第14話死神の話
エシャが弱っている。
魔力が不足しているのだ。戦ったのだから、それはしかたがない。だが、俺たちは今知らない土地にいた。土地はなく、どこならば安全に休めるのかも分からない。
いや、エシャに本当に必要なのは休息などではない。
エシャに必要なのは、魔力だ。その魔力を俺は持っていない。誰かから、奪わなければならないのだ。
俺は、エシャから離れようとした。
魔力が必要だった。
だから、どこかから奪ってくるつもりだった。俺はまだ子供だったけど、子供だからこそ、油断は誘えると思った。けれども、俺の考えを読んだかのようにエシャは俺を止めた。
「やめなさい……」
「けど、俺が何とかしないとエシャが消える。そんなの……そんなことは」
絶対に嫌だった。
彼と過ごせた時間だけが、唯一の俺の安らぎだった。もう、彼がいない人生など考えられない。だから、彼を守りたいのだ。
だが、エシャはそんな俺を止めた。
「あなたは、人を……殺そうとしていますね」
エシャは、俺をまっすぐ見ていた。
「そんなことは、してはいけません……あなたはそんなことをしてはいけないんです」
「そんなことって……殺して魔力をとらないと、エシャが消えるんだぞ。俺を残して、消えるんだぞ」
俺は、エシャに縋った。
消えてほしくない、と泣いて願った。
エシャは、そっと俺を引き離す。エシャは、優しく微笑んでいた。
「人を殺せば、大なり小なりの後悔が生まれます。あなたは、そんなものを背負わなくていいんです」
「俺は、背負いたいよ。エシャのことなら、なんでも背負いたいよ」
それは、俺の本心だった。
だが、エシャは首を振る。
「私もそうだったんです……子供たちを……教会を守れれば、どんな罪を犯してもよかった。しかし――……もしかしたら」
エシャの目が曇った。
「私が、無理やり教会を存続させたことは子供たちのためによくなかったのかもしれません。……私が人を殺したことで、不幸になった子供もいたかもしれません」
「そんなこと、ないって!」
エシャが、人を不幸にするとは思えない。
そんなふうに思ってはいけない。
そんなふうに考えてはいけない。
「俺が保障する。エシャは、絶対に誰も不幸にしてない。みんなを幸せにしたって。少なくとも、俺はエシャがいてくれるだけで幸せだ」
だから、エシャをなくすわけにはいかない。
俺は、エシャの手を振りほどいた。
「人を殺してくるから!」
俺は、エシャにそう言った。
本当に、そうするつもりだった。
「……そんなことをさせない」
ゆらり、とエシャは立ち上がった。
背の高い、エシャ。今まで感じなかったのに、彼が側にいるだけで威圧感を感じた。怖い、と思ってしまった。エシャという人間がいるのではなくて、得体の知れない恐ろしい何かが立っているような気がした。
たぶん、これはエシャの別な側面。俺には今まで見せなかった、殺人者としての顔なのだろう。エシャは、無言で俺の腹を殴った。
それは、エシャから受ける初めての暴力だった。
痛みを感じた。
でも、それ以上に苦しみを感じた。
悲しみを感じた。
親に殴られたときだって、こんな感情は芽生えなかった。私は痛みと悲しみのせいで動けなくなった。
「あなたは、恵まれている。恵まれているかぎり、人を殺す必要などないのです」
エシャは、そう言った。
「私は、恵まれて……なんかない」
母親は、物心ついたときからいない。
父親は、最悪だ。
誰も助けてくれる人間なんていない。エシャしか俺を気遣ってくれる人がいない。だから、俺は強がる必要があった。
「この世界の法律を調べました。あなたの境遇を知れば、あなたを助けてくれる人はでてくる。父親をなくして、身内をすべて亡くしたあなたならば。それに……」
異世界人に利用されていたと知れば、あなたは同情される。
エシャは、確かにそういった。
「おい……エシャ。置いていくな。俺を置いていくなって……」
エシャに置いて行かれるぐらいならば、他人の同情などいらない。
他人が欲しがるものなんて、全部いらない。
「置いていくなよ……おまえが初めてだったんだよ。初めて、家族だと思ったんだよ」
「イツキ……」
エシャは、俺の側に膝をついた。
「イツキ・サヨ……」
そして、俺の手を取った。
この世で最も俺の存在が尊いかのように。
「私のお姫様。あなたは、どうか幸せに」
エシャに唇が、俺の手の甲に触れる。
それが、最後だった。
エシャと俺が、最後に触れあったのは。
それが、最後だった。
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