叛逆者列伝
river
叛逆者達
聖人と弟子
イスカリオテのユダ
私は正義を成したかった。正しい事をすべき時にし、正しくない時にはしない。その機を見極められる人間になりたかったのだ。
貴方は紛れもなく正しいのだと思う。力も無く、財も無い人々はそれらが在る者達に虐げられてきた。祭司どもは律法を盾に取り、従わないものを罪人と決めつけ弱き者を踏みつけてきた。富を持つものはそれを使わず、蓄えるだけ蓄えており、必要とするものに富が回らないようにしていた。貴方はそういった弱い者達こそが天国に行けると仰られた。その者たち全ては貴方が言われる事に耳を傾け、またさらにその言葉をより多くの人々に届けていった。貧しさの中で死にゆくもの、病により息も絶え絶えに死にゆくもの、いずれもが貴方の言葉に耳を傾けながら安らかな顔で天国に行ったのである。死顔は誰もが笑顔であり、苦悶の表情を浮かべるものは無く、皆が天国へ昇天したことは紛れもない事実であった。
私たちは貴方の言葉をより多く聞くために、寄り添うように集まった。大工や漁師達、日々の生活が営めるくらいの多種多様な者たちが集まり一つの街になった。私はこの街において出来た物を他の街に行って売り、また街から集団に必要なものをを調達する役割を貴方から言いつけられた。まずそれが今の貴方の置かれる状況の最初の切っ掛けだったのだろう。貴方は今の御自身の置かれている状況を既にお見通しであったのだ。
祭司どもや富める者どもは虐げてきた者たちが天国に行くことに我慢が成らなかったのだろうか、次第に私達の集まりを迫害するようになってきた。祭司どもは、多くの人々が神殿に足を運ぶことをやめ、主への祈りを欠くようになったことへの怒りなのか。富める者どもは私達のように、奴隷のように使役出来ない者が増えていることを苦々しく思ったのだろうか。やがて、私が街で要物を買う際にこの者どもが、貴方が匿われている場所を密告するように求めて近づいた。
いや、密告では無かった。この者どもは、貴方を招き入れると言ってきたのだった。貴方のように多くの人々が天国に行けるよう、我々も教えを請いたいと言ってきたのだった。決して、罪人にするとは言わなかった。
本当だろうか、確かにそのように言ってきたが、頭の片隅にはこの者どもの言葉は嘘をついていると思っていたのではなかったか、私は都合の良い自分と都合の悪い自分が常に同居しており、貴方の前でもその時々で態度を変えてきたのかもしれない。
私は街に戻ったあともどうすべきか悩んでいた。それぞれの職業の代表たちが卓を囲んで夕食をとる習わしであったので私も同席していた。
貴方は「するべきことをしなさい」と私に言われた。
私は貴方の言われた言葉に従う事にした。
この者どもが言う事が嘘であろうが誠であろうが構わない。貴方の言われてきた事は正しい事であったのだから
その結果、
貴方は今、
特別な事としてではなく、その他の罪人達と一緒に髑髏の丘におられるのだ。
私は正しい事を出来なかったのであろうか。私のすべきことは何だったのであろうか。
私の正義は貴方に死を与えることなのであろうか。
貴方は「与えよさらば与えられん」と言った。
私に与えられた物は、貴方の居所を教えた報酬として銀貨三十枚を貰った事であった。たった銀貨三十枚と後の者たちは罵るであろうか。銀貨三十枚を持って帰っても街の者たちは誰も喜びやしない。否、街に入る前に私は打ち殺されるであろう。しかも私はこの銀貨三十枚の使い道を持っていない。与えられた物は銀貨三十枚などでは決してない。
私は貴方に死を与えた事になるのだろうか。否である。貴方の肉体は滅びることになるのかもしれないが、十字架にかけられることによりその御教えは永遠に生きることになるのだ。あなたの昇天を見届ける者達がなんと多いことであろう。この者たちは貴方から伝え聞いた言葉をより多くの人々に届けるのだ。貴方の魂は主の元に還るのであろう。しかしその尊き御教えはこれより永劫に遍くこの地上に伝わっていくのだ。
私が行ったことは、この集まった私の仲間にとっては裏切りなのであろう。しかし貴方はこうなることを望んでいたのだ。私は貴方が望まれることを与えたのである。従って私に与えらえるものは私の望むものなのだ。私が望むものは皆と同じように小さな幸せだが、究極の望みである。天国へ行くことがそれだ。貴方が望まれる事を与えた私はきっと天国に行くことが出来るのであろう。
貴方がこれまでに成してきた奇跡はこの裏切りによる結果によって最大の効果を示すだろう。主から見れば貴方も私も等しき子である。貴方もいつ堕落するか分らなかったのだから。今この時に最後の奇跡を成すことが出来るのであれば、貴方の言葉に更なる力を与え、多くの貧しき者を天国に誘うことが出来るようになるのである。これから迎える結末により、主と貴方は一体になり、永遠にこの地上を見守る者になるのである。なんと、素晴らしい事では無いか。
遠くに見える
銀貨三十枚を腰にぶら下げたまま、私は荒縄を首にかけ、木箱を蹴飛ばしぶら下がった。きっと天国にいけるであろう。ただそれだけで良い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます