第16話死神の話

 痛む体を引きずって、俺は必死に歩いた。

 サシャの魔力は、もう持たない。なのに、あいつは俺を殴ってでも一人で行こうとした。こんなことをしたということは、サシャはもう覚悟を決めてしまったということだ。

「くそっ。くそ――!」

 どうして、俺はこんなに弱いんだろうか。

俺が男だったら、もっと俺は強くて、もっと俺はたくましくて、すべてを守れるのに。父親を自分の手で倒して、サシャも守って、そういう理想な小さな世界を作れるのに。

「守りたいだけなのに……」

 全部、俺が弱いのがいけないのに。

 女に生まれたことが悪いのに。

 力を持っていないのが悪いのに。

「なんで、俺は男に生まれなかったんだよぉ……」

 泣きたくなった。

 俺は、苦しみながら歩いた。サシャに殴られたところが痛かったけど、そんな痛みは気にならなかった。それよりも、足が止まってしまうことが恐ろしかった。

 だって、俺が足を止めているうちにサシャが死んでしまうかもしれない。

 それだけは、嫌だった。

 絶対に、嫌だった。

「サシャ……」

 俺は、ようやくサシャを見つけた。

 サシャは、別の異世界人と戦っていた。死神の物のような大きな鎌を握って、異世界人の少女と戦っていた。その少女は、サシャが助けた少女だ。ということは、サシャが連続殺人を犯したと知られたということだろう。

 サシャの罪は、明らかになったのだ。


 だが――それでも、サシャは、息を飲むほどに、強くって。


 異世界人の少女を圧倒して。


 なのに、鎌を操っている姿は、あまりにも、身軽で。


 すごく、美しくって。


 俺は震えていた。


「サシャ……」

 俺は、彼を呼ぶ。

 俺は、彼が何者でもよかった。たとえ、魔力を補うために誰かを殺しても、俺はサシャのことが好きだった。

 サシャは、俺に気が付いた。

 彼が戦っている誰もが気づかなかったのに、彼だけは俺に気が付いた。すべての人間が無視していた俺に、彼だけが気が付いて、微笑んだ。

 彼が、俺にかける最後の言葉はなかった。

 けれども、言葉がなくともサシャが最後に俺にいいたことは分かった。

「サシャ……」

 彼はきっと、俺に忘れろと言いたかったのだろう。

 俺にとっては人生で最も幸福な時間を。

 彼はいとも簡単に忘れろという。

 なぜならば、サシャは自分のことを過小評価しているから。自分は、誰も幸せにできないと思っている。そんなことはないのに。

 俺は、サシャと一緒にいたから幸せになれたのに。

「サシャ――大好きだ!!」

 俺は、叫んだ。

 俺の叫びもまた、サシャにしか聞こえなかっただろう。

 それでも、サシャは微笑んでくれた。

 穏やかな微笑みだった。

 その穏やかな笑みを浮かべたまま、サシャは竜に食われた。

 

サシャーー俺のサシャ。

俺の家族のサシャ。

 

「お前たちを――絶対に許さない!!」

 気が付けば、俺は家族を殺した相手を恨んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る