第39話 女神と女子会 ①

 私達の会話を本物の女神の微笑を浮かべて、黙って聞いていたメグフェリーゼ様は、私達の会話が一段落したのを見計らって口を開く。


「待ってたわ、アヴィ」


「暇だったから、そこの神獣とお話していたら、その神獣、素直に心を入れ替えるそうよ」


「たった今、そう、私と約束してくれたわ」


 その話しぶりから、私が未知の世界に旅立つのを、阻止してくれるみたい。


 つまりは、私の味方になる訳ね。


 フォッフォッフォッフォッフォッ!!


 やっぱり、持つべき物は、頼りになる女神様ね。


 そんなメグフェリーゼ様は、私の後ろに隠れる神獣サラちゃんを、全てを見通す女神の神眼を持って射抜くように凝視していた。


「だから、もし、私との約束を破りそうな姿勢を見せたら、遠慮せずに私を呼びなさい」


「私との約束破ると、どういう目に遭うか、思い知らせてあげるから──」


 女神の神眼に御力を込めながら、気迫を込めた呪文を呟くように、ゆっくりとした口調で、私とサラに伝えた。


 女神様の言葉の呪文を聞かされた神獣サラちゃんは、私の真後ろの腰周りからモフモフの両腕を突き出して抱きしめてくる。


 その両腕で、私の着ている錬金術師専用の作業服の上から、ガッチリと締め付けるように力を込めてきた。


 両腕ごしに神獣サラちゃんから感じる凄い震えの振動が、私の身体にブルブルと伝わってくる。


 ちょっと締め付けられて痛いけど....。


 まあ、痛いっていっても、我慢出来ないほどじゃないし、これだけ怖がっているサラに、更に追い打ちの言葉を掛けるほど、私は鬼畜じゃないから、もう少しの間だけ我慢してあげるよ。


 それに、私には、神獣サラちゃんの心の奥底までは見通せないけど、メグフェリーゼ様には、全て、お見通しみたいだから、サラが私に変な事をしようとしたら、メグフェリーゼ様の神罰が落ちるだろうから、怖がるのは当然だよね。


 多分、神獣の能力を色々使いながら、シフィ姉ちゃんで色々実験してたのが、メグフェリーゼ様の癇に障ったのかもしれないね。


 ふふんーだ。ベロリのサラちゃんも、とうとう焼きがまわったようね。


 まあ、ベロリのサラちゃんも、流石に女神様に楯突く真似まではしないでしょうから、これで漸くサラの獲物候補から、私の名前が永久に抹消されるわけね。


 やっぱりメグフェリーゼ様は、素敵でお優しいね。


 しかも、私の思いやりを持って接してくれるから、本当に最高の女神様だよ。


「はい、わかりました」


「色々お気ずかいいただき、ありがとうございます──メグフェリーゼ様」


 そんな慈愛に満ちた女神様に対して、私は心を込めてお礼を言った。


 お礼を言い終わったタイミングで、立ち止まったいた私の横から、神水で形作られたマリティカ様の神体が、優雅な姿勢でゆっくりと私の側を歩いて通り過ぎていく。


 そんな、水の姿の女神様が、追い越す際に「....ふ─」と口から溜息が漏れ出ていったのが、私の耳が捉えて聞き逃さない。


 なんか、意味深な溜息なんだけど....。


 まあ、いいや。マリティカ様を深く掘り下げて考えだすと、気分が滅入るから、気にしない、気にしない。


 多分、私の信仰心がメグフェリーゼ様に傾いてるのが、マリティカ様からしたら気に入らないのだろうと、単純に結論づけておく。


 それも、まあ、仕様がないと思うけどな。


 だって、メグフェリーゼ様は、私の障害をどんどん取り除いてくれるんだから。


 私の側を通り過ぎたマリティカ様は、なんだか少し呆れた表情をしながら、メグフェリーゼ様の横の椅子に腰掛けた。


 もう1柱の女神であるメグフェリーゼ様は、私のお礼の言葉に軽く頷くと、私の後ろに隠れる神獣サラちゃんに対して追求の手を休めずに、女神の漆黒の翼からでる、神威を込めた微風をサラに纏わり付かせる。


 神威を込めた微風は、優しくてとても暖かい柔らかい風で、サラの手前にいる私にも、その風が包み込むようにあたる。


 あれあれ、怒りを覚えて注意している相手にも、優しい気遣いをするのね。


 私が憧れるメグフェリーゼ様は、やっぱり凄くやさしい女神様なんだね。


「サラミリア、いつまでも怖がっていないで、しっかりと私の眼を見なさい」


 優しい微笑を浮かべたメグフェリーゼ様は、心を見透かす神眼を、サラに合わせて話しかけた。


「はいポン」


 私の後ろに隠れてビクビクしてる神獣サラちゃんは、短い返事をすると、私の肩から両腕を突き出し、後ろから抱きしめるような体制に移行する。


 ちょっと浮遊しながら、私に捕まっている体制なんだけど、この機会を目ざとく利用して私とスキンシップを図ろうとしているみたいで、決して私の側から離れようとしないんだけど。


 まあ、モフモフの感触が気持ちいいから、私は別にいいけどさ。


 でも、女神様に対して、その体制で話すのは、不敬じゃないのかな?


 なんとなくだけど、目の前に顕現された女神様は、絶対に怒らしたら駄目な気がするんだよ。


 だからさぁ、もうこれ以上、メグフェリーゼ様を怒らせるような態度を見せないで欲しいんだけど。


 そんな要らない心配をする私の考えを他所にして、メグフェリーゼ様は、神獣サラちゃんを心配するような表情を垣間見せる。


「サラミシア、そこまで緊張して怖がる態度を見せられると、私の方がなんだか気を使うわ」


「少し誤解があるようだから、訂正しておくけど....」


「──私は貴女の味方だから、安心しなさい」


 ウヒョッ!!なんですと!!


 メグフェリーゼ様は、私の予想を根底から覆す、思いも寄らない発言を繰り出してしまう。


 ここで、まさか、まさかの全幅の信頼を寄せる女神様が、突然の爆弾発言カミングアウト


 私にブルブルと伝わってきていた神獣サラちゃんの強い震えは、忽ちピタリと止まる。


「──えっ.......」


 その強い震えが止まると、自分の意思に反して口が開いてしまい、呆けてしまう。


 あれれのれっ!!メグフェリーゼ様!!....今....何て言ったの?


 もしかして、サラを応援したい派じゃないよね?


 そんな、背後から私を抱きしめている神獣サラちゃんからは、なにやら、邪な気が湧き上がってきたような、妙な気配を感じてしまう。


「私には、貴女がアヴィと1つになりたいと強く願う──純粋無垢な貴女の心も全て見えてるわ」


「私は、そんな、誰よりも強い愛情を、アヴィに注いでいる貴女になら、アヴィの守護神の1柱になれると期待を掛けて、その力を貴女に与えたのだから──」


 私は、信仰心をもって接していたメグフェリーゼ様の属性を、今更ながら、全く理解していなかったとようやく気づいてしまう。


「私の期待を、あまり裏切らないで欲しいわ」


「ごめんなさいポン」


 私の顔の真横から、ちょこんと狸のお顔を突き出した神獣サラちゃんは、素直に謝った。


「サラミリア、私の考えは同性愛者容認──いえ、どちらかと言えば推奨したい派だから、私の本心では、その恋を実らせてあげたいと、影ながら応援しているのよ」


 同性愛者推奨派ってことは、サラちゃん肯定派の陣営だったのね。


 私は、メグフェリーゼ様の罠にやすやすとはまってしまったっポイよ。


 がっくり、しょぼん。


 もう、駄目ぽっ!!もう、無理ぽっ!!


 この世に転生したゼルラージュ様と、結婚していちゃいちゃする私の夢が、どんどん崩れていくよ。


「でも、貴女の姑息なやり方には、賛同できないから、こうして話し合いをしている訳なんだけど、そこは理解してもらえたかしら」


「はいポン」


「正攻法で攻める分には、私は何も言わない──寧ろ、貴女の恋を叶える為に、色々私の方で準備しているから、貴女は、卑怯な道を選ばずに、正々堂々と貴女の信じる道を突き進みなさい」


 どぼしよう~このままじゃ、私が未知の世界に旅立たなきゃいけなくなっちゃうじゃない。


 私は、サラにベロリと食べられる運命なの?


「はいポン」


 神獣サラちゃんは、凄く嬉しいんだろう──私の顔と狸の顔を、スリスリ頬ずりしながら返事をした。


 そのスリスリは、非常に気持ちいいけど、中身がベロリのサラちゃんだから、なんだか気分が滅入っちゃう。


「貴女は、自分の正直な気持ちを、もっと素直にアヴィに伝えて、アヴィの盾となり側に居続けて、見守りなさい」


「貴女の強い思いを行動で示しなさい」


「はいポン」


 私の身体を、狸の指先でまさぐりながら返事をする神獣サラちゃん。


 私にしている行為は、勿論、性的嫌がらせセクハラなんだけど、モフモフのお手々でされてるから、その、ふわふわした感触が妙に気持ちよくて、超悔しいけど、そのまま続けて欲しいから強く言えない。


「──メグフェリーゼ様は、私の恋の相談相手になってもらえますかポン」


 神獣サラちゃんは、恐る恐る言葉を選びつつ、同性愛者容認の女神様に救いを求めた。


 なんかさー、私の逃げ道を塞ぐように、少しずつ外堀が埋められていくような気がするんだけど。


「ええ、私は貴女を応援すると言ったはずよ」


「だから、貴女の恋の相談なら、何でも私に相談するのよ」


「なんなら、今から相談に乗ってあげようかしら」


「そうね、サラミリア。気分が落ち着くように、舞台を整えるから、少し待ってなさい」


 うっすら笑みを浮かべながら、神獣サラちゃんと話し合っていたメグフェリーゼ様は、両手を肘をついて両手を組んでいる姿勢を崩すと、左手で髪をかきあげて、右手の人差し指で、作業机を軽く指さす。


 すると、繊細な花の意匠が施された純白のテーブルクロスが、作業机の大きさにあわせて姿を現す。


 次に、純白のテーブルクロスの敷かれた、何もない置かれていない場所を指差していく。


 すると、指さした場所からは、輪郭が薄ら見えたと思えば、次の瞬間には、純白のティーカップセットに香りの良い飲み物が入った状態で具現化された。


 それを何回か繰り返すと、ここにいる全員分の飲み物が、一瞬にして作業テーブルに並べられた。


 更に、中央部分を指差すと、その指さした場所には、細かく繊細な装飾の施された花瓶に、素敵な色とりどりの生花がもっさりと華やかに生けられて、花の意匠が施されたテープルクロスの中央にその姿を現した。


 その調子でメグフェリーゼ様は、様々な場所を指差していく──。


 空中の部屋の隅を指さしたかと思うと、そこからは、小さな妖精の楽団が次々に現れると、心地よいゆったりとした演奏会が開演されるし──。


 四方の壁を指さしたかと思うと、その四方の壁が薄くなり、その奥が突き抜けて見え始めて、自然溢れる小高い丘の風景が現れるし──。


 その空中には、天女の一団が空間を楽しそうに舞踊っているし──。


 工房室の天井を指さしたかと思うと、天井の壁面も薄くなり、その奥も突き抜けて見え始め、雲ひとつない真青な青空が浮かび上がるし──。


 当の女神様は、漆黒の翼を優雅に舞わせて、何でもないかのように、様々な神秘現象を指差すだけで次々に行っていった。


 私は、敵にまわった女神様が起こす不思議な現象を、ぼーっと眺めているしか、出来なかった。


 その間に他の部屋に通じる扉も、部屋の外へと通じる扉も掻き消えてしまった事実がうっすらと頭をよぎったけど、私にはどうすることも出来ないから、そのまま思考停止しているしかなかった。


 メグフェリーゼ様は、ある程度舞台が整ったと満足できたようで、1度軽く頷くと、私に優しい視線を合わせながら口を開く。


「まあ、こんなものかしら」


「さあさあ、アヴィもサラミリアも、早く座りなさい」


 そこからは、漆黒の翼の女神様と狸の神獣の、恋のお悩み相談会が、もう一人の当事者である私の目の前で、繰り広げられようとしていた。


 神獣サラちゃんは、狸の溢れんばかりの笑顔を浮かべたまま、私を押しのけると、作業机を挟んでメグフェリーゼ様の目の前の椅子に座って、まさに前のめりになるように、恋の相談会が始まっていく。


 神獣サラちゃんに押しのけられた私は、茫然自失の姿をさらけ出しながら、呆けた感じで立ち尽くして、楽しそうに話してるサラとメグフェリーゼ様を見続けた。


 恋の相談会から聞こえてくる言葉には、喜びに溢れた女神の助言が、部屋の中にいるとはとても思えない程の、広々と開けた草原の空間にこだましていく。


「女神になると、同性同士でも子孫を作る方法があるから、アヴィが女神の御力を取り戻せるように、貴女も協力しなさい」やら....。


「女神と神獣でも子孫を作る方法があるから、今度教えてあげるわ」やら....。


「吊り橋効果を使えば、貴女にだってチャンスはあるから、頑張りなさい」やら....。


「私が色々計画を立案したから、貴女は私の言う通りに動くのよ」やら....。


 打ち解けあったメグフェリーゼ様と神獣サラちゃんの、和気あいあいとした楽しい話し声が聞こえてきてた。


 先程までの、超オドオドした感じはどこえやら、神獣サラちゃんとメグフェリーゼ様の意気投合した不思議空間には、私の入り込む余地は、全く残されていないみたい。


 あーあ、メグフェリーゼ様の張り巡らしたアヴィちゃん包囲網の罠に、最初の段階から、何も知らずにノコノコと追い込まれていたのね。


 しかもどうやら、私と神獣サラちゃんは、メグフェリーゼ様の玩具になるのが、ほぼ確定しちゃったみたい。


 こりゃー、ラスレちゃんの心配するどころの話じゃないよ。


 ついさっき見せつけられたギレン兄とイエラちゃんの吊り橋効果を、近い将来に、私とサラで体験しなきゃいけなくなるかも....。


 とんずらして逃げだしたいのに、私のいる場所は、メグフェリーゼ様の作られた幻想結界の中....。


 本当にどぼしよっ。逃げ道すら、ないんですけど....。


 アセアセで、もう、どう仕様もないよ。


 愛しのゼルラージュ様、哀れな私をお助け下さーい。


 そんな私の心の叫びは、この場にいる2神の女神と神獣サラちゃんには、全て筒抜けだろうけど、この場にいる上位の存在である方々は、私の心の叫びを聞き届けてくれないみたい。


 それだけなら、まだしも、私の心の叫びを聞いている筈のメグフェリーゼ様は、漆黒の翼をウキウキさせるように羽ばたかせて、ご満悦の笑みを浮かべながら口を開く。


「その真摯な姿勢を、アヴィに見せ続けなさい」


「そうすれば、いつかきっと、アヴィもわかってくれるわ」


「そうよね、アヴィ」

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