第5話 倉庫の死体
「師匠、説明してないんすか」
「今のところは神性殺しの外部顧問としか」
「嘘は言ってねえな。珍しい」
「言ってないさ。というか私、あんまり嘘はつかない方じゃないかな」
「女の子を口説くときに自分は極東の第十七皇子で背中に三連星のほくろがあるんだ、見てみる? と言っている師匠が、あんまり、なんですって? ちょっと聞こえないですね」
「公私混同はよくないぞ、ネム。というわけで説明してあげるように。私はちょっとターシャたちと話をしてくるから」
瑠依さんはささっとどこかへ行ってしまった。
「ったく、逃げ足だけは早い……。っつーわけだ。俺たちの仕事を説明する。それから俺たちに雇われるかどうか決めたらいい」
「はいっ」
「俺たちは――つうか、師匠は『神性簒奪者』だ」
「しんせい、さんだつしゃ」
聞いたことがない。都会ではそういう職業があるんだろうか。きょとんとしたあたしの顔を見てもネムは馬鹿にはしなかった。
「師匠は、対象から神性を『はぎ取る』力を持っている」
「え? でも……」
「分かってる。神性を帯びた生き物は、神性殺しの持つ槍でしか殺せない。そういうふうにミネルヴァの連中が決めたからな。けど、師匠の力はそうじゃない。神性を剥奪して、ただの獣にしちまうんだ」
「そんなことあるんですね」
世界は広い。ばあちゃんもきっと知らなかっただろう。
「神性を剥奪したあとは俺の出番。対象を殺すか、攻撃しておしまいだ」
「連係プレーですね!」
「まあ、そういうことになるのか。それであんたにやってほしいのは、師匠の護衛だ」
「瑠依さんの、ですか」
「ああ。師匠は魔術が使えないから」
世界の三分の一の人間は魔術に適性がないというから、別に驚くには当たらないのだが。それでもなんだかちょっとびっくりだ。
魔術が使えないというのは、魔力を持たないということではない。魔術を展開する為の最初のキーが使えないということである。だから瑠依さんも自動文様展開盤を使ったり、文様札を使ったりして魔術を疑似展開することは可能だと思う。
でも、あの人がそういうのを使って魔術を展開してるのって想像ができない。例えて言うなら補助輪つきの自転車に乗っているみたいな。それはそれでかわいいけれど。
「今は治ったからあまり見えねえけど、ひと月前は酷かったんだ。神性獣七体が同時出現したもんで、師匠と俺も駆り出されて……。腕はひび入るわ右足全体を火傷するわで散々な目にあった。俺は攻撃に専念しちまうから、師匠の防御にまで手が回らない」
「だから防御魔術の術士を探していたってわけですか」
「ああ。師匠は対象に触らないと神性剥奪の能力が使えねえからな。至近距離まで近づいても怪我しなくて済むようにしたいんだ。普通の術士じゃ力不足だろ」
なるほど。パッと見ただけであたしを門前払いするわけだ。よほど瑠依さんのことが大事なんだな、と思う。
「そういやあんた、何歳なんだ」
「十八ですけど」
そう言うとネムは嫌そうに顔をしかめた。
「……年上かよ」
「えっ? ネムはいくつ?」
「十七」
「べつに一つしか違わないじゃない」
とは言え年下なのは確かだ。敬語を使う必要はもうないだろう。
「いつからあの人のところで働いてるの?」
「二年くらい前かな。神性獣だけじゃなくて、他にも神性絡みの細々した仕事を片付けたりもする。神性生物対策班の雇われみたいな側面もあって、頼まれれば神性殺しの連中と共同で作戦を張ることもある」
ネムは困った犬みたいな顔をして、
「まあ、神性殺しの連中と良好な関係を築いている、とは言い難いんだけどな」
「槍なしでも神性獣を殺せるっていうのは確かに、面白くないかも知れないね」
「それだけじゃねえんだけど……。ともかく、うちで雇われるってことは、神性殺しの奴らに目をつけられるっつーことでもある。それでいいんなら、師匠はあんたを雇いたがってる」
雇いたがってる! なんて待遇の差、こちらから頭を下げるんじゃなしに仕事を得られるなんて。せめて待遇面くらいは聞いた方がいいだろうか。いやでも神性にまつわる仕事で、あたしの技術を生かせるんなら、給料なんてそんなに多くなくてもいいかも。
一瞬浮かれかけたが、すぐに倉庫の中のことを思い出す。
まず確かめなければならないことがあった。
「その前に、倉庫の中にいたっていう遺体が見たいんだけど」
怪訝そうな表情を浮かべたネムは、それでもあたしを倉庫の近くに連れて行ってくれた。ブルーシートで覆われた場所には厳重な人だかりがあったが、ネムは上手いこと言ってあたしを中にねじ込んだ。
「おや、ここに来ちゃったのか」
中では瑠依さんと、もう一人の女性が誰かの体の上に屈みこんでいた。死体だ。
死体は見ればすぐに分かる。力が抜けて強張って、明らかに異物だから。
女性は胸に鷹の意匠が入ったスーツを纏っていた。神性生物対策班の人だろう。そばかすの散った鼻に、目が覚めるようなホワイトグレーの大きな瞳が印象的だ。
「あっもしかしてこの子が、この倉庫に防御魔術を展開した子!?」
「そうそう。もしかして私を追いかけてきたのかな?」
「いえ、遺体が見たくて」
言いながらもあたしの目は、死体の胸元に吸い寄せられていた。
左胸にぽっかりと穴が開いている。螺旋状の穴は、あたしの握りこぶしなんて容易く入ってしまいそう。すっかり乾いているけれど、傷口にこびりついた血は、否が応でも「その」瞬間を想起させる。
この穴を、毎晩毎晩夢に見ている。眺めていると、そのまま排水口に吸い込まれてくみたいに、どこか暗い場所に行ってしまうような錯覚を覚える。覗き込みたくなるのを堪えて顔を上げると、いつもそこには―目をうつろに開いた、ばあちゃんの顔がある。
「……ばあちゃんと、同じ傷です」
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