第10話死神の話

 俺が引き合わされたのは、異世界人の魔力提供者となっている高校生だった。家庭訪問前にこのような場が設けられたということに、俺はいら立ちを感じる。無言で、知らない異世界人の魔力提供者になれと言われているような気がしたのだ。

 俺の通う中学校に来た先輩ともいえる魔力提供者は、若干緊張しているようだった。知らない中学校に単身で乗り込んできているのだから、無理もない話だった。いや、単身ではない。彼の隣には、彼が魔力を提供する異世界人がいた。

 小さな女の子だった。

 マリーという名前らしい。

 表情が乏しい、人形のような子だと思った。ただ彼女は拳銃のようなものを持っていて、こんなに小さいのに戦うのかと私は少し不安に思った。異世界人のほとんどが戦える手段を持っていると聞いていたが、自分よりも幼い子もそうだと突き付けられると恐怖と言うよりも違和感を感じる。そして、その違和感が彼らが本当に別世界からきたのだと実感させる。

「魔力提供者の話、断ってるんだよな」

 高校生は、俺に確認をとった。

 口調はぶっきらぼうなので、高校生にありがちな「格好をつけたがる男の子」なのだろう。ちなみに、マリーは校舎の窓から外の風景を見ている。俺と高校生のやり取りに全く興味を抱いていない様子である。

「ああ、興味ないから」

 俺は、そう答えた。

 事実である。

 エシャ以外の異世界人には興味を持ってないし、持つつもりもない。本当ならば、俺がエシャの魔力供給者になりたいのに。

「異性怪人にとって魔力供給者は貴重なんだ。魔力がぴったりと合うのは一人しかいない」

 高校生は、そう言った。

 俺は、ふとエシャがどうして自分の魔力供給者を探そうとしないのかが気にかかった。もしかしたら、異世界人でも魔力が合う合わないは区別がつきにくいのだろうか。

「どうして、俺が見知らぬ異世界人と魔力が合うってわかってるんだよ」

 俺は、高校生に対してそう質問した。

「ああ、異世界人には自分と合う魔力の現代人が分かるらしいんだ。マリーもすぐにわかって、俺のところにすぐに来たぐらいだし」

 俺は、目を見開いた。

 俺が、エシャと出会ったのは「出会いの日」のことである。異世界人が、現代へとやってくるようになった日だ。

どうして、エシャが俺の側にやってきたのか。

俺は、それを今のいままで考えなかった。

「……そんなに正確な居場所がわかるのか?」

 俺の疑問に答えたのは、マリーだった。

「分かるわ」

 彼女は、感情を浮かばせない瞳で答える。

「だって、自分の力の源なのよ。いつも繋がっていたような気がするのよ」

 静かな瞳で、彼女は俺を見つめていた。

「むしろ、なぜ分からないと思ったの?」

 その言葉が、すべての答えのような気がした。

 俺とエシャが「出会いの日」に遭遇したのは、偶然でもなんでもなかった。俺の近くに、エシャの魔力提供者になりうる人がいたのだ。なのに、どうしてエシャは未だにその人間に魔力提供を願わないのか。人を殺し続けるよりも、ずっとリスクが少ないのに。

 きっと、できないのだ。

 エシャの魔力提供者は、もう死んでいるのだ。

 なんで、今までそこに考えつかなかったのだろうか。

 エシャの魔力提供者は、俺の父親だったのだ。

 俺は、茫然としていた。

 たどり着いた答えが、あまりに残酷すぎて。

「もしも……もしもだぞ。魔力提供者が、先に死んだらどうするんだ?」

 俺の疑問に、マリーは眉を顰める。

 それが、俺が見た彼女の唯一の感情であった。

「死にますよ。私は、一度死んでいますし。この世に未練なんか、ないんです」

 マリーの視線は、再び外の景色に向いていた。

 小さく――本当に小さく彼女の唇が動く。

「死ねて、清々していたのに」

 その言葉に、高校生は気が付かないようだった。

 だが、俺は気が付いてしまっていた。

「清々ってなんだよ」

 俺は、拳を握り締める。

 エシャのようにやりたいこともあって、それでも殺されてしまった異世界人もいるというのに。目の前のマリーという少女は、あまりにも傲慢だった。

「生きたかったのに、生きられなかった人間もいたんだぞ」

 俺は、マリーをにらみつける。

「そういう人間も確かにいたと思いますよ。ですが、私は違います」

 高校生は、俺とマリーの間でおろおろとしているばかりだった。そんな情けない魔力提供者をしり目に、マリーは語る。

「私は、聖なる殺人鬼の子供たちです」

「なんだよ、それ」

 高校生は、聖なる殺人鬼の名前を初めて聞いたらしかった。

 でも、俺には聞き覚えのある名前だった。

 エシャの別名だ。

 エシャが殺人鬼として、忌み嫌われていたころの名前だ。

「昔、聖なる殺人鬼と呼ばれる人間がいたんです。その人間が管理していた孤児院の出身なんです。もっとも、聖なる殺人鬼は何百年も前の人物ですけど」

 俺は、マリーの話を何にも思ってないふうに聞いた。

 俺の些細な表情から、エシャの情報が洩れたらまずいと思った。

「おい、どうして何百年も前の殺人鬼とマリーが繋がるんだよ」

 高校生は、マリーに尋ねる。

「聖なる殺人鬼が所有していた孤児院をそのまま引き継いだ教会のお偉いさんが、施設を教会のための暗殺者養育所にしたんですよ。聖なる殺人者が管理していた孤児院ですからね。次の殺人鬼を育てるのは、楽だったと聞きました」

 マリーの言葉は、淡々としていた。

 彼女にしてみれば、何百年も昔の話である。

 だが、俺からしてみればエシャの死後すぐに起こったことだった。エシャの死後、すぐに彼の孤児院はエシャの後任を育てる施設に代わってしまったのだ。エシャが望むような未来などなかったのだ。そして、それは数百年も続くことになったのだ。

「お前も殺人鬼なのか?」

 俺は、マリーという少女に尋ねた。

 マリーは頷く。

「はい。殺す方法しか、教えられませんでした。だから、私は死ねてうれしかった。もう、仕事をしなくていいはずだったんですから」

 だが、マリーという少女は現代にやってきてしまった。

 そして、自らの足で魔力提供者を探し出した。

「死ねて、うれしかったのにか……?」

 俺の疑問に、マリーは不満げに答えた。

「聖なる殺人鬼の子供たち……私たちには守らなければならない掟があるのです。殺されるまでは生きる、という」

 マリーはその教えを先輩たちから、散々叩き込まれた。

 そのせいもあって、自分から死を選ぶという行為は思いつかなかったらしい。現代にやってきたときも状況を把握し、できるだけ早く魔力提供者を探し出したという。

「骨の髄までしみ込んだ教えは、もはや自分一人ではどうにもすることはできません」

 マリーは、そういった。

 高校生は、なぜかマリーの頭をなでていた。

「何するんですか?」

「いや……お前が生きててくれてよかったなぁと思って」

「死んでます」

 マリーの言葉に、高校生は黙った。

 今のは、圧倒的にマリーが正しい。現代に来ている時点で、異世界人は死んでいるのだ。

「――……ともかく、あなたの異世界人は死にたくはないんだと思います」

 政府を頼ってまで、自分の魔力提供者を探している。

 マリーは、そう言った。

 そこまで聞いて、これは不器用な彼女なりの説得だったのだと俺はようやく気が付いた。

「よく考えてください。あなたは、一人の命の全権を握っているのですから」

 マリーはそう言ったが、やはり俺はそんなものは投げ捨てたかった。

 代わりに、別のものがもらえればよかったのに。

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