第26話復讐の話

 夜、私たちは甲冑男を探す。

 すでに私たちが他の異世界人に喧嘩を売っていたことはバレていたらしく、私の家にはけることができなくなっていた。昼間戦った異世界人とは違う人間がいて、私とセシルを捕らえようとしていたのだ。

 私の手持ちは多くはない。

 逃避行は長くはできない。

 制限付きの逃避行で、私たちは甲冑男を探す。

「甲冑男は、現代人を連れていなかったわね。魔力を必要としていないのかしら」

「たぶん、あいつは魔法を使用してるんだろう。自分の魔力だから、供給が必要ないんだろう」

 セシルがそういうということは、甲冑男を探すのは面倒だということだ。なにせ、彼は魔力を必要としていない可能性がある。

「そういうことは、早く言いなさいよ」

「聞かなかっただろう」

 セシルの言葉に、私は舌打ちをする。

 彼は、強いのかもしれないが扱いづらい。

 この復讐が終わったら、やはり切り捨てるべきなのかもしれない。

「上に気をつけろ!」

 とつぜん、セシルは叫んだ。

 私が上を見上げると、そこには弾丸があった。

弾丸が落ちてくる。その弾丸を放ったのは、少女のようだった。おそらくは異世界人の少女である。上からの攻撃はセシルの重力では、防御ができない。

「頭を下げてて」

 セシルは、私の覆いかぶさる。

 そうやって、彼は私を守った。セシルの体に弾丸が貫通する。

「魔力の補充をしろ!」

 セシルの言葉に従い、私は魔法陣を発動させる。セシルの肉体の修復が始まり、その間に私はセシルを押しのけて上から攻撃してきた少女を睨んだ。

 あの少女は、きっと現代に近い年代からやってきた異世界人に違いない。そうでなければ、セシルの重力の魔術の弱点をつけるとは思えない。上空からの不意をついた一撃。セシルが理論上一番苦手とする攻撃だ。

「これで、沈められればよかったんだけど」

 地面に着地した少女は、そう呟いた。

「おい、大丈夫か?」

 少女の側にやってきたのは、少年である。

 学校でセシルの魔力提供者になるように説得してきた少年である。

「えっ。ユキたちを攻撃したのって、お前だったのかよ」

 少年は、私を見て茫然としていた。その隙をついて、私は少年に体当たりする。少年は、転倒して私は彼の首に腕を回した。

「下手な抵抗したら、セシルにこの人を押し潰してもらうからね」

 私は、闇夜を睨む。

 そこには、さらに二組の異世界人と魔力提供者がいた。二人とも見知った顔だ。一人は大剣を操る異世界人。もう一人は、エシャを殺した異世界人だ。

「エナさんに、マリーさんを投げてもらう作戦……。失敗でしょうか」

 エシャを殺した異世界人――サモナーと呼ばれていた少年は、戸惑っていた。

「今のは、木戸のミスだと思うな」

 そういったのは巨大な剣を持った異世界人(エナと呼ばれていた)の魔力提供者だ。

「赤井も気を付けてくれ」

 サモナーの魔力提供者が、彼女の名前を呼ぶ。

「ユキもな」

 彼女もサモナーの魔力提供者の名前を呼ぶ。

 たぶん、彼らは私たちと違って何度も異世界人と戦っている。その戦いの経験からセシルの弱点を分析しているに違いない。

「殺す。殺す。仇をうつんだ」

 私は自分に言い聞かせる。

 恐れてはならない。

 恐れたら、絶対に勝てない。

「サモナー、作戦通りに!」

 ユキが、サモナーに向かって叫ぶ。

「――僕は、世界を作り出す」

 声が聞こえた。

 それは、サモナーの声だった。

「――その世界は栄え、生命は命を謳歌する」

 彼は、歌うように言葉を唱える。

「――その生命の一瞬をここに!」

 サモナーが召喚したのは、三匹の獣だった。

一匹は竜。一匹は、ペガサス。もう一匹は、鳥である。

すべてに翼があり、空を飛べるものだった。その三匹は、セシルの頭上を飛ぶ。セシルが魔術を使えば、あの三匹が落ちてくるというわけである。

「エナ!」 

 赤井が、叫ぶ。

 エナはその声で意図を組んだかのように、剣を抜いてセシルへと向かった。セシルは、エナに向かって重力の魔術を使用する。だが、エナが倒れる前にサモナーは竜の獣をセシルに近づける。セシルはその竜と距離をとりつつも、竜にも重力の魔術を展開する。そして、竜の魔術が展開している間にサモナーはさらに他の獣をセシルに近づける。

 セシルは、魔術を使用するべきか迷っているように思えた。

 彼の魔術は、一度に使用すればするほどに一つ一つの威力が弱まるのだ。

 敵わない、のだろうか。

 私たちの力では、エシャを殺した相手に届かないのであろうか。

「仇を撃ちたいだけなのに」

 私は、思わずそう呟いていた。

 だって、私以外の誰が仇を打ってくれるというのだ。エシャは殺人鬼で、世間的には私を連れまわしていた悪人だと思われていて、私以外の誰が――彼を思ってくれるというのだ。

「セシル!」

 あなたが壊れてもいい。

 死んだっていい。

 討ち取ってくれ、と願った。

 セシルのことなどは、どうでもいい。

 私は、ただただ仇が撃ちたいだけなのだ。

 そんなことを願う私の手を、誰かがつかんだ。私が、拘束していた少年だった。たしか、木戸という名前の男の子。

「おい、もうやめとけよ」

 木戸は、そう言った。

「何か理由があって、こんなことをしているってことは分かる。けど、異世界人を守るためにも力ずくじゃだめだ」

 木戸は、私に訴えかけた。

「俺だって、マリーを戦わせたくない。けど、戦わせないとマリーがいる権利を勝ち取れない」

「あなただって、力づくじゃない」

 マリーを戦わせている、と私は非難する。

「違う。俺は、大きなものには力づくの手段をとらない」

 木戸の言う大きなものと言うのは、政府のことなのだろう。

 戦ったとしても、勝てない相手だから喧嘩を売らないと言っているのだろうか。そんな誇れないことを彼は語っているのだろうか。

「そんなこと自慢にもならない」

 私の言葉に、木戸は苦笑いした。

「確かに……自慢にはならない。それでも戦う回数はすくなくてすむだろう。俺には、これぐらいしかできない。これぐらいでしか、マリーを守れない。おまえだって、自分の異世界人を守りたいだろう。だったら、もっと考えろよ!考えて、一緒に生き残れよ!!」

 木戸は、叫ぶ。

 たぶん、彼は私と一緒だ。

 同じように何も持っていない、子供なのだ。

「私は、別にセシルに生き残ってほしいとか考えてない……」

 私の目標は、復讐。

 その復讐を果たせるなら、他のことなどどうでもいい。

「おい、じゃあなんでこんなバカなことをしてるんだ……」

「それは、復讐のためよ。私の前の異世界人の……いいえ、何の見返りもないのに守ってくれた家族の仇をうつためよ」

 私の話を聞いた木戸は、ため息をついた。

「お前は、バカだ」

 断言する。

「お前の前の異世界人は、たぶんお前だけが幸せになることを考えてたんだ。他のことは考えてない。本当に、前の異世界人のことを考えるなら自分を危険にさらすな!」

「そんなふうに私が生きたら!!」

 私は、いつの間にか叫んでいた。

「そんなふうに生きたら――エシャを愛している証明ができなくなっちゃう」

 木戸は、私の言葉に呆れる。

「愛の証明ってなんだよ。そんなの意味ない。……届いたら、うれしいかもしれない。それが、愛だよ。お前は、もうそれを受け取ってる」

 木戸は、笑う。

 とても、優しく笑う。

「だから、力を抜いてくれ。お前は、もう十分に愛することも愛されることも知ってるから」

 嘘だ、と私は言いたかった。

 そんな言葉は、気休めにしかならない。

 それでも、私の頬には涙が流れていた。

「私は……私は」

 たぶん、私は怖かったのかもしれない。

 誰かに、エシャを愛していないと指摘されることが怖かったのかもしれない。だから、復讐という手段を選んだのかもしれない。

「キド!」

 マリーと呼ばれていた少女が、私ごと木戸を蹴り上げる。木戸と私は転がって、代わりにマリーが胸を貫かれた。胸を貫いたのは、甲冑の男だ。

 ああ、やっぱりやってきたのか。

 この場に集まった魔力提供者を狙うために。

「マリー!」

 木戸が、私の手を振りほどく。

 そして、魔法陣を展開させる。

「もうすぐだ。もうすぐ、塞がる!」

「逃げて!!」

 マリーは叫んだ。

「ここは危ない!私はもう十分に、この世界で食べた!だから、もういいです!!」

「食べたって、どういうことだよ?」

 それは当たり前のことだろう、と木戸は言う。

「違います……。私の育ての親は、私が良い子にしないと食べ物をくれませんでした。けど、ここはいるだけであなたが食べ物をくれた」

 それがうれしかった、とマリーは言う。

「だから、もう十分。死人の私には、もう十分」

「十分なんて、あるものか!!」

 木戸は、叫ぶ。

 叫びながら、マリーを立ち上がらせる。

「俺には、不十分だ!だって、お前は俺を必要としてくれた」

 木戸は叫ぶ。

 そして、マリーを抱きしめる。抱きしめたまま、彼はマリーを剣から抜いた。彼の魔力が、マリーに注ぎ込まれる。

「キド。もうそれ以上は……だめです」

 木戸は、マリーの魔力を注ぎすぎている。

 ふらふらだ。

 それでも、木戸はマリーへの魔力提供を止めない。

 これが、私が理想とした関係だった。

 私もこういうふうに、エシャに注ぎたかった。

 けれども、私たちはそういうふうにはなれなかった。そういうふうには、最初からなれなかった。

「エシャ……」

 私は、小さく呟く。

 私は、彼の唯一になりたかった。

 それでも、なれなかった。

「なんとか、修復が間に合った」

 木戸は、ほっとしていた。

 なんとか、マリーの命は長らえたようだった。

「私も、そうありたかった……」

 けれども、最初から私はそうはなれなかった。

 私は、木戸とマリーに嫉妬していた。

「伏せてください!」

 誰かの声が聞こえた。

 それが、サモナーと呼ばれていた少年だった。男性陣で誰よりも小さな彼は、いつの間にか剣を握っていた。そして、それを持って甲冑男の剣を受け止めた。

 つたない動きだった。

 エナという男よりも、たどたどしい動き。それでも、私が見ても必死だと分かる動きであった。そんな動きで、サモナーは甲冑男に立ち向かう。

 サモナーの剣は、簡単に甲冑男によってはじかれる。

 それでもサモナーは、あきらめずに進む。

 甲冑男の元へ。

 どうして、あんなに一生懸命になれるのだろうか。

 戦っている相手だというのに。

 サモナーは、甲冑男の前にたどり着くと「フィアナ……」と呟いた。

「ごめんなさい」

 その言葉のせいなのだろうか。

 それとも、ただの偶然だったのだろうか。

 甲冑男の声に、理性が戻ったような気がした。

「師匠……?俺が殺した、師匠?」

 サモナーは、首を振る。

「君は、殺してなんていません。君が、刺す前に僕は死んでいましたから」

 その言葉を聞いた甲冑男が、崩れ落ちる。

 どうやら、泣いているようだった。

「よかった……俺は……俺は……自分の師匠を殺してなんていなくて……」

「うん。君は、僕がいなくなったあとに頑張ってくれた。頑張って、魔術を広めてくれた」

 サモナーは、手を伸ばす。

 その手の先には、フィアナと呼ばれる弟子がいた。彼は甲冑を脱ぎ捨てて、若い師匠を見つめる。

「あの技術を消すわけにはいかなくて……いかなくて」

「ごめんなさい。僕が、早くに死んでしまったせいで全部を君に背負わせてしまいました。死後も君に悪夢を見せた。でも……それも終わりです。君の師匠として……最後の魔法使いとして――最初の魔術師を終わらせます」

 サモナーは、払い落とされた剣を拾い上げる。

 その剣は彼の掌の中で、魔法使いの杖のような形状になった。

「……これを君に」

 サモナーは、杖をフィアナに渡した。

「これが、僕の心残り。これで、君は一人前です!」

 サモナーは、朗らかに笑った。

 フィアナは、杖を握り締める。

「ああ……これでようやく俺も――一人前か」

 サモナーを追い越し、エナが前に出る。

 そして、彼の剣がフィアナを貫いた。

 魔力提供者がいないフィアナは、傷を修復することができない。魔力の供給を受けられないフィアナの肉体が光りだす。徐々に、彼に本当の死が近づいているのだ。それでも、フィアナは穏やかであった。

 エシャもこうだったのだろうか。

 こんなふうに、思い残すこともなく消えれたのだろうか。

「サモナー……お前、どうしてフィアナがお前を刺したって知ってるんだ?」

 サモナーの魔力提供者は尋ねる。

「前に、お前は煙を吸って死んだって言ってたよな。あれって……」

「嘘じゃないです。僕が、そう望んだんです」

 サモナーは、強い意思を持って発言していた。

 それは、たぶん彼の優しさなのだろう。

 すべてを語らず、弟子に殺された事実をなかったことにすることが。

 私の頬に、冷たいものが流れた。

 それは、涙だった。

 ずっと前から、知っていた。

 知っていたのだ。


 エシャは、私のために死んだ。


 エシャは自分を保つために、殺人を犯すしかなかった。そして、魔力提供者がいないエシャではいつまでも殺人鬼としての逃避行はできなかった。エシャは、私が彼の協力者だと分かるのを恐れたのだ。

 だから、彼は死んだ。

 無理に戦って、悪人という嘘をついて死んだのだ。

 今の私は、彼の思惑に添えてはいないだろう。たぶん、エシャは私に普通に生きていくことを望んでいたのだろう。

でも、私はそれができなかった。

エシャを悪者にすることができなかった。

彼を失った瞬間から、私は落ちると決めたのだ。

浮上する理由など――もうどこにもないのだから。

「セシル!」

 私は、叫ぶ。

 そして、魔法陣を展開させる。今までとは比べならないものの量の魔力が、セシルに注ぎこまれたはずだ。セシルもその量に目を丸くしている。

「全部、全部、潰して!」

 私は、叫ぶ。

 エシャを殺した人間など――エシャを救えなかった私など――死んでしまえばいいのだ。そうすれば、私はきっとエシャともう一度会える。フィアナという甲冑男が、死後に師匠に出会えたように。

「それは……それはダメだ」

 セシルは、私の命令に従わなかった。

 きょとんとした顔で、彼は私を見ていた。

「俺は証明がしたいんだ。俺は、初めて魔術を作り出した人間よりも強くて有能だって。でも、お前が死んでしまったらその証明ができないだろう」

 セシルは、そう言った。

 彼は、私を利用して自分の望みをかなえようとしていたのだ。私もそうであったことを思い出す。

「セシル!」

 私は、叫ぶ。

「ダメだ。だって、俺はこのために死んだんだ!」

 セシルの言葉に、私は唖然とする。

「死ねば、別の世界に行く可能性があった。別の世界には、一番最初の魔術師がいる可能性があった。だから、俺は死んだんだ」

「そんなことのためだけに……死んだんですか?」

 サモナーは尋ねる。

「ああ、そうだ。死後にこの世界に来れて、本当によかった」

 ほっとしたような顔のセシル。

 それに反して、サモナーの表情は険しくなる。

「あなたは知っていたのですね……。知っていて、自分から命を捨てたのですね。ここの来れる確率は、低かったのに」

 サモナーの言葉に、全員が驚いていた。

「おい、魔術師の全員が現代にやってきているんじゃないのか?」

 ユキは、サモナーに尋ねる。

「違います。そんなことになったら、現代は魔術師があふれてしまっていたでしょう。現代にやってきてしまった魔術師は、他殺された人間だけの可能性があります」

 私たちがここにやってきたのは本当に偶然なのです、とサモナーは言う。

「私たちが別の世界にやってくる確証なんてなかった。たしかに、その可能性はありましたが……それに命を懸ける意味なんてないぐらいの」

「お前には、分かるもんか!」

 セシルは叫ぶ。

「一番最初に魔術を作り出したお前に何が分かるんだよ。こっちは、お前を超えるために頑張ってきた。なのに……それを証明することなんてできない」

「ただ、僕を超えるためだけに死んだというのですか」

 サモナーは、顔を伏せる。

「そんなことのために、魔術は作られたんじゃありません!」

 サモナーは、空に向かって叫ぶ。

「魔術はっ!魔術は!!」

 駄々っ子のように叫ぶ、サモナー。

 そのサモナーに答えるかのように、空から彼が呼び出した召喚獣がセシルに向かって降り注いでくる。

エシャが、死んだ時と同じ光景。

それと同時に、セシルの魔術では防ぎようがない攻撃であった。たとえ重力の魔術を使ったとしても、それは召喚獣の落下速度を上げるだけだ。

「敵わないのかよ……」

 小さくセシルは、呟く。

 その瞬間、私は初めて彼に同情した。

 もしも、私がエシャからもらったものをセシルに渡せていれば、何かが違ったのだろうか。セシルも私も、もっと別の方向に歩けていたのだろうか。

 私の心の中のエシャがいう。

 とまれ、と。

 動くな、と。

 私の無事と幸せのためには、このまま動かずにセシルを悪役にしたほうがいいという。けれども、私が行った行動はそれに反するものだった。

 私は、セシルの前に立った。

 そして、彼を守るかのように両手を広げた。

 それは、たぶんエシャがやりたくてもやれない行動だった。

 でも、いつも心のなかでエシャがやってくれていたことだった。

「止まって!!今度こそ、止まってください!」

 サモナーが、叫ぶ。

 間に合わない、かもしれないと思った。

 それでも、私はセシルを守った。

 返したい、と思ったのだ。

 エシャに、もらったものを彼に返してあげたい。でも、エシャはもういないのだ。それならば、せめてセシルに返したいと思った。

「間に合った……よかったです」

 私の眼前で、召喚獣たちが止まっていた。

 サモナーは、ほっと息を吐いていた。

「どうしたんだよ?」

 セシルは、私に尋ねる。

 彼からして見れば、私たちは互いに利用しあっていただけの関係だろう。そんな関係の私が自分を庇うなどとは思わなかったはずだ。

「……返したいと思っちゃったのよ」

 私が、エシャからもらったものを。

 自分だけで死蔵しないで、誰かに渡したいと思ってしまったのだ。

「俺は、お前になんにもやってないだろ」

 セシルは、そう言った。

 その言葉は正しい。

 その正しい言葉に、私は首を振る。

「私がもらったものをあなたに覚えてほしかっただけよ。私が、エシャからもらったものを」

 泣き出す私に見つめた、サモナー。

 意を決したような顔をして、セシルの前に立った。そして、その頬を張りたおした。サモナーの行動が分からずに、セシルは眼を白黒していた。

「あなたには、魔術師を名乗る資格はありません。……ただ、その子を守るというのならば。あなたが、最初の魔術師に認められたいと思うのならば……私はあなたを弟子にします」

 その言葉に、セシルは眼を点にしていた。

「おい、俺はお前を超えるために」

「まだ、超えられません」

 サモナーは、そう言った。

「けれども、あなたが変わりたいと願うのならば――……僕も努力します。僕も、ユキさんからもらったものを返しますから」

 セシルは、笑い出した。

 サモナーのことを心底理解できないという

「おまえ、バカだろう。どうして、自分を倒したいっていってる奴を弟子にしようとするんだよ」

「あなたが、すごいからです」

 サモナーは断言した。

「あなたがすごくて、もしかしたら僕の超えるものを作れて――それで考え方が間違っているからです。だから、教えなおします」

 セシルは、サモナーの言葉をぽかんとしながら聞いていた。

 何度も、その言葉を自分の中で繰り返しているかのように。

「俺のことを認めるのか?」

「それは認めますよ。重力の魔術とか、僕は思いつかなかったものですし」

 でも考え方が悪いんです、とサモナーは怒っていた。

 セシルは、笑い出す。

 あはははは、と声をあげて笑う。

 その声に、サモナーは驚いていた。

「どう……どうしたんですか?」

「こんなふうに認められたことなんてなくってな」

 ああ、そうか。

 私は、なんだか納得した。

 セシルの生前のことが、なんとなく理解できたような気がしたのだ。たぶん、セシルはすごく努力をした。努力をしたけれども、誰にも認められなかった。

だから、自分で証明しようとしたのだろう。自分はすごいのだ、と。

それが、死であってもかまわないというほどまでに彼は追い詰められていたのだ。

「僕は、たくさんユキさんとかフィアナにもらってしまいました。だから、あなたに返します。最後の弟子に」

 サモナーは、そう言った。

 彼は、変われるのだろか。

 そして、私はエシャからもらったものを誰かに伝えることができるのだろうか。

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