第21話サモナーの話
赤井に電話をして、近くのコンビニで待ち合わせることにした。
この近くで、甲冑男の目撃情報があったせいでもある。
「エナ、久しぶり」
俺は、できるだけ穏やかにエナに声をかけた。
エナは、相変わらずむすっとしていた。赤井との関係がどうなったのかは、とても分かりにくかった。まぁ、もともとエナはこんな感じだから前と変わらないのかもしれない。
「ユキ、この間は悪かったな」
赤井は俺に笑いかけた後に、サモナーの頭をなでる。
「お仕事は、もう大丈夫なんですか?」
サモナーの言葉に「もちろん」と赤井は答える。
赤井は魔力切れを起こしただけだから、休めば復活する。おそらくは、病院で点滴をしてもらった時点でだいぶ回復していたはずである。
「……エナとの関係は大丈夫か?」
俺は、赤井にそっと聞いてみた。
「まぁまぁかな。うん、でも前よりはエナもちゃんと言ってくれる感じはするよ」
赤井がそう言ったということは、エナと赤井の関係は改善されたということなのだろう。よかった、と俺は思った。
「それにしても、お前のところはサモナーと良好だよな」
羨ましい、と赤井は言った。
「サモナーは性格的に人とぶつからないからな」
その代わりに、小動物のような配慮が必要なところがある。
今日だって、気分が上がらずに部屋でごろごろとしていたし。
「ユキ、それは違う。サモナーは、色々と疲れているだけだと思う」
疲れている、と言う言葉に俺は驚いた。
「サモナーが魔術を開発したんだろ。でもって、サモナーは元々は魔法使い。たぶん、サモナーは魔法はいつか潰えると思ってたのだろう。そんなときに魔術の方だけでも生き残ってくれたら、と思ったんだと思う」
そうやって、サモナーは時代を生きた。
そして、死んだ。
この時代に蘇ってしまったサモナーは、自分を死んだ後の世界を知ってしまった。魔術は生き残ったが、それは魔法を滅ぼした勢力に利用されるかたちだった。そのことに対して、サモナーは考えることに疲れたのかもしれない。だから、自分は歴史のなかに埋没したような言い方をしたのかもしれない。
「そういう生き方も、苦しまないための工夫だと思う。俺だって、サモナーの立場なら同じことをする。でもさ、それって死者の考え方だとも思うんだ」
赤井は、微笑む。
「変わるのは、生きている人間だ。エナは、たぶん変われる。あいつは死んでるけど生きている。けど、たぶんサモナーは死んだままだ」
変わらないことは、死んでいること。
赤井は、そう語った。
「けれども、変わるのは疲れることだ」
赤井の言葉を聞きながら、サモナーは自分が変わることを望んでいるかどうかを考える。望んではいないだろう、と思った。
「ユキさん!」
サモナーの驚いたような声。
その声と共に、サモナーは俺の後ろに隠れようとした。サモナーは慌てていたせいで、俺に体当たりしてしまった。その衝撃に、俺は転びそうになる。そんな、俺を支えたのはエナだった。
たくましいエナの腕の感触が、とても意外だった。そして、思わず観察してしまう。エナの腕の筋肉は、あまりに硬く岩のようだと思った。
ちょっと、触ってみた。
エナが、ものすごく嫌そうな顔をしていた。
「……いいや、ちょっと興味があって。……悪かったって」
「無駄に触るな。気持ちが悪い」
エナは、俺をにらみつける。
気持ちは分かるが、俺の気持ちもわかってくれ。サモナーも俺も筋肉にはあまり縁がなかったのだ。だから、近くにいたら触ってみたくなってしまうのだ。というか、赤井は触らなかったのだろうか。
「ああ、俺がさわりまくったからエナは触られるのが嫌になったんだよな」
赤井の言葉に、俺は納得した。
赤井に触られていたら、嫌になるだろう。エナからは赤井に気軽に触れないだろうし、ストレスもたまるだろ。
「それよりも、サモナーはなんで悲鳴をあげたんだ?」
俺の疑問に、サモナーは視線をそらした。
「あの……その……エナさんから話しかけられるのが初めてで」
そんなことで声を上げたのか、と普通の人間だと思うだろう。
だが、俺も目を丸くした。
「エナからか?」
「そうなんです。エナさん、からなんです!」
興奮する、サモナー。
つい最近まで、サモナーはエナに無視されていた。そんなエナが自分から、サモナーに話しかけたのである。興奮したり怖がったりするのも、致し方がない事柄だった。
だが、エナとしては面白くないらしい。
「あんまり面白がらないでくれよ」
赤井は、俺とサモナーに注意をする。
だが、その顔は笑っている。
「……おまえら」
エナは、イライラとしていた。
そのせいなのか、サモナーと俺を同時に放り出す。
空に放り出された瞬間に、変わったのだと思った。
赤井とエナの関係性が大きく変わったのだろ。
それと、同時に思った。
俺とサモナーは、何も変わっていないなと。出会った当初から、俺たちの関係性は変わっていない。出会いの日に、サモナーは俺の腕の中に落ちてきた。そして、サモナーは混乱する俺を守ってくれた。あの日から、関係性は変わることはなかった。
「ほうら、やっぱり」
声が聞こえた。
俺たちが振り返ると、そこには以前保護した少女がいた。隣にいるのは、たぶん異次元人なのだと思う。この間まで異次元人に捕らえられていたというのに、すぐに異次元人を隣に置いているというのは意外だった。おそらくは、政府に保護されていた異次元人と相性がよかったのだろうが。
「思ったとおりの場所にいた。やっぱり魔力が多い人間を探せば、魔力提供者は探せる」
眼鏡をかけた、優男。
研究者のような雰囲気の彼が、異次元人らしい。
「セシル……。あの異次元人だ。あの異次元人が、エシャを殺した異次元人だ!」
殺してくれ、と少女は叫ぶ。
「ああ、もちろん。それが、約束だ」
政府に雇われている異次元人同士の戦いは認められていない。
破れば、その異次元人は排除の対象となる。いくら個人が強くとも政府に目を付けられたくない異次元人は多い。政府に属する他の異次元人を敵にまわすのが恐ろしいのと、異次元人の魔力提供者が職を失ってしまうからである。
異次元人は、魔力提供者がいなくては魔力を得られない。そのため魔力提供者の生活が安定していることが、異次元人が活動を続けていくうえでは大切なのだ。
だが、セシルと呼ばれた異次元人はそれを捨てるつもりらしい。
「さがれ!」
エナは、サモナーの服を掴んだ。
そのまま、エナはサモナーを投げ捨てる。サモナーがさっきまでいた場所の地面が凹み、それを見たサモナーは息を飲んだ。
「なっ……なんなんですか」
「アカイ!」
エナは、赤井を呼んだ。
「少し離れろ。射程が分からない相手だ」
エナの言葉に、俺たちは従った。
マリーのように遠距離を得意とする異世界人もいる。彼らを相手にする場合に大切なことは、彼らの射程を見抜くことであると言っていい。たいていの場合は、彼らの射程は所持している武器に依存していることが多い。
だが、今のセシルは武器を持っていない。
射程を予測しづらい相手なのだ。
「――僕は、世界を作り出す。――その世界は栄え、生命は命を謳歌する。――その生命の一瞬をここに!」
サモナーが呼び出したのは、巨大な亀のような生物であった。
さらに、サモナーは鳥を呼び出す。
こちらは、鷲ぐらいの大きさである。
「エナさん、援護します」
サモナーは、エナの周囲に鳥を飛ばす。
「すぐに片づける」
エナは巨大な剣を抜き、セシルに切りかかる。
だが、エナの剣がセシルに届かなかった。届く前に、エナは地面に押し付けられてしまったのだ。
「エナ!」
「近づくな!!」
赤井に向かって、エナは怒鳴る。
「体全体が急に重くなった……これは」
「それって、重力なのか?」
急に体が重くなったということは、重力を操る魔術の可能性が高い。俺はそう思ったが、エナやサモナーは眼を点にしていた。
「重力……それってなんですか?」
サモナーの様子からいって、彼は重力そのものを知らないようであった。おそらくは、エナも知らないだろう。サモナーが生きてきた時代には、きっと重力という言葉と概念がなかったのだ。
「とりあえず、体が重くなる攻撃だ」
「それって、どのような攻撃で……」
サモナーは戸惑っている。
俺は、俺で俺でうまい言葉が見つからない。元教師なのだが、国語教師なので理科の説明とかは苦手なのだ。
「ほら、地球って丸いだろ。星から落っこちないのは重力が働いていて……」
俺の言葉に、サモナーは首をかしげる。
「世界は、平面ですよ」
サモナーの言葉に、俺は「しまった」と思った。
サモナーと俺たちとは、常識が違うのだ。俺たちは星が丸いと知っているが、サモナーはそもそも違う。世界は、平面だと信じている。
「サモナー。今は、体が重くなるとだけ思っておけ」
難しい説明をこの場でするわけにはいかない。
サモナーは、頷いた。
「体が重くなるというのならば……」
サモナーは、一時的に鳥を自分の側に呼び寄せる。
そして、何事かをささやいた。
「いって!」
サモナーは、鳥をセシルの元へと飛ばす。
鳥は、羽ばたいて風を起こす。
竜巻のような強い風に、セシルは狙いを鳥に移す。鳥が地面に落ちて、ぐちゃりと潰れた。その残虐な光景に、サモナーは悲鳴を漏らす。だが、鳥がつぶれるとエナは重力から解放されたようだった。
「あの攻撃は、一度に一人が対象のようだ。そして、人間サイズの相手はいきなり潰すということもできない」
赤井は、冷静に分析する。
俺も頷いた。
冷静にいけば、てこずるような相手ではないだろう。
「サモナー、攻撃力があって素早いものを召喚してくれ」
「はい!」
サモナーが次に召喚したのは、トラのような恰好をした獣であった。唸り声をあげる獣は、すぐにセシルに襲い掛かろうとする。予想通り、セシルはトラに対して重力の魔術を使った。
その隙を狙うかのように、エナはセシルに切りかかる。
「弱点があると思っただろ?全部無駄でした」
セシルは、笑う。
そして、エナも重力で絡み取った。
鳥とエナの距離は離れており、おそらく重力の魔術を二か所で同時に発動させている。
膝をつく、エナ。だが、サポートしようにもサモナーは召喚術を使い切っている。彼は一日三回までしか召喚術を使えない。
「やっぱり、過去は弱い。俺が見つけた、魔術こそが最強だ。過去に存在した、どんな魔術師よりも俺は強い!」
セシルは、大声で笑う。
その笑い声に圧倒されながらも、サモナーは杖を握る。
「……魔術は、最強を決めるために作ったのではありません」
サモナーが握っていた杖の形状が、変わる。俺がホームセンターで買った材料で作った杖なのに、その杖が銀色の輝きを帯びる。
「魔術は、後世に魔法が生き残れるように作ったのです。知識の継承のためです!」
サモナーが握っていた杖は、剣になっていた。
サモナーは、その剣を地面に突き立てる。
それとほぼ同時に、セシルの足元に剣が出現する。セシルの足に剣が突き刺さり、セシルは悲鳴を上げる。そして、暗く輝く目でサモナーを見つめた。
「これは……魔術じゃない。まさか、魔法?まさか、魔術を開発した一番最初の魔術師。おい、お前の名前は?」
そう尋ねられて、サモナーは戸惑う。
その間に、少女が魔力を提供してセシルの傷を回復した。
「僕の名前は、サモナーです」
「それは召喚士って意味だ。本名は別にあるはずだ」
その通りだ。
サモナーという名前は、こちらにきたときにサモナーが名乗りたがらないので勝手につけた名前だった。今では、サモナー自身もこの名前を名乗っている。
「本名は、ありません。魔法使いとして独り立ちしたときに、返上しました。魔法の歴史の一部となるために」
サモナーは、そう語る。
俺も聞いたことがあった。
魔法使いが一人前になると杖を授かると共に名前を捨てるという。だからサモナーには名前がなく、過去の名前も名乗りたがらない。サモナーという名前を容認しているのは、その意味が個別のものを指すのではなくて召喚士の意味合いであるからだ。
「ただ一つ言えるのは、僕は魔法使いです」
サモナーは、語る。
その言葉に、セシルは高笑いした。
「ようやく、見つけた……。見つけた!!ここに、一番最初の魔術師がいた」
その言葉に、サモナーは怯えた。
「俺にまで続く、魔術の道を作った相手だ。ああ……戦ってみたかったんだ」
目の色を変えた、セシル。
セシルは、サモナーに向かって掌を向ける。
「ずっと、ずっと、戦ってみたかった。……最古の魔術師」
セシルの重力の魔術が、サモナーに向けられる。
サモナーが膝をつき、重力に耐える。その顔には、戸惑いの表情が浮かんでいた。
「え……重い。これが重力なんですか?」
戸惑う、サモナー。
重力と言う言葉を今知ったばかりでは、俺たちが感じる戸惑い以上のものを感じていることであろう。
「こんなものか。こんなものなのか……最古の魔術師。こんなものなのか?」
セシルは、笑っていた。
とても、たのしそうに
「サモナー!」
俺は、叫んだ。
サモナーの足が、震え始めていた。
もうサモナー自身の魔力切れが近いのだ。だが、俺は魔力を補充できない。彼が、使っているのが魔法だからだ。
「せめて……ユキさんたちだけでも」
サモナーは、剣を握る。
そして、俺たちの目の前に壁が出現する。
「次は!」
サモナーは、さらに壁を作り出す。
壁は、セシルを取り囲む。
「ユキさん、できればその亀を連れて逃げてください」
「それじゃあ、魔力の提供はできないぞ!」
「今日は、もう魔術は使えません」
サモナーの言葉に、俺ははっとする。
今の俺は、サモナーの足手まといとなっていた。
「俺は、残る。エナに魔力を提供しないといけない」
赤井は、そう言った。
本来ならば、俺は逃げるべきなのだ。この場で俺は足手まといで、役に立たない。だから、逃げるべきなのだ。だが、俺は逃げたくなかった。
守られているだけの人間が、何を言うと思うかもしれない。
サモナーを戦わせているだけの俺は、非難されて当然だろう。それでも、最初にサモナーと決めたのだ。戦って現代に居続けるのか、それとも消えるのか。そして、逃げるのか。
サモナーは、戦うことを選んだ。
あの時は分からなかったが、サモナーにとってはそれは責任をとったつもりだったのかもしれない。自分が生み出した魔術を使用した者たちが運命をたどるのか、見届ける覚悟だったのだろう。
俺は、サモナーの希望をかなえようと思った。
俺が受けたものを、サモナーに返そうと思ったのだ。
だが、今の俺は返せていない。
なにも、返せていない。
俺は、サモナーに向かって走った。
彼の傍まで走り、俺はサモナーを驚かせた。俺は、サモナーから剣を奪う。
「なにを!」
「俺が、壁になる。サモナー、お前は援護しろっ!!」
その言葉に、サモナーは驚いた。
「正気ですか!あなたは、剣を振ったことがあるんですか!いいえ、戦えると思っているんですか!?」
サモナーは、俺に対して怒鳴る。
初めてのことかもしれない。
「お前だけを残して、逃げられるか!」
「思い出してください。僕は、もう死んでいます。でも、あなたは生きている!」
サモナーは、俺から剣を奪い返す。
彼は、俺をにらみつけた。
どんな鈍い人間でも分かるほどに、サモナーは激高していた。
「死んだ僕とは、違う!あなたは、このような僕たちの小競り合いで命をかける必要はない!バカげています!!」
怒りながら、サモナーは泣いていた。
「あなたは、死ぬというのがどういうことか分かっていますか?すべてを置いていかなければならないのですよ……。おいていった僕が、どのような無念を抱えているか分かりますか?あなたも、そうなりたいのですか?」
嗚咽を漏らす、サモナー。
ああ、そうか。
彼は、ずっと後悔していたのだ。自分の弟子を残して、死んでしまったことを。そして、その後悔を俺にはさせまいとしているのだ。サモナーにとって、死とは後悔なのである。
「俺は、死にたいわけじゃない。でも、ここでサモナーのために行動しなかったら後悔する。サモナーに、何も返せなかったら後悔する。だから、ここに来たんだ」
サモナーは、俺の言葉に驚いていた。
「えっと……たったそれだけのためにですか?」
「たったそれだけのためで、俺は今までずっと行動してたんだ」
人にとっては、それだけの理由かもしれない。
それでも、俺にとってはそれだけが行動指針なのだ。
「戦うことは賛成できません。けれども……けれども、それであなたが納得しないというのならば、この場にいてください。見ていてください。それだけで、いいですから」
サモナーが作った壁が、セシルによって崩される。
サモナーは、振り返った。
「エナさんは……戦えそうですか?」
「骨が折れている。回復まで、まだ時間がかかる」
エナは足の骨が折られてしまったようだった。
赤井が魔力を提供しているが、回復まではまだ少しかかるだろう。
「アカイさん。亀をユキさんに投げてください!」
サモナーは叫んだ。
壁の向こう側にいた赤井から、俺は亀を受け取る。
「おもっ!」
亀は、結構な重量があった。
「持っていてください。一度だけなら、守ってくれます」
サモナーは、剣を握る。
そして、それを構えた。
「サモナーこそ、剣で戦えるのか?」
「一応は使えます。野盗などが襲ってきたときには、使うので」
魔法や魔術だけでいいような気がしたが、サモナーの時代では身を守るために剣もたしなむことが一般的なようだ。だが、本職には劣る腕である。サモナーもそれは自覚していたようだった。今まで、サモナーが剣を使うところをみたことはなかった。
サモナーは、指先で剣をなぞる。
なぞったところが、赤く燃える。
「怪我するなよ」
俺は、サモナーに声をかける。
サモナーは、振り返った。
「保証はできませんから、怪我をしたら治してください」
サモナーは、炎の剣を握ったままで走り出す。
セシルの前まで、サモナーは迫っていた。セシルは、サモナーの前に掌をかざす。
あと、一歩だった。
あと、一歩があればサモナーの剣はセシルに届いた。
けれども、サモナーは重力に負けた。
彼の体は、地面に縫い付けられる。俺は、そのときに「サモナー!」と叫んでいた。
子供の頃、一度だけ連れて行ってもらったヒーローショー。俺を父親から引き離した先生が、連れて行ったくれたものだった。そのとき、俺は生まれて初めて大声で誰かを応援するという体験をした。
今も、その時と同じだった。
大声で、サモナーの名前を呼んでいた。
大声で、サモナーを応援していた。
「まだ、終わりじゃないんです」
サモナーは、剣を地面に突き刺した。炎が、地面に広がる。そして、それはセシルへと向かっていった。
「行ってください。行って!届いて!」
お願いだから、というサモナーの慟哭が聞こえた。
だが、サモナーの攻撃はセシルに届かなかった。セシルの重力の魔術は、サモナーの炎をかき消した。
「やっぱり、強いんだ。俺は、誰よりも強かったんだ!」
セシルは、興奮していた。
誰よりも強いということに、興奮を覚えていた。
「サモナー!」
俺は、叫ぶ。
動けないサモナーに向かって、必死に俺は叫んだ。
叫びながら、走った。
そして、サモナーに覆いかぶさった。俺も、サモナーが感じていた重力を感じた。それでも、俺はサモナーを助けたかった。
「サモナー!」
俺は、サモナーの手を握る。
そして、そのままサモナーを投げ飛ばした。重力に逆らった腕が、異常なほどに重かった。腕を支えるために動かした体が、異常なほどに重かった。それでも、俺は腕を動かした。俺は、サモナーのために腕を動かした。
セシルの重力の魔術には、効果が有効な範囲がある。その範囲から逃れられれば、きっとサモナーは自由になれるのだ。
「ユキ……さん!」
サモナーを投げた腕が、傷んだ。
重すぎて、痛かった。
それでも、サモナーが自由になれるのならば意味があると思った。
「あっと……えっと」
戸惑う、サモナー。
「なら、照準をかえるだけさ」
セシルは、サモナーに狙いを定める。
「サモナー!」
俺は、叫ぶ。
その時、俺とサモナーの間に黒い影が降り立った。その影は甲冑を身にまとい、剣をセシルに向けた。甲冑男の姿だった。
「せんせ……い」
甲冑男は、そう呟いた。
その言葉を聞いた瞬間に、サモナーは眼を見開く。
「どうして、僕を先生と呼ぶんですか。そういうふうに呼ぶ人は一人しかいないはずです」
甲冑男の周囲を凍てつくような風が吹く。そのまま周囲の水分を凍らせて、甲冑男は空中で氷柱を作り出す。その氷柱が、セシルに向かって飛んでいく。
セシルは、その氷柱に向かって重力の魔術を発動させる。
「さすがに、この人数だと分が悪いか」
セシルは、自分の魔力提供者の腕をつかんだ。
そして、そのまま俺たちに背中を向ける。
「君は……もしかして、君は――」
サモナーは、甲冑男に向かって呟く。
「君は、フィアナ」
甲冑男は、サモナーのほうを振り向く。
そして、叫んだ。
「ここは、やはり地獄だぁぁ!」
甲冑男は、剣をサモナーに向ける。
サモナーは、その行動に茫然としていた。
「ど……して」
そんなサモナーと甲冑男の間に入ったのは、エナであった。
「修繕が間に合った!」
エナは、甲冑男の剣を自分の剣で叩き飛ばす。
そのまま、エナは甲冑男を切り捨てようとした。
「待ってください!」
サモナーは、叫んだ。
「彼は、たぶん僕の弟子なんです!!」
「なっ!」
その言葉に、エナの体の動きは止まった。
言いたいことが分かる。
甲冑男とサモナーでは、年齢がまるで違う。サモナーは十三歳ほどだが、甲冑男は老人だ。
「そうか……甲冑男は老いてから死んだから」
死んだときの年齢で、現代にやってきる。
そのため、師と弟子の年齢が逆転がしてしまっているのだ。
「なら、どうして弟子が師匠を殺そうとしている!」
エナは、叫んだ。
「フィアナ!僕です。師匠の魔法使いです」
「殺した!!」
甲冑男は、叫ぶ。
「師匠は、俺が殺した……ころしたぁ!」
そのまま剣を振りかぶり、エナがそれを受けた。
「会話が成立しない。おまえは、呆けたかっ!!」
エナの言葉に、俺ははっとする。
「痴呆症ってことか」
今まではいなかったが、異世界人だって何らかの病気にはかかる。加齢による影響だって受けるだろうだろう。だが、今までボケた異世界人は見たことがなかった。
「僕のことが、わからないんですか?」
サモナーは、途方に暮れていた。
サモナーには悪いが、そもそも甲冑男は現状を理解できていない可能性がある。それどころか、サモナーすら認識できていないのだろう。そうでなければ、甲冑男の行動は説明がつかない。
「地獄だ。地獄だ。地獄だぁ!」
甲冑男が、叫ぶ。
彼には、おそらくどんな言葉も届かない。
「サモナー。あいつに、お前の言葉は届かない……」
彼の心は、ここにはない。
だが、サモナーは首を振る。
「……信じられません。彼が、フィアナだとしたら――……彼は僕の弟子で」
震える、サモナー。
それを見咎めたエナは、後ろに下がる。
「一度、撤退するぞ」
彼は、そう宣言した。
「相手は、魔法が使える道の相手だ。サポートがなければ立ち回れない」
エナの言葉通り、今のサモナーでは戦えない。
サポートなしでは立ち回れる相手ではない、とエナは判断したようだ。
「サモナー、今は逃げるぞ」
俺は、サモナーに声をかけた。
「エナ。ユキを回収してくれ」
赤井の言葉に従ったエナに、支えられて俺は逃げ出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます