第13話サモナーの話
海だった。
塩水を飲んで、俺はそれに気が付いた。
「赤井!エナ!!」
体力的に泳ぐのが難しそうな二人に声をかける。エナはしっかり赤井の体を掴んでいたが、かなり不格好に泳いでいる。いや、ほとんど溺れかけていた。
「服脱げ、服!水を吸って重くなるぞ」
「この状況で脱ぐことはできない!!」
エナの言いたいことも分かるので、せめてと思って俺は赤井をエナから受け取った。気を失っている赤井を抱えながら泳ぐのは難しかったが、エナに任せていたら間違いなく溺れる。
「泳げるか?」
俺は、エナに尋ねた。
「……苦手だ」
やっぱりか、と思った。
だが、俺の方も余裕があるわけではない。赤井を抱えたまま、エナに手を貸すことは難しい。一度赤井を岸まで運んでエナを助けるのが一番なのだろうが、エナがそれまで持つだろうか。
「おーい、平気か!」
木戸の声が聞こえた。
彼は、かなり上手く泳いでいる。そして、そのままエナの服を掴んだ。
「エナは、俺が引っ張るから」
そのまま木戸にエナを任せて、俺たちは何とか岸にたどり着いた。どうやら、俺や赤井、エナ以外は海の浅いところにいたらしい。全員が濡れてはいるが、あまり体力を消耗しているふうではない。
「おい、赤井!」
俺は、はっとした。
魔力を失い、海に落とされた赤井の消耗はかなりのはずである。急いで寝かせて、息を確認した。とりあえず、呼吸はしている。救急車を呼びたいが、全員が水浸しになっているので携帯も壊れているだろう。
「誰か、携帯が無事な奴はいないか」
だが、確認はしてみる。
なぜか、木戸は赤井を指さして震えていた。
「あっ、え……。なんで、女の人?」
そういえば、木戸は知らなかったか。
今は服がぴったり体に張り付いているからボディラインが分かりやすいが、普段の赤井はそこをうまく隠している。さらに赤井の声は低めだから、気が付きにくかっただろう。赤井は、俺とは初対面で名刺交換したけど木戸とはしていなかっただろうし。
ちなみに、エナが海の中で服を脱ぐことに難色を示したのはこのためだ。女性の前で脱ぎたくない、とエナは思っている。
「人の秘密のことはどうでもいいから、携帯」
俺はいうが、木戸は役に立たない。
見かねたのか知らない異世界人と魔力提供者の少女が、公衆電話を探してくると言ってくれた。
「ユキは知ってたのかよ!」
木戸は、大声で怒鳴る。
ようやく、男だと思い込んでいた赤井が女であると受け入れられたらしい。
「初対面で名刺交換したからな。赤井の下の名前は、燈子。別に共闘するだけの相手なんだから性別とかどうでもいいだろ」
名刺交換がなければ、俺も赤井のことを優男だと思っていたかもしれない。
あと、本人からトランスジェンダーだとも聞いていたが木戸には黙っておく。俺は、当事者ではないし。
「エナはもちろん知ってたよな。なんだ、俺だけのかもの……」
木戸は、がっくりしている。
赤井のことだから「面白いから黙っていた」のだろう、と思う。本人も、こんな形でバレるとは思っていなかっただろうが。
「というか、ここってどこだ?」
俺は、あたりを見渡す。
海なのは間違いないが、いったいどこの海なのかは検討もつかない。
「すみません……ちょっと位置まではあんまり正確に設定できなくて」
サモナーは、何度も謝っていた。
あの場から離脱するために魔法を使ったらしいのだが、あまり正確な位置設定まではできなかったらしいのだ。おかげで、全員がずぶぬれである。
「……救急車で聞いてみるか」
サイレンの音が鳴り響いたので、俺はそう言うしかなかった。
かくして、俺たちは駆け付けた救急隊員に「ここはどこですか?」という間抜けな質問をすることになった。
赤井の容態は、予想した通りの魔力不足ということになった。安静にしていれば治るということであり、俺たちはそろってほっとした。ちなみに、赤井が運び込まれたのは隣の県の病院だった。つまり、俺たちはサモナーによって隣の県に飛ばされてしまったことになる。
「サモナー……」
俺は、赤井が寝せられた病室の端っこにいた。
できるかぎり、邪魔にならないようにするためだった。ちなみに、エナも俺たちの側にいる。木戸たちは、食事を取りに行った。魔力の回復を兼ねてである。別に空腹で魔力不足になるわけではないのだが、やはり食べると食べないのとでは回復量が違うような気がする。それに木戸は食べ盛りなので、昼食抜きが耐え切れなかったのであろう。けっして、赤井のことがショックだったわけではない。たぶん。
「ごめんなさい。……まさか、ここまで位置がずれるなんて」
サモナーは、申し訳なさそうだった。
ちなみに、本当だったサモナーは俺のアパートに飛ばす予定だったらしい。ズレたにも、ほどがある距離である。まぁ、怪我人やら死亡者がいなかったからいいことにしよう。悪いのは、エナにサモナーを今まで以上にさけているという点である。
エナが生きていた時代では、魔法はなくなっていた。だが、魔法使いの子孫とは敵対していたのだ。だから、サモナーはその天敵の祖先みたいなようなものだ。
今までは、あまり実感がなかったのだろう。
だが、大規模な魔法を見て実感してしまったのかもしれない。
まぁ、エナがサモナーに対していい感情を抱かないのは間違いなかった。案の定、今も病室でサモナーを睨んでいる。エナに睨まれ続けているサモナーは、とても居心地が悪そうである。
「エナ、サモナーは敵じゃないからな」
俺は、エナにそう言い聞かせる。
エナはぶっきらぼうに「無理だ」と答えていた。さすがに、すぐに喧嘩をしかけるようなことはしていないらしい。そこらへんは、大人だ。しかし、睨み続けている。
「ユキさん……」
サモナーは、助けを求めるように俺を見ていた。
しかたがない、とばかりに俺はサモナーを背中に隠した。
「おい」
エナは、低く唸る。
「相手は年下だぞ」
と俺は言っておく。
だが、エナは人の話を聞いていない。俺にとってはサモナーは未成年だが、エナにとってはそうではないかもしれないから仕方がないかもしれない。
「私にとって、魔法を使う輩は敵だ」
エナは、そう呟いた。
サモナーは、うつむいていた。
やがて、顔を上げる。
「あなたと戦ったのは、たぶん……僕の精神的な弟子たちです」
その瞳は、真摯だった。
「その弟子があなたにとっての悪であっても、僕はそれを謝罪するわけにはいきません」
サモナーは、俺の陰から飛び出した。
「僕は、あの時代には少数派でした。そして、僕の後継者たちもそうでしたでしょう。だからといって……ただそれだけのために謝罪するわけにはいきません!」
サモナーは、しっかりとエナを見つめていた。
気弱な彼の、ほとんど初めて見るような気概だった。
その気概に、エナも少し驚いていた。
「お前の後継者が、どれほどの被害をだしたのか……」
「それでも!」
サモナーは、叫ぶ。
その声は、病院の待合室に響いた。
「抗う意味はあったのだ、と僕は信じます」
俺は、サモナーの気持ちが少し分かるような気がした。
サモナーは、すべての根源なのだ。
魔術も、魔法も、彼から伝わり後世に波及した。
そして、その後に二つは争った。
だからこそ、サモナーは片方を恥じるわけにはいかないのかもしれない。
「おい!」
そんなときに、木戸の声が聞こえた。
「さっき、警察に電話したら……連続殺人犯の新しい人物画像が分かっていう連絡が届いて。それで、病院までファックスをしてもらったんだけど」
木戸は、戸惑っていた。
俺は、彼が受け取ったファックスを見る。
そして、言葉を失った。
そこに映し出されたのは、俺たちが助けて、俺たちを助けてくれた人間だった。正確には異世界人と思しき人物。魔術で他者の顔の幻を見せていた異世界人。
「エシャ……」
そう呼ばれていた。
たしかに、そう呼ばれていた。
彼が、連続殺人の犯人だったのだ。善良そうな人間に見えたし、救急車も呼んでくれた。だが、それでも俺たちは彼と戦わなければならない。それに、彼の魔力提供者は未成年だ。彼が一方的に、彼女を搾取している可能性もある。
「サモナー」
俺は、自分の相棒を呼んだ。
「はい」とサモナーは答えた。
エナも、立ち上がろうとした。
だが、俺はそれを止めた。
エナは、まだ魔力提供者が回復していない。赤井が回復していないのに、エナが戦っても危ないだけである。それに、回復していない赤井を置いていくことに罪悪感もあった。エナが病院に残ってくれれば、全部が解決する。
「俺と木戸で行く」
俺は、そう告げた。
妥当な判断であると思った。
だが、その妥当な判断にエナは悔しそうな顔をする。無理もないと思った。エナは二回も甲冑男に負けており、しかも追っている殺人犯に助けられてしまっている。彼にとっては、悔しくてたまらないだろう。
「エナ……」
静かに、彼の名を呼んだ人間がいた。
エナは無言で、その声のする方向へと向かう。大きな声とは言えなかった。けれども、特別な何かで繋がったエナにはきっと大きく聞こえたであろう。
エナは、まっすぐに赤井がいるベットへと向かう。
彼を呼んだのは、赤井だった。
俺は、少し緊張していた。赤井は俺と同年代の魔力提供者で、出会いの日から付き合いがある。俺よりも早く、自分の異世界人と出会っており、本人の面倒見のいい性格もあって、俺は勝手に先輩のように赤井を思っていた。
そんな、赤井とエナの性格的な相性は実のところ――あまり良いものだとは思えない。赤井もエナも大人だから、その相性の悪さから器用に目をそらしていたが。
カーテンの向こうで、赤井はベットの上で点滴をうたれていた。
点滴で少しだけ回復した彼女は、エナを呼ぶ。体をのっそりと起き上がらせて、赤井はエナを見つめた。
そして、赤井はエナを思いっきり怒鳴った。
「サモナーたちは、味方だ!それを忘れるな!!」
赤井の怒鳴り声に、俺とサモナーの方が驚いた。
だが、エナはそれに不服そうであった。
「……女でも男でもないお前が、どうして私に命令する」
エナは、赤井を睨んでいた。
「お前には、生まれ持ったもので生き抜くという覚悟がない!そんなお前が、最初から嫌いだった!!女に生まれたならば、女として生きて戦え!」
エナは、赤井に掴みかかろうとする。
俺とサモナーは、必死にエナを止める。だが、エナは生前から戦っていた軍人であり、一般人の俺たちで止められるような相手ではない。俺と、サモナーは仲良く病院の床にたたきつけられた。
「あなた以外の人間だって戦ってる!」
赤井も怒鳴った。
「俺は、こういう生き方を選んだ。そして、こういう戦い方を選択したんだ!自分の価値観で理解できないからって否定するな!」
赤井とエナは、怒鳴りあう。
これはたぶん、二人が前々から抱えていた問題なのだろう。エナは、たしかに自分の価値観に凝り固まっているところがあった。それが、エナの時代では正しいことだったのかもしれない。けれども、今は違う。
エナと違う人間など山ほどいる。
だが、エナはそれを認められない。
赤井は、普段はそれをうまくいなしていた。
エナも赤井相手には、そこまで強くはでていなかった。自分の魔力提供者だからだろう。
だが、今回のことでエナも赤井も不満が爆発したのだ。
「おまえに、何が分かる!」
エナが、泣きそうに見えた。
「お前に、何が分かるんだ!あの時代では、強く生きるしかなかったんだ!」
国の敵を殺すこと、それがエナの時代に望まれたことだった。
エナは、望まれたとおりに生きたという。
生きるしかなかったという。
エナは、もしかしたら――もしかしたら、赤井がうらやましかったのかもしれない。強くしか生きられなかった、エナ。時代が望むようにしか生きられなかった、エナ。
彼に魔力を提供するのは、周囲に逆らって生きる赤井だった。
「俺は、自分たちとは違う人間を殺せと言われてきた。ずっとそうやって生きてきた。なのに、死んでから――今更になって他人との違いを認めろだって」
無理だ、とエナは呟く。
「そんなことはできない。まるで、生きてい頃の自分を否定するようなことをできない」
自分たちと違うものは悪。
その悪は滅ぼすべき。
エナは、そう教わった。
たぶん、エナは俺たちと本質的には変わらないだろう。俺たちは、別に時代に逆らっているわけではない。時代に見合った人間になるように育てられて、そのように育った自覚がある。けれども、赤井は逆らった人間だった。
俺は、赤井のプライベートを知らない。
けれども、赤井が赤井の生き方を選ぶために苦難を選んだことは分かっているつもりだった。流されて生きたら、その苦難を味合わなくてすんだだろう。
だから、赤井は否定されたくないのだ。
けれども、エナは否定する。
自分の時代と国しか公定できない男であるからだ。なぜならば、他者を公定することはかつての自分を否定することだと思っているから。
「他者は認めることは……自分を貶めることにはなりません」
口を開いたのは、サモナーだった。
彼は、おびえながらも口を開いていた。
「自分は自分で、他人は他人で……。だから、他人を求めても自分を貶めることにはならないと思うんです」
「おまえに何が分かる!」
エナは、怒鳴った。
サモナーはびっくりして俺の服の裾を掴んだが、逃げようとはしなかった。自分よりも身長が高いエナを見つめて、息を吐く。
「分かりますよ。僕だって……自分が死んだあとに魔術がこんなふうに繁栄するとは思いませんでしたし」
それでも、とサモナーは言う。
「魔術を使う人間を――魔法が消え去った歴史を――否定はできません。どちらも、僕たちの子孫が選んだものです」
サモナーは、微笑む。
その笑みは、慈愛を含んだものだった。このなかでは一番年下なのに、彼は俺たちよりもはるかに年上のような優しい笑みをたたえていた。
「僕らは、所詮は通り道です。僕たちの世界の歴史が歩む、ちょっとした点にすぎません。だから、認めてもいいじゃないですか」
サモナーの言いたいことは分かる。
だが、サモナーの言葉ではエナは救われないだろう。
サモナーは自分の死ややりきれなさを、歴史という線のなかに組み込まれるなかで自分を救った。けれども、エナはそれでは救われないだろう。
エナにとって、自分の時代こそがすべてなのだ。
未来や過去も関係がない。
そして、そこの時代から動けない。
「エナ……赤井。仲良く、しようよ」
戸惑うような声が聞こえてきた。
その声は、木戸のものだった。
顔を真っ青にした木戸は、赤井とエナの間に入る。木戸は、二人の顔を見比べていた。
「俺たち生まれた世界も、時代も違うじゃん……。でも、せっかく出会ったんだから……仲良くしようよ」
木戸は、自分の隣に立っているマリーに手を伸ばした。
マリーは、その手を見てきょとんとしていた。
「俺は、マリーと仲良くしたい。戦わせてるけど、それはマリーと一緒にいるためで……」
マリーは、木戸の手を握った。
その感触に、木戸も驚く。
「私も、私の心配をしてくれるキドのことは好きですよ」
「マリー……」
木戸は、感動していた。
「でも、私のことを大事にしてくれないキドは嫌いです」
マリーは、木戸の手を振りほどく。
「そんなふうに思うのは、私が生きてきた人生のせいです。エナもそうなんでしょう?」
マリーは、エナに尋ねる。
「あなたがあなたでしかいられないのは、あなたの人生のせいですよ」
教えて、とマリーは言う。
「あなたは、どんなふうに死んだのですか?」
マリーは目を伏せる。
「私は、後輩に殺されました。たぶん、あの子の手柄になったと思います。あなたは?」
マリーが見たのは、サモナーだった。
サモナーは戸惑ったが、息を吐いた。
「近くの村人に火をつけられました。焼死なんだと思います」
サモナーは、エナを見た。
エナは、驚いているようだった。おそらくは、サモナーがそのような死に方をしたとは思わなかったのだろう。
戦っていたのだ。
サモナーだって、マリーだって、彼らの時代なりに戦っていたのだ。
「私は……」
エナは、言いよどんだ。
そして、少し息を吐く。異世界人にとって、自分の死因は言いにくいものらしい。
「私は、断罪された」
エナは、そう語った。
「……私は、騎士だった。騎士と言うのは、何百と言う掟に縛られているものであったが……私の時代にはその掟はあってないようなものだった」
エナ自身は、掟を誠実に守るタイプだった。
だが、周囲は違う人間の方が多かった。
自分たちと違うものと戦うなかで、死に直面するなかで、周囲の騎士たちは古いしきたりを捨てた。弱者を守る剣であることを捨てて、自分勝手に生きた。それでも、騎士たちはそれなりに教育を受けた者たちばかりだった。自分たちが断罪されないような罪ばかり犯した。特に、騎士たちが行ったのが女性への暴行だった。むろん、それは騎士たちにとっての罪だった。だが、女性たちは誰も騎士たちを断罪しなかった。そうなれば、自分の恥も明らかにされるからである。
だが、とある女性が暴行を受けたことを告白した。
自分の恥よりも、自分に暴行を加えた騎士たちへの罪を願ったのだ。
その告発のなかにエナもいた。
エナは、女性の暴行などおこなっていなかった。それどころか、騎士の掟の何一つとして破ることはなかったという。潔白だったという。なのに、エナは断罪された。
「思えば、あれは断罪されないとたかをくくっていた騎士たちに喝を入れるためのものなのかもしれない」
女性に乱暴した事件でさえ、本当はなかったのかもしれない。
けれども、女性は罪を告白してエナは断罪された。
騎士の誓いを破ったとされたエナは、首を切られて死んでしまった。エナが最後に見たものは、自分を罪人だと信じる者たちの瞳だった。
エナは、言いようがないほどに絶望したという。
彼は、善良に生きてきたつもりだった。
なのに、その善良さは誰にも理解されていなかった。
だから、エナは理解することは無駄だと思ったらしい。誰も自分を理解してはくれなかった。だから、自分も他人を理解する必要などなかったのだと気が付いたのだという。
死の間際に気が付いたのだという。
そして、現代でエナは再び息を吹き返した。
そこでは、他者に指摘されるよりも前にたくさんの価値観があることを知ったであろう。だが、エナはその価値観を無視する道を選んだ。
だって、それを理解したところで誰も自分を理解してはくれないから。
他者を理解したところで、無駄でしかないから。
「それが、なんなんだよ……」
赤井は、エナの胸元を掴む。
彼女と彼の距離が――いいや、魔力供給者と二次元人の距離が息を飲むほどに近づく。違う世界で生まれて、違う時代に死んで、本来ならば交わるはずのない二人が見つめあう。ただ、魔力の相性が合う。そんな、現代科学では説明のつかない理由で結びついた運命の二人が見つめあう。
「生前のお前が誰にも理解されなかったら、今のお前を俺が誰よりも理解してやる!」
赤井は、叫んだ。
エナは、赤井から目をそらした。
「俺は……私はお前を理解できやしない。お前のような人間は、俺が生きた時代には一人もいなかった。正直、俺はお前に対してどのように接すればいいのかも分からない」
それは、弱音だった。
俺が知る限り、エナが初めて吐き出す弱音だった。
「そんなこと慣れてるって」
赤井は、にかっと笑った。
エナは、どうして赤井が笑うのかが分からないようだった。俺も、分からなかった。
「誰かに、理解されないことは慣れている」
「理解できない……。お前も誰も理解しなければいいのに……」
エナは、助けを求めるような瞳で赤井を見つめていた。
彼には、理解できなかったのだ。
自分と同じように、他人には理解されない赤井がすべてを吹っ切っていることが理解できなかったのだ。
「理解しないとつまらないだろう」
赤井は、語る。
「他人を理解しないと、なんにもできないし、なんにも楽しくない!エナ、お前はせっかく死ななかったのに、またつまらない人生を歩む気なのかよ」
赤井の言葉に、エナはきょとんとしていた。
サモナーは、小さく「死んでますよ」と言っていた。
「つまらない……つまらなくない……そんなくだらない話なのか?」
エナは、赤井を見る。
「人生なんて、どうせ楽しいほうがいいだろ」
赤井は、笑う。
「俺は、お前に人生を楽しんでほしいんだよ。お前を理解してくれる人が多い方が……お前を理解できるものが多い方が、人生はきっと楽しい」
エナは、唇を噛んだ。
「お前は、俺の人生をつまらないと……そう言いたいのか?」
「違います。違いますよ、エナさん」
口をはさんだのは、サモナーだった。
「アカイさんは、エナさんに幸せになってほしいだけなんですよ。過去よりも、今よりもいいと思ってほしいんですよ」
エナは、サモナーを見た。
サモナーも、微笑んでいた。
「だって、あなただって思うでしょう。自分の魔力提供者には幸せになってほしいって。それと同じなんです。みんな、だれかの幸せを祈ってる」
サモナーは、エナに手を伸ばす。
「あなたも、幸せを祈ったでしょう?それと同じぐらいに、あなたも祈られているんです。ねぇ――……あなたが幸せになったら、確実に一人は救われますよ」
サモナーが見たのは、赤井だった。
「おう、エナ。もしも、俺の解釈が間違っていたら……誰かあんたが信じた人間にお前を理解してもらいな」
赤井の笑い声。
サモナーの視線。
「訳が分からない……」
エナは、そう呟いた。
今は、そうだろうと思う。
けれども、いつかエナが赤井たちの言葉の真意を理解してくれたらと思う。そんなとき、彼はきっと――少し幸せになれるような気がした。
「ユキ、あのさぁ。さっき俺たちを助けてくれた人が、今度は俺たちが追う対象なんだろう?」
木戸は、そう尋ねた。
俺は、頷く。
「なら、急ごう」
木戸は、そう言った。
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