第15話サモナーの話

「ユキさん、分かっていると思いますけど……僕が使える召喚術は一日三回が限界です」

 病院からでたサモナーは、そう語った。

 サモナーは優秀な魔術師だが、他の魔術師に比べて制限がかなりきつい。その召喚術が使えるのは、一日に三回だけだ。これは、いくら俺が魔術をサモナーに渡そうとも変わりようがない。

「分かってる。さっき一回使ったから、二回だよな」

「いいえ。あと、一回です」

 気が付けば、サモナーは犬のような魔物を召喚していた。柴犬ぐらいの大きさだが、顔立ちはブルドックに近い。だが、それでいて牙がはみ出ているのが怖い。

「せめて召喚するときは、教えてくれよ」

 犬は、俺に向かって低く唸っている。

 正直、サモナーが召喚したものにここまでの敵意を向けられたことはなかった。ちょっと俺が怯えていると、サモナーは犬の頭を「よしよし」と撫でた。だが、犬はサモナーの手を噛んだ。

「サモナー!!」

「あっ、大丈夫です。この子は、懐きにくくって」

 サモナーは、犬の頭を叩いて自分の手を引き抜いていた。時代からくるものだと思うのだが、基本的にサモナーは動物の扱いが雑である。手からは血がだらだらと流れていたが、サモナーはあまり気にしていなかった。

「とりあえず、僕以外の人間には噛みつかないようにいっておきます」

「いや、おまえにも噛みつかないようにしつけておけ」

 見ている側の心臓がもたない。

「でも、この子は鼻がすごくいいんです。僕らには、捜索する二次元人の匂いが付いていると思うので」

 犬はサモナーの服の匂いを嗅いで、走り出す。

 どうやら、犬が匂いを察知したらしい。

「追いましょう!」

 サモナーの言葉で、俺たちは犬を追う。

 俺たちと一緒に来たのは、木戸とマリーだ。マリーは、サモナーと違って一日に何度も魔術を使える。むろん、それには木戸が提供している魔力量とも関係があるのだが、サモナーよりもよっぽど融通の利く魔術である。

「いた!」

 サモナーは、声をあげた。

 前方には、先ほど別れた異次元人がいた。その異次元人は、俺たちと同じぐらいの年齢だった。真面目そうな雰囲気で、なんとなく神秘的な雰囲気があった。神父という言葉が、思い浮かんだ。

「おまえは、人を殺したな」

 俺の言葉に、神父の異次元人は頷いた。

「そうです。私の名前は、エシャと申します」

 エシャと名乗った、異次元人。

 その異次元人の周囲に、少女はいなかった。殺されたのだろうか、と俺はぞくりとする。相手は、自分の魔力を補充するために殺人を犯している相手だ。たとえ、魔力提供の相手で殺してしまっているかもしれない。

「私が連れていた……あの子。イツキ・サヨですが、私との関係は一切ありません」

 エシャは、そう言った。

 俺は、ほっとしていた。今のエシャの話によれば、エシャがつれていた少女は生きているらしい。俺の感情を見抜いたかのように、エシャは微笑む。殺人鬼とは思えないほどに、優しい顔であった。

「あの子は、私の都合で連れまわしていただけです。魔力提供者ですらありません」

 エシャは、鎌を出現させた。

 巨大な鎌を手にした、エシャ。

 そんなエシャは、俺に向かって走ってきた。そんな俺を庇うように、サモナーが俺の前に立つ。だが、サモナーはすでに本日二回も魔術を使っている。

「まだ、使うな」

 俺は、サモナーにそう指示をした。

 サモナーは、頷く。

「犬、お願いします」

 サモナーは、召喚した犬をサシャにけしかける。

 サシャは、鎌で犬を両断した。

「いぬっ!!」

 サモナーは、悲鳴を上げた。

 というか、泣きべそをかいている。

「犬……切られちゃいました。犬がぁ……」

 小学生みたいにサモナーは泣きべそをかいていた。

「大丈夫だから。大丈夫だから」

 俺は、サモナーを泣き止ませるために声をかけた。

 だが、サモナーは動揺してしまっている。涙がボロボロ零れて止まらないし、敵が目の前にいることも忘れてしまっている。

「サモナー、落ち着け!」

「おちっ……落ち着けなくて」

 サモナーの目から、涙が零れ落ち続けている。彼の幼さが発露した瞬間だった。失うことになれていないのだ。彼にとって召喚獣を失うのは、かなりの痛みの伴うのである。

「サモナー、深呼吸だ。ゆっくり呼吸して……ゆっくり」

 俺は、サモナーの背中をさする。

 あきらかに過呼吸になっている。

「大丈夫だ。マリーと木戸が時間を稼いでくれるから」

 俺は、ぐっと拳を握る。

 木戸の悲鳴が聞こえた。

 マリーは、サシャの鎌をよけながら戦っていた。マリー的には遠距離に持ち込みたいのだろうが、サシャはマリーが離れようとすると一気に距離を詰めてくる。近距離の戦闘をマリーは苦手としている。少女であるマリーは、大人との体格差がある。その体格差を責められると非常に弱いのだ。

「そんなに時間はかせげないからな!てか、マリー的には一緒に戦ってもらえないと困るんだからな」

 木戸は、叫ぶ。

 かなり必死な声だった。

「あっ、そうだった」

 しかも、マリーは連続して攻撃ができない。そういう魔術しか取得していないらしい。異次元人は、現代に来たら新しい魔術を覚えることができない。また、使える魔術を制限される。サモナーが召喚術しか使わないのも、これが理由である。

「サモナー。できるだけ、早く泣き止んでくれ」

「……はい。もう、大丈夫です」

 涙をぬぐったサモナーは立ち上がる。

「――僕は、世界を作り出す。――その世界は栄え、生命は命を謳歌する。――その生命の一瞬をここに!」

 サモナーの目の前に、魔法陣が展開する。

 そして、サモナーの体は大きくかしいだ。俺は、慌ててサモナーを支える。そして、サモナーが魔力不足になっていることに気が付いた。

「なにを呼び出そうとしてるんだよ……」

 俺は、サモナーに魔力を提供する。

 サモナーは、比較的魔力の消費量が少ない。こういうふうに、ふらつくほどに魔力を消費することはなかった。俺は、少し恐ろしくなる。

「僕が呼び出せる……もっとも大きなもの」

 サモナーが呼び出したのは、巨大な竜だった。爬虫類のような質感の皮膚に蝙蝠のような翼。肉食獣の牙。出会いの日に俺が目撃した竜とよく似ている。

 竜は、大きな方向を上げる。

 味方のサモナーが呼び出した竜なのに、その咆哮に俺は本能的な恐怖すら感じる。巨大なものに感じる、恐ろしさだ。その恐ろしさを前にして、サシャは怯えてはいなかった。

 それどころか、どこかほっとしているような顔だったと思う。

 俺は、その顔を見て思った。

「サシャ……君は」

 俺の言葉が聞こえたのか、サシャは微笑む。

 そして、唇に人差し指を当てた。

 その姿は、どこかユーモラスで上品だった。

 殺人鬼という評価は似合わず、それどころか穏やかな雰囲気すらあった。

 恐ろしい生物を目の前にしているのに、サシャはちっとも恐れてはいなかった。恐れずに、竜の口のなかに入っていた。

「サモナー!」

 俺は思わず、サモナーは止める。

 あの男は、何かがあると思ったのだ。少なくともそれは、俺たちが考えるようなものではないと思った。

「あっ。えっと、止まって!!」

 サモナーも叫んだが、竜は止まれなかった。命令を無視したというよりは、命令が遅すぎたという雰囲気だった。竜は、サシャをすべて飲み込んだ。

 異世界人は、死体を残さない。

 二度目の死は、ただ消えるだけである。

 サシャもそうだった。

 竜に食われたサシャは跡形もなく消えていて、サモナーは申し訳なさそうにしていた。

「すみません……間に合わなくて」

「いや……いい」

 今のは、俺が悪かったのだ。

 ぎりぎりになって追っていた相手を知りたいと思うなんて、あまりにも愚かしい。

「サシャ!」

 誰かの叫び声が聞こえた。

 振り返ると、そこには少女がいた。サシャが連れていた少女は、俺たちを親の形でも見るように睨んでいた。

「お前たちを――絶対に許さない!!」

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