第9話サモナーの話

 赤井のアパートに、エナは寝かされていた。

 回復するにはもうしばらく時間がかかるらしいが、基本的に異世界人は魔力を提供すれば治る。そのため、入院や通院の必要はない。逆に魔力提供者のほうが、魔力を提供しすぎて疲弊する場合が多かった。

 赤井も例にもれず、少し疲れ気味だ。

「ちょっと貧血っぽくて」

 お見舞いの焼き菓子を渡すと、赤井は笑顔になった。たとえ、貧血であっても甘いものは嬉しいらしい。

「ちょっと食べて行ってよ。エナは、こういうの嫌いだし」

「そうなのか?」

 赤井の部屋に上がらせてもらうと、エナは部屋の奥の簡易ベッドに寝かされていた。目は覚めているようだが起き上がらないので、やはり傷は深いらしい。

「サモナーは焼き菓子程度ならば食べるから、エナなら余裕だと思った」

 もっともサモナーも焼き菓子が好物というわけでもない。

 彼には、焼き菓子でさえ甘みが強すぎるのだ。前におやつに何を食べていたのかと尋ねると「果実と木の実」という答えが返ってきた。だが、よく考えれば江戸時代でも卵は貴重品だったわけで、それらを使用する焼き菓子もサモナーたちの時代ではとんでもない贅沢品だった可能性が高い。

「エナの時代には、焼き菓子はそれなりに普及してたらしい。もっとも、エナ自身が嫌いなだけだ。女子供の食べ物って言って嫌ってる。まぁ、私が食べて回復して、その魔力を注ぎ込んでやるけどな」

 赤井は意地悪そうな顔をして、起き上がれないエナのほうを見る。

 俺は赤井が用意してくれた、紅茶に口をつけた。

「それで、甲冑男の話はそれから聞いたか?」

 赤井は、本題に入った。

 俺は、首を振る。

「あれから、三日と経ってないからな。大人しくしてるみたいだ。ただ、気になることもあって」

 俺たちが追っていた殺人鬼は、首と胴体を綺麗に切り離していた。その切り口は、見事なものだと聞いている。だが、甲冑男にその所業ができたのかと思うとちょっと疑問に思うのだ。

「首と胴体を切り離すなんて、並外れた腕力じゃないとできないだろ。でも、甲冑男の正体は老人だった。魔術で強化されたとしても、それほどの力だせるものなのか気になって」

 万が一、そんな怪力を出せるとしたら魔法なんかに頼らずともエナを圧倒できたと思うのだ。

「私も、そのことは疑問に思ってた」

 赤井も、俺と同意見だった。

「首と胴体を切り離すやり方は……聖なる殺人者が好んで使っていた方法だ」

 俺たちの会話に、エナが混ざる。

 起き上がることはないので、回復できたわけではないのだろう。

「聖なる殺人者?」

 サモナーは、首を傾げた。

「俺より少し前の時代にいた殺人者だ。首を刈り取る特徴的な殺し方で、犯人は田舎の聖職者だったという話だ」

 エナの全盛期よりも少し前ということは、サモナーが知らなくて当然の名前である。エナによれば、一時期は夜の街を振る上がらせた殺人鬼であるという。

「聖職者なのに首を狩り取っていたの?」

 赤井の疑問に、エナは「俺たちの時代では、首を落とされる死は名誉の死とされていた。もっとも、罪人に限った話だがな」と答えた。分かりにくかったので、もうちょっと突っ込んだ説明を求めたら、どうやらエナの時代の死刑では複数のやり方があったらしい。

「一番名誉の死が、ギロチンをつかった斬首。二番目が首つり。三番目が火刑だ」

 どれも苦しそうなので、俺と赤井は言葉に詰まる。

 サモナーも目を白黒させていた。

「サモナーの時代には、死刑とかなかったのか?」

 ひっそりと俺は尋ねてみる。

「あった……とは思いますが、僕がものすごい田舎育ちなんでそういうことを耳にする機会はありませんでした。あっても、村を追放とかそういう感じで。村を追放されたら実質死刑と似たような感じなんですが」

大抵はオオカミに襲われますし、とサモナーは言う。

 サモナーが生きていたころの自然環境が豊すぎることを俺は失念していた。

「あっ、でも村人が暴走して無実の人間の家に火を放つとかはありましたね」

 サモナーが、ぽんと手を叩く。

 それは、死刑というよりは私刑である。

「エナ、聖なる殺人鬼の外見は知ってる?」

 赤井は、エナに尋ねる。

「見たことはないが、背の高い男だと聞いたことはある。老人という話は聞いたことがない」

 ならば、俺たちが戦った甲冑男は聖なる殺人鬼ではないようだ。

「私たちは、殺人犯とは違う異世界人と遭遇した。そういう可能性もあるのか」

 赤井は、ため息を漏らした。

「あの甲冑男……剣の形状からして、かなり古い時代の死者だ。甲冑もそう考えれば、納得がいく。俺が見たことがないものだった」

 エナは、そう断言する。

 俺たちとしては、エナが俺たちとは別方向のアプローチで甲冑男の死んだ年代を測定してくれていてほっとしていた。

「サモナーは、甲冑男に思い当たる節はない?」

 赤井の質問に、サモナーはびっくりしていた。

「あの……えっと。そういえば、地獄って言ってましたよね?」

 サモナーの言葉に、俺たちは首をかしげる。

「言ってたけど」

「地獄って、聞かない言葉だったので……ええっとヒントになるかなと思ったんですが」

 エナに確認をとってみると、彼は地獄と言う言葉を知っていた。

「地獄を知らないか……異教徒め」

 エナは、舌打ちした。

 隠そうと思っていた事案が、意外なところからバレているような気がする。

「エナ、そういうふうなことを言わない!大体、宗教なんて国や時代ごとに違って当然だろ」

 赤井はエナを叱ったが、彼はしかめっ面で「俺たちの時代には、ほぼ宗教も言語も統一されていた」と言い返した。

「まったく……。話を戻すけど、甲冑男は地獄という言葉を使っていたからエナたちの宗派に属する人間の可能性が高いわけね」

「そうだと思います」

 赤井の言葉に、サモナーは頷く。

「ただ、そうなると矛盾も……。もうエナにバレてしまったので隠しませんが、甲冑の人は魔法を使っていました。その魔法は異教徒のもののはずなので、矛盾がでるんです」

 サモナーは、赤井に魔法というのは魔術と違っていてエナ達の宗派では禁じられていたものであると説明した。そして、サモナーの時代で断絶してしまっていることも。

「じゃあ、甲冑男はエナ達の宗派の人間で、しかも禁止されていたはずの魔法まで使っているってわけか。なにそれ……」

 意味が分からない、と赤井は呟く。

「僕よりも前の時代なら、魔法が認められていた時期があるかもしれません」

 サモナーは、自信なく呟く。

「でも、断絶させるほど忌み嫌っていたんだろ。魔法の習得を許可されてた時代があるとは思えないぞ」

 俺の意見に、赤井も頷く。

「とりあえず、魔法使いの条件を教えて」

 赤井の要請に、サモナーは頷いた。

 エナは、面白くなさそうである。

 彼が弱っているときに、サモナーが魔法使いだとバレたことが行幸だったのかもしれない。

「はい。魔法は、自分の中の魔力を使います。これだけの魔力を持っている人間は少なくて、そのため魔術と違って誰でもできるという利点がありません。あとは、ほぼ魔術と同じ感じでしょうか」

 その説明に、待ったをかけたのはエナだった。

 あまりに珍しいので、サモナーはびっくりしていた。

「おい、自分のなかの魔力を使うのが魔法ならば、この世界で生きている間は他人の魔力を当てにしなくてもいいということなのか?」

 エナの言葉をサモナーは考える。

「……そういうことになるかもしれません」

「だとしたら、前提条件が崩れる可能性がある」

 赤井は、言葉に俺は頷いた。

 盲点だった。

 サモナーの話を聞いた時点で気が付くべきだった。

「異世界人は、魔力を持っていない。持っていないから、現代人の魔力を補充する必要がある。だが、魔法使いは魔力を自分の中に持っている――そもそも現代人を殺す必要がない」

 俺の言葉に、サモナーははっとする。

「そうです。そうでした……」

「自分の生存のために現代人を襲うっていう前提条件が、甲冑男には当てはまらなくなる可能性がでてきたか……」

 俺と赤井は、頭をかかえる。

 全く新しいタイプの異世界人と言っていい。

「それにしても、どうして今さら新しいタイプなんて出てきたんだ」

 俺のつぶやきに答えたのは、サモナーだった。

「こちらに来た異世界人は、全員が魔術師です。ですから、そもそもこちらに来る前提条件に魔術師であるということが必要なのかもしれません。魔術師で魔法使いという条件になると、当てはまるのは本当に少数だと思います」

 サモナーの言葉には、現実味があった。

たしかに異世界人で魔術を使えない人間は、今までいなかった。そうなってくると魔術師であるというのが、異世界人が現代にやってくる前提条件である可能性は高い。そして、魔術と魔法が入れ替わるように普及したのならば、双方を習得している人口はかなり少ないはずだ。

「とりあえず、うちのエナはしばらく動けない。本人は大口叩くけど、回復には時間がかかるのは間違いない」

 赤井は、そう言った。

「そうなってくると、俺たちが組めそうなのは木戸とマリーコンビか」

 エナは性格はともかく腕は確かなので率先して組みたい相手なのだが、今回ばかりはしかたがないだろう。木戸たちとは別のコンビを頼るという選択肢もあったが、今回の敵のことを考えれば前に組んだことのある人間のなかから選ぶのが一番だ。木戸たちは、赤井たちの次にサモナーと戦闘では相性の良いコンビでもあるし。

「稔君が、学生で動ける時間が限られてくるのがネックだな」

 俺の不安を、赤井が代弁する。

 そればかりは、何とかするしかなかった。

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