提婆達多

 何故彼奴が多くの弟子を持って尊ばれているのだ。訳が分からない。出家して修行にでたのにそれを途中でやめたりしている。挙句の果てには何事も程々が良いとか中途半端な事ばっかり言ってる。出家してのち彼奴は何もやり遂げることが出来なかったのだ。中途半端で終わった修行の後に何を悟ったというのだ。


 結局は人は弱い。弱いから体を壊すような無理な修行をするようなことは無い。こんな子供でも分かりそうなことを私だけがその境地に至ったとか下らない思想を広めているが、何のことはない、彼奴が釈迦族の王子だから、権力の傘に平伏している人間が弟子となっているだけでは無いか。


 私も釈迦族だが彼奴に騙されない。彼奴が悟った事は子供でも分かるような事じゃないか。確かに彼奴は頭がいい。私も敵わないぐらい弁が立つし、勉強もしている。何を言っても論破されるだけである。


 他にも下らないことを言っている。八つの正しい事をしなさいと促しているが、どれもこれも当たり前の事である。人はみなその正しい事が出来ないがために迷い、狂うのだ。正しい事をどのようにして行うかが重要なのに、只管に正しい事をしなさいと言う。人々を導いているつもりなのかも知れないが、導いているというよりは、貴方が言われることは正しいという賛同者を増やしているだけである。あのような教えでは誰も救えないのでは無いか。


 私は彼奴に対抗した違う思想の集団を起こした。人が皆迷う要因は、厳しい戒律が無いからだと考えた。いままで出家した者たちよりも一段と厳しい戒律の集団を作ったのだ。人々が堕落しないように、しっかりと戒律によって己を戒める集団を作ったのだ。人が一人で戒律を守っても、油断から守る事が出来ないかもしれないから、集団で戒律を守ることに意味があるのだ。

 

 私の思想はこの大陸の最も強力な国の王子に認められた。彼は私を庇護し、この戒律を守る教えを広げる事に賛同し、私は数多の弟子を従えることが出来た。

 

 しかし、彼奴はまたしても私の邪魔をしに来た。王子を唆し、中途半端な教えで彼をさとし、助けたように見せかけた。彼奴の教えは見せかけでしかないのに。彼奴の教えてでは人は幸せになることは無く、争いの絶えない世の中にしかならないのに。善人も悪人も許すという思想は危険極まりない。悪行を行う事を推奨するわけでは無いが、悪行をした人をも許すという思想がこの世が平穏にならない第一の要因だ。やはり、戒律を重くするべきなのだ。


 思えば出家する前は何をしても彼奴が一番だった。私が大好きだった耶輸陀羅を娶るときもそうだ。私と彼奴の一騎打ちでの弓勝負になったのだが、敵わなかった。美人の妻をめとり、さらに一子を成してすべてが備わっていると思われた時に彼奴は出家した。何か自分の生き方に悩んでいたことがあるのかもしれないが、家族を捨てて逃げだしただけでは無いか。後に悟りを得て戻ってきたとか言っていたが、何のことは無い家族を捨てて自分よがりの悟りを得たことが後ろめたかっただけでは無いか。 


 私は常に彼奴の後塵を拝してきた。何をしても二番手なのだ。私は別に二番手だろうがなんだろうが構わないのだが、周りのものが彼奴と比較するのだ。そもそも私は勝ち負けにはこだわっては居ない。耶輸陀羅を彼奴に取られた時だけは負けられないと思ったが。なぜ周りは彼奴と比較するのだろうか。余計なお世話である。しかし彼奴は褒め称えられることが好きなようだ。ようするに私は彼奴の引きたて役なのだ。そんな人生は御免だ。


 彼奴は愛する耶輸陀羅を奪い、私の教えを守って暮らしていた集団をも奪った。彼奴の思想では奪おうが、許されるのかも知れない。しかし、彼奴の思い通りの集団を蔓延らせることはこの世はいつまでたっても平穏な日はこない。


 彼奴に罪は無いのか?いや、私の愛する者を奪い、さらに悲しませた。私の弟子たちを中途半端な教えで、迷える者に変えた。彼奴は罪をおかしている。償わなければいけない。

 

 彼奴にはこの毒によって、その罪を償ってもらおう。それが私から様々なものを奪った因果だ。私は眼鏡蛇の毒を爪に塗り彼奴に近づいて行った。

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