第23話サモナーの話

 赤井に続いて、俺も病院に運ばれることになった。といっても、俺は魔力切れではなくてセシルの重力の魔術を直接受けてしまったため検査してもらったのだ。幸いにして、骨には異常がなかった。入院もせずに帰れることが分かり、俺は付き添ってもらったサモナーと共に家に帰ることになった。エナや赤井は、先に帰ってもらっている。

「フィアナは、僕の弟子でした」

 サモナーは、帰り道にぽつりと漏らす。

「僕が死んだときには、八歳ぐらいだったと思ったんですが」

 十三歳の師匠と八歳の弟子。

 まるで、子供の遊びのような子弟関係だと俺は思ってしまった。

 俺の心をサモナーは読んだようであった。

「僕が一人前になるのが、早かったんです。それに、魔法使いの数も少なかった。僕は、早く弟子をとって一人前にする必要がありました」

 だから、一人前になってすぐに弟子をとったらしい。

 サモナーと弟子のフィアナは、共に生活していたという。ならば、サモナーが死んだときもその場にいたはずである。死にかけていたサモナーには、弟子がどのようなことをしていたのかを気にしている余裕はなかった。

「サモナーは、煙に巻かれて死んだんだよな」

「はい。それは間違いないと思います」

 なのに、フィアナは自分がサモナーを殺したと言っていた。

「……考えるに、彼には僕が死んだかどうかが分からなかったんだと思います」

 サモナーは、ため息をついた。

 たしかに火事がおこって、煙をすって死んでしまった人間を見つけたら、死んでいるのか生きているのかを判断するのは難しい。それがわからず、フィアナは自分がサモナーにとどめを刺したと思ったのだろうか。自分が、師匠を刺したと思ったのだろうか。

「ありがたいことです」

 サモナーは、そう呟いた。

「魔術は、フィアナにしか教えていませんでした。彼が、どうにかして広めてくれたのでしょう」

 その結果、魔法はより低迷していったのだろうが。

 それでも魔術は広まった。

 フィアナは、どんな気持ちで魔術を広めたのだろうか。

 俺には、彼の気持ちがなんとなく分かるような気がした。きっと魔術というものをサモナーの遺産だと思ったのだろう。その遺産を広めることを自分の使命だと思ったのだろう。だが、それでも罪悪感は消えなかった。

 老いてなお、その罪は彼をむしばんでいるのだ。

「僕は、師として今のフィアナを許してはいけません。協力していただけますか?」

 サモナーは、俺に尋ねる。

「サモナーは、それでいいのか?フィアナはお前の弟子で……」

「彼は、僕のせいで苦しんでいます。今の苦しみは、本来なら知らなくてよい苦しみです。本来ならば、彼は死者なのですから」

 サモナーの言葉に、俺は少し黙り込む。

 サモナーは、そこに責任を感じているらしい。

「あんまり、責任を感じなくとも」

 俺の言葉に、サモナーは立ち止まる。

「そんなことは、無理です」

 サモナーは、呟く。

「だって、僕が魔術を作ったんです。僕が、皆を死後にここに連れてきてしまったんです。どうして、それで責任を感じるなと言えるんですか?そんなのあまりにも無責任です」

 それでも――サモナーは、これを予測して魔術を作ったわけではない。

「サモナーは、どうして魔術を作ったんだ?」

 俺の疑問に、サモナーは戸惑いながら答えた。

「それは……魔法を使える人間が少なくなっているからです。魔法の技術を生き残らせるため。僕は、魔法のために魔術を開発しました」

 そして、魔術のほうが栄えてしまった。

「僕は、魔法のために魔術を作ったんです。使う人間が、どうなるかなんて考えませんでした。人でなしなんですよ、僕は」

「人でなしの人間が、責任なんて感じるかよ」

 俺は、そう言った。

 サモナーは、俺を見つめる。

「お前は人でなしじゃない」

 出会いの日から、俺はずっとサモナーと一緒にいた。

サモナーと一緒に戦ってきた。

サモナーは性格的に、戦うことが苦手だ。それでも、戦ってきた。

 そんな人間が、人でなしであるわけがない。

「サモナーは自分の弟子を……現代にきてしまった異世界人たちを誰よりも思っているよ」

 俺の言葉に、サモナーはうつむく。

 どうしてだろうか、と俺は彼の顔を覗き込んだ。

 サモナーは、泣いていた。

 声を我慢して、涙していた。

 俺は、何も言えずにその場に立ちすくんでいた。

 俺は、教師をやってきた。けれども、サモナーほどに誰かの人生に責任を感じてはいなかったのかもしれないと思った。俺と生徒たちとは、共同生活を送ってはいなかった。だから、サモナーのように感じないのかもしれない。

「そう言ってくださるのは、ユキさんだけですよ」

 サモナーは、涙をぬぐう。

 俺の言葉に、嘘はなかった。

「サモナー……」

「知っています」

 サモナーは、俺を見て断言する。

「あなたが優しい人だということは、もう知っています」

 ああ、違う。

 そういうことじゃないんだ。

 俺は、違うことをサモナーに伝えたかったのだ。けれども、その言葉はサモナーには届かないような気がした。

「サモナー……俺もお前のことは優しい人間だと思うよ」

 だから、もう少しだけ楽になってくれ。

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