第17話サモナーの話
「サモナー……大丈夫か?」
俺は、サモナーに自動販売機で買ってきたジュースを手渡す。果汁百パーセントのシューズはなかなか売っていないが、サモナーはこれしか飲めない。
赤井が運び込まれた病院に、俺とサモナーはいた。帰る前に、赤井の調子が戻っていたら一緒に帰ろうと思ったのだ。
だが、サモナーがずっと落ち込んでいるようだったので、少しばかり喉を潤してから病室に向かうことにした。ちなみに、木戸たちは先に家に帰した。すでに夕方になっており、これ以上未成年を連れまわすことができなかったのである。
「すみません。ユキさん」
サモナーは、俺に謝った。
どうも、今回の一件を引きずっているようである。俺たちが倒した異次元人と共にいたと思われる少女は保護した。だが、彼女が喋らず、結局のところ彼女の身柄は呼んだ政府の人間に預けることになった。それが一番安全だし、怪我もしているようであったから治療もしてもらえるだろう。
「いや、別に……」
俺たちの間でかわされる言葉は、とても少なかった。ただサモナーが今回の件で、少し落ち込んでいることは分かった。サモナーが滅した異世界人には、一緒に暮らしていた子供がいた。その子供に恨み言を吐かれたのだ。子供といってもサモナーと同い年か、年上ぐらいの子だ。だが、サモナーはこれでも彼が生きている時代では成人している。
だが、この現代で誰かに不要されている子供は子供だ。未成年というくくりである。だから、サモナーも相手を子供と認識している。子供に大人が拒絶されるというのは、とても辛いことだ。
「あんなケースは、初めてのことでしたね」
サモナーは、俺を見つめる。
もともと家庭環境の悪い子を異世界人が扶養する。彼の魔力提供者が、その子供や隣人であればそれで丸く収まっていたのかもしれない。けれども、彼の魔力提供者はいなかった。だから、彼は殺人を犯して魔力を奪っていた。俺たちは、それを倒した。
だが、異世界人に扶養されていた子供にとっては――俺たちは親殺しを行った悪人でしかない。その子供は、今は政府に保護されている。未成年であるし、彼は先に政府に保護されていた異世界人の魔力提供者になれる可能性が高いからだ。
「前にも話しましたけど……僕にも弟子がいたいんです。でも、僕が殺されてしまって。……僕は弟子にも、あの子と同じ気持ちを味合わせたのでしょうか?」
サモナーは、俺に尋ねた。
俺は、拳を握る。
「俺は……俺にはよくわからない」
俺は、サモナーの弟子ではない。
「でもな……長い目で見たら救われたかもしれない。俺もそうだった」
俺もそうだった。
俺が育った家庭環境も悪かった。そんな俺を救ってくれたのが、小学校の頃の先生だった。先生が色々なところと相談してくれたから、俺は児童養護施設に入ることができた。
当初は、先生のことを恨んだ。けれども、俺が育ったところには俺を殴る人はいなかった。それが当たり前のことで、それにほっとすることが異常なのだと気が付けたのは随分と後になってからのことだ。
それから、俺は「自分が受けたものを返したい」と思うようになったのだ。
俺の子供時代は幸福なものだったから。
「だから、サモナー。お前のやったことは間違いじゃないよ」
俺の言葉に、サモナーはほんの少しだけ微笑んだ。
「そうであると……少し救われます」
そして、彼は俺をまっすぐ見つめた。
「ユキさん、少し考えていたことがあるんです」
「なんだ、あらたまって」
サモナーは、杖を握り締める。
そして、決意を表していたかのように唇を開いた。
「異世界人が、現代にやってきたのは僕が原因かもしれません」
その告白は、意外なものであった。
「どういうことだ?」
「僕が、魔術を作ったのは話ましたよね」
サモナーの確認に、俺は首を縦に振った。
「魔法は、自分の魔力を使います。ですが、僕たち異次元人は魔力が多い人が生まれにくいんです。だから、魔術は他者の魔力を使えるように改良しました。その魔力をどこから持ってきているかなんですが……最初から現代人と繋がるようにしていました」
サモナーの告白に、俺は首をかしげる。
「最初から繋がるって、どういうことなんだよ」
「その……すべての魔術って、召喚術の応用でしかないんです。あれって、違う世界から動物を引っ張ってくる技術なんです。それの応用で、魔術は別の次元から魔力をもらえないかと考えたんです。そして、僕の魔術は完成しました」
サモナーの言っていることは、大体わかる。
わかるのだが、根本的なことが分からない。別次元の世界から魔力だけを譲り受けることというのは可能なのだろうか。俺の疑問を見越したかのように、サモナーは俺に手を伸ばした。
「魔術は、召喚術とよく似ているんです。召喚術は、術者と召喚される側を結びつけます。あの……僕の手に触れてもらってもいいですか?」
俺は、サモナーの手に触れる。
体温が伝わってくる。
血が通っている人間の気配がする。
それと同時に、俺の力がちょっとずつ抜けていくような気がする。
「これって……」
俺の魔力が、少しずつサモナーに流れていくのが分かる。普通ならば、俺が魔法陣を展開させないと魔力の提供は行えないというのに。
「現代人のユキさんたちが、最初から魔力提供の魔法陣を展開できたのは最初から知っていたからなんです。魔術師側が、生きていたころからユキさんたちに無意識に教えてしまっていたんです」
「ちょっとまて、じゃあ魔力の相性って……」
異次元人には、相性のよい魔力を持っている現代人がいる。
その理由は――
「はい。異次元人たちが、生前に魔力をもらっていた現代人が魔力の相性のいい相手ではないかと思うのです」
俺とサモナーは――木戸とマリーは――赤井とエナは――ずっと前から繋がっていた。
その可能性に、俺は驚いた。
それと同時に、少しうれしいような気がした。
最初に出会ったときから、サモナーとは他人ではないような気がした。出会いの日に、俺の腕の中に落ちてきたサモナー。その時の俺の感覚は、間違いではなかったのだ。たぶん、俺以外の現代人も感じていた感覚だろう。
「ごめんなさい。ずっと、僕らは……いいえ、僕は自分の魔術を完成させるためにユキさんたちを利用していたんです。今回のことだって、僕が魔術を作らなければ起こらなかったかもしれないのに」
顔を伏せる、サモナー。
俺は、サモナーの頭をなでた。
「俺は、サモナーが魔術を作ってくれてよかったよ。だって、サモナーと出会えた。お前と一緒にいる時間は、楽しいよ」
だから、サモナーが魔術を開発してくれてよかった。
俺は、そう伝えた。
サモナーは、なにも言わなかった。
「さて、赤井たちの見舞いに行くか」
俺たちは、立ち上がった。
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