じていく――。


 言霊は、プンプンした表情を浮かべてメグフェリーゼ様に向けて爆進していった...。


 だけど、その言霊はメグフェリーゼ様にぶつかる前に、煙が空気に溶け込むように霧散してしまう。


『強すぎて、無理ぽっ』


 私だけに聞こえる言葉を残して、私の言霊さんは掻き消えてしまった。


 あれっ負の感情を吐き出したから、心がスッキリした感じがするんだけど....。


 負の感情を武器にするなんて、今まで考えつきもしなかったけど、これはこれでありかもしんない。


「少しだけ、いい目になったわね――アヴィ」


 そして何故か、メグフェリーゼ様から私に向けて、お褒めの言葉を貰ってしまった。


 もしかして、これも女神様流の授業の一環だったのかもしれない。


 そう考えてしまうと、人の命を簡単に扱う姿に忌避感を覚えてしまい、薄ら笑いをする女神様に底知れぬ恐怖を感じてしまった。


「そうね。今回は色々と楽しませてもらったし、アヴィの言いつけに従っておきましょうか」


「そうそう、アヴィ。私の弟子になりたいのなら、その程度の感情の波ぐらい、上手く束ねて完全に制御化においてコントロールして早く自分の力になさい」


 私に助言をしてくれて嬉しいけど、負の感情を自分の力にかえるのは、かなり難しいんだからね。


 そんなに簡単に言わないで欲しいな。


「さて、それじゃあ、次の課題に向けてみんなで集まって話し合いましょうか」


 表情は、いつもの薄ら笑いを浮かべてるけど、なんだかウキウキした雰囲気のメグフェリーゼ様は、私達にも早く席につくように、視線と動作で促していく。


 もしかして、私はとんでもない女神様に、弟子入り志願をしてしまったのかもしれない。


「大丈夫よ。私がアヴィを守るから安心しなさい」


 お母さんが私の心を読んだかのような内容で話しかけてきた...って..えっ...嘘だよね。


「えっ....お母さんも私の心が読めるの?」


「あー、そうね。まだ言ってなかったけど、私もサラちゃんと同じ守護神獣に生まれ変わったから」


「そういう事だから、これから宜しくね――アヴィ」


 またまた、衝撃の事実が発覚して、もう本当に私の心は一杯一杯だよ。

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