第11話サモナーの話

 仕事のために木戸とマリーを呼び出したのだが、二人の仲は妙にこじれていた。

 いいや、違う。

 木戸が、マリーに対して妙によそよそしくなっていたのだ。木戸とマリーのコンビは、独特だ。マリーのほうが年下なのだが、彼女のほうが精神年齢が高いのである。だが、木戸がそれを認めていない。いつも年上ぶるのである。それをマリーが察していて、木戸を立ててくれるのだが――たまに木戸が自分で落ち込むことがある。

 まぁ、仕方がないだろう。

 サモナーもそうなのだが、異世界人は若いうちから自立している傾向がある。サモナーの場合は時代のせいもあるだろうが、彼らが見た目通りの精神年齢をしていると思うと痛い目に合うのである。木戸は、まさに痛い目を見たのだろう。

「なにか、あったのか?」

 とりあえず、慰めよう。

 俺は、そう決心した。戦うのはマリーだが、魔力提供の都合上離れるのが難しいので木戸にもしっかりしてもらわないと困る。

「俺って、マリーのことを何にも知らなくて……うわぁ、あいつとどうやって喋ればいいんだよ」

 どうやら、木戸はマリーの生前を知ってショックを受けているようである。マリーのほうはあっけらかんとしていた。あの子、飄々としているからな。

「深く考えなくても、マリーは気にしてないと思うぞ」

 手土産で持ってきた焼き菓子を立ちながらもぐもぐ食べてるし。

 ちなみに周囲の異世界人には不評な焼き菓子だが、マリーは好きらしい。彼女が生きていた時代には、焼き菓子は普通に流通していたようだった。さらにマリーは甘いものが好きで、現代の甘味をよくもぐもぐしている。サモナーよりも食用旺盛なので、俺が知っているなかで一番現代を楽しんいるように思える。無表情だけども。

「本当に?……たしかにマリーは何も言わないけど」

 木戸の言葉に、俺は天を仰ぐ。

 それはたぶん、マリーが木戸に何も期待してないからだろう。

 この二人、外見は反対だが姉と弟のような関係なのである。

「マリーは何かしてほしかったら、自分でいうから」

 たぶん、自分で解決するだろう。

 俺はそう思ったが、言わないでおいた。

「でも……言えないかもしれないだろ」

 木戸は、若い正義感で俺に食いかかってくる。

「じゃあ、サモナーに聞いてもらうから。あいつらは同じ年代だし、話やすいだろう」

 親しく話しているところは見たことないが、俺や木戸よりは話しやすいだろう。サモナーでだめだったら、赤井に頼むことにしよう。

 木戸は、顔を上げた。

 マリーとサモナーは横に並んでいる。もっとも親しくしている様子はなく、マリーはひたすら焼き菓子を食べ続けている。サモナーは、そんなマリーを無言で眺めている。菓子が欲しいとかではなくて、他に見るものがないからだろう。

「仲よさそうだもんな」

「……」

 いや、仲はぜんぜん良くないだろう。

 俺は、サモナーを呼び寄せた。

「おい。マリーの話をちょっと聞いてくれ。木戸が役に立たないんだ」

 サモナーは、木戸とマリーを見比べてなんとなく事情を察してくれた。

 サモナーはマリーの元に戻って、話をしていた。しばらくすると戻ってくる。

「キドさんが落ち込んでいて、その……彼が残したご飯を食べられるからもうしばらく落ち込んでいてくれるとうれしいそうです」

 サモナーの言葉に、俺は脱力する。

 木戸よ……お前も強く生きていいと思うぞ。

「キドさんは、マリーさんの生前に強く同情したんですよね。そのことについては、マリーさんも喜んでいると思いますよ」

 サモナーは、そういうがマリーは焼き菓子に夢中である。

「よろこんでるかね。俺としては焼き菓子をむさぼっているようにしか見えないけど」

「……あの、これは異世界人側の気持ちなんですけど……自分の人生を粗末に扱われないのは嬉しいことですから」

 サモナーの言葉に、そういうものなのかなと俺は思った。

「そういえば、俺もサモナーの生前のことって詳しくは知らないよな」

 田舎の山奥で魔法が使えていた、という話しか知らない。

 どうやって死んだ、とは聞いたことがなかった。

「僕は、その……近くに住んでいた村人に殺されました。家に火をつけられてしまって」

 サモナーは、俺の方を確認する。

 俺は、びっくりしていた。

 いや、サモナーの年齢が若いので事故や他殺の可能性が高いとは思っていたのだ。病死と思わなかったのは、今のサモナーが健康だったからである。

「魔法を使えるのがバレて。あっ、でも弟子は逃がしましたよ」

 サモナーは、そこだけ少し得意げだった。

 たぶん、本当にそれが誇らしいのだろう。

「おい、せっかくこっちで生きてるんだから……恨みごとの一つぐらい言っていいと思うぞ」

 サモナーが、自分を殺した人間を悪く言っているのを聞いたことがない。

 というか、自分が死んだ話さえも初めて聞いた。

「恨みはないですよ。あの時代……魔法使いはそれぐらい恐れられて当たり前だったんです。僕は正体を隠して長年住んでいたから、村人からしてみれば、騙されたようなものだと思いますし」

 サモナーは、目を細める。

 本当に、サモナーは自分を殺した人間を恨んではいないようだった。

「それに、早々に煙を吸って気絶したらしくて死ぬっていっても全く苦しくなかったんですよ。正直な話、自分が死んだという実感はあんまりないんですよ」

 眠るように死ねたのは、サモナーにとっては良かったのかもしれない。

 いいや、俺がよかったのだ。

 サモナーが生きた時代では、サモナーは大人として扱われる歳だった。けれども、現代ではまだまだ子供だ。俺は、サモナーを子供としてみてしまう。


 俺が、サモナーが苦しくなくて、よかったと思ったのだ。


「ユキさん?」

 サモナーは、俺を見ながら首をかしげる。

「よかったよ」

 俺は、サモナーの頭をなでる。

「サモナーが苦しくなくて、よかった」

 俺の言葉に、サモナーは少し驚いたようだった。

 たぶん、俺は「よかった」だなんていうとは思わなかったのだろう。サモナーは、少し顔をそむけた。彼だけにしか消化できない感情が、そこにはあったような気がした。

「……ありがとうございます」

 サモナーは、小さく言う。

「でも、一つだけ心残りがあるんです。弟子に杖を授けてあげられなくて」

 サモナーは、いつも持っている杖を見せる。

 俺が、最近作り直したものである。前のは、甲冑男と戦ったときに折られてしまった。

「特に力があるものではないんですが、杖は魔法使いの象徴で。これを持てるようになって、魔法使いは一人前なんです。あの子は優秀だったから、一人前と認めてあげられなかったことが……」

 心残りだとサモナーは言った。

 現代に来て、サモナーが唯一望んだものは杖だった。

 俺がDIYで作った粗雑なもので申し訳なかったが、サモナーにとって杖は大切なものだったのだ。

 俺は、サモナーに何も言えなかった。

 いつか渡せることができればいいと言ってしまえなかった。

 だって、それはサモナーの弟子も現代に来ていることになる。

 それをサモナーは喜ばないような気がした。

「……お仕事、しましょう」

 焼き菓子を食べ終わったマリーは、きりっとした顔で皆に告げる。こういうところが、彼女が要領がいいと思ってしまう所以である。木戸は未だにマリーとの距離が分からずに、おろおろしているように見えた。

「そうだったな。この前は、トンネルで調査したんだ」

 そこが、一番最近の現場だったからだ。

 そこに甲冑男が現れたのだが、その甲冑男は連続殺人事件の犯人ではない可能性が高い。だが、また襲ってこないとも限らない。さらに、前回のトンネルはサモナーが不得意な狭い場所だった。そのため、今回は調べる場所を変えることにした。

 万が一、襲われても大丈夫な場所を選んだ。

 前々回の被害者が出た、場所。コンビニの駐車場である。店は小さいのに、駐車場は大きなタイプのコンビニである。前回と同じく深夜に首を切られたらしく、目撃者はいない。

「前のトンネルとは違って、深夜といってもある程度は人目があるところだな」

 なお、外には防犯カメラはついていない。

 一応人が少なくなる時間帯はあるらしいのだが、人が途切れるということはあまりないらしい。さらに、当然ながら店員は二十四時間勤務している。トンネルの時と比べて、犯行が圧倒的に難しい。そのなかで、首を狩り取る。

「手慣れてるよな」

 明らかに異世界人は、異世界でも殺人を犯しているプロである。

「この犯人は、たぶん目撃者のことをあまり考えていませんよ」

 マリーは、そう言った。

「プロはこういうところは避けます。いくら策を弄しても、突発的な目撃者が出やすいですので」

 マリーは、コンビニのほうを見る。

 二十四時間空いているコンビニは、いつ客が来てもおかしくはない。そういう場所を殺人現場にするというのは、プロとしておかしいことらしい。

「じゃあ、プロじゃないってことか?」

 俺の言葉に、マリーは首を振る。

「いいえ。おそらく現代のシステムになれてないんだと思います。二十四時間のお店に人がいると実感できない感じがするというか」

 マリーの言葉に、俺は納得する。

「犯人の異世界人は現代に慣れていないか、現代とはかけ離れた時代からやってきた奴か」

 殺人に対してはプロだが、現代には慣れていないという説は濃厚である。

「なぁ、ユキ。警察からメール届いている」

 木戸は、携帯から顔を上げる。

 俺も自分の携帯をチェックした。そこには、現場で目撃された人物の顔写真が添付されていた。この人物が、現場で立て続けに目撃されているらしい。

 四十代か五十代ぐらいの男である。

 不健康そうな出で立ちであり、あまり良い印象持たれないタイプの男だった。

「服装がやたらとこなれてるな」

 木戸は、そう呟いた。

 たしかに写真の男の服装には違和感を感じない。異世界人――とくにサモナーのように現代と離れた時代からやってきた人間は服装の選択で違和感を抱かれることが多い。現代の気候と文化が、彼らが生きていたころと大きく違っているせいだ。なお、サモナーも放っておくと、すぐにチュニックのようなゆったりとした服を購入したがる。生前には、そういう服しか着ていなかったかららしい。だが、そんな服を着ると女の子にしか見えないのでやめさせている。

「マリーみたいに現代に近い時代から、きたのか。でも、それだとマリーのさっきの話と矛盾が生じるし」

 俺は、うーんと考える。

 サモナーも考えていた。

 サモナーは魔術に関して詳しいので、一緒に考えてくれるとありがたい。

「ダメです。全然、わかりません」

 サモナーは、匙を投げた。

 投げるのが速すぎるような気がするので、もうちょっと考えてほしい。

「ユキさんは、分かりましたか?」

「いや、お前に分からなかったら俺にも分からんから」

 俺は、魔術については詳しくない。

 というか、現代人は俺と同じくらいしか魔術に詳しくないと思う。

 木戸もあまり詳しくはないと思う。

「防犯カメラというものが、魔術にどのように影響されるのかが分からないんですよ」

 サモナーの言葉に、俺は「なるほど」と思った。

 現代技術に魔術がどのような影響を及ぼすかなんて、サモナーは分からなくて当然だ。

「実験してみるか?お前の召喚獣がスマホに映るかどうか試すとか」

「殺人鬼の異世界人がどんな魔術を使っているか分からないので、その実験は無意味なんです」

 サモナーの言葉ももっともである。

 俺は、どうするべきか悩んだ。

 悩んだが、答えはでなかった。

 そんなとき、俺と木戸の携帯が鳴った。俺たち二人がそろって携帯を見ると、無料アプリで赤井からメッセージが送られてきていた。

『たすれよ』

 たぶん、助けてだと思う。

 赤井がこんな誤字を送ってくるのはめずらしい。というか、たぶん初めてのことだと思う。そして、いつまでたってもスタンプの一つも送ってこない。

「……木戸。赤井が危ないかもしれない」

 こんなふうなメッセージを赤井が送ってきたことはない。

 エナが見よう見まねで助けを求めたと考えた方がしっくりと来た。エナは周囲に気軽に助けを求められるタイプの性格はしていないが、無理を押し通すようなこともしないだろう。特に、怪我をしている今の状態であれば。

「赤井の家って、どこだよ」

 木戸の言葉に、俺は答えた。

「俺が知っている」

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