第8話死神の話
中学校の先生が、俺の家に家庭訪問にくることになった。
どうやら、俺の父に問題があることを聞きつけたらしい。そんな問題はすでに解決しているというのに、と俺は思った。だが、断るわけには行かない。
俺の父親は、生きているということになっているのだ。
実際には、俺の父を語るエシャなのだが。
エシャに、家庭訪問のことを伝えた。エシャは、家庭訪問を快諾した。エシャの魔術は優秀だった。誰一人として、エシャの本性を見抜くものはいなかった。エシャ曰く、彼よりも魔力を持っている異世界人は彼の変身を見抜いてしまうらしい。
「ただ、私は魔力をもっているほうなので……心配はいりません。こちらに来てからの魔力の補充も最低限ですんでいますし」
魔力の補充というのは、殺人のことだろう。
俺の周辺では、不可思議な殺人事件が起きて始めていた。きっと、その犯人はエシャなのだろう。
「心配はいりませんよ」
エシャは、いつもの通りに笑った。
俺は、日常にマヒしていた。
というよりも、やっと手に入れた安心と安定を手放したくはなかった。
俺は、ズルい人間だった。見ず知らずの俺のために働き、家族ごっこに付き合ってくれているエシャのほうがずっと善良だ。たとえ、彼がどのような手段で魔力を手に入れていたとしても――俺は彼よりもずっと醜い存在であろう。
やはり、俺は父親の子供なのだとこういう時に実感する。
屑としか表現できない父親と同じように、俺は他人に寄生して生きている。時より、そのことが恥ずかしくてたまらなくなる。
「エシャに本物の魔力提供者が現れればいいのに」
そうすれば、エシャは自由になれる。
俺のつぶやきをエシャは聞きつける。
「あなたは、自分のことが私の重荷になっていると思っていませんか?」
エシャは、俺に視線を合わせて尋ねた。
彼は、かなり上背がある。
そのため、小柄な俺と目線を合わせようとすると屈むような格好になる。それは、小さな子を相手にするような仕草でちょっと恥ずかしい。
「重荷だろ」
俺は断言する。
俺がいなければ、エシャは自由になれた。
「重荷で当たり前です」
エシャは、俺の頭をなでる。
「あなたは、この世界では中学生と言う庇護を必要とする歳です。私の世界では、そりゃまぁ大人として扱われることもある年齢でしたけど……今の社会があなたを子供と定義しているならばあなたはそれに甘えていいのです。むしろ、定義しておいて守れない社会ならばそんな社会は社会ではないのです」
エシャは、俺を抱きしめた。
背ばかり高くて、痩せているエシャの体。
けれども、すごく暖かかった。誰かに抱きしめられたのは、いつぶりのことだったのだろうか。俺は、一瞬だけ泣きそうになった。
「おまえは……幸せな子供時代をおくれたのか?」
俺の疑問に「あまり長くはありませんでしたけど」とエシャは答える。
それでも、エシャは笑っていた。
きっと幸福な子供時代だったのだろう。
「それに、私の時代はそれほど子供に対して優しくはない時代でしたし。それでも、子供の私に優しくしてくれる人がいたんです。私は、それを返したいだけなのです」
エシャは、ずっと同じことばかりをいう。
でも、これがエシャの本心だとしたら――聖人君子というのはエシャのことをいうのかもしれない。
俺は、拳を握る。
エシャが、俺の魔力で満足することはない。だって、俺とエシャの魔力の相性は悪いのだ。エシャは俺と一緒にいる限りは、望まない殺人を犯し続ける必要がある。
だから、俺も同罪になろうと思った。
実は、俺に異世界人の魔力提供者になるという話がきていたのだ。もちろん、エシャとは別人である。政府に保護された異世界人は、俺が魔力提供者にならなければ、きっと魔力不足で消えてしまうだろう。
二度目の死だ。
その死は、明確な理由は「俺が魔力を提供しなかった」からだ。
でも、それでいいのだ。
エシャは俺といるために、誰かを殺している。
なのに、どうして俺だけが無罪でいられるのだ。
たとえ直接手をくださなくとも誰かを殺さなければ、俺はエシャの側にはいられないような気がしていた。
「そういえば、私は元々は神父だったから感じたのかもしれませんが……この国って宗教的な施設が少なくありませんか?」
エシャが、急に話題を変えた。
きっとこれ以上は暗い話をしたくなかったのだろう。
根が楽天的というか――結構明るい人間なのである。
「結構あると思うぞ。街に教会だってあるし、神社も寺もあるし」
俺が指折り数えると、エシャはびっくりしていた。
「そんなにあるんですか?でも、あなたは通ったりしてないですよね。私に遠慮しているならば、気にしなくていいですから」
「俺は無宗教だから」
エシャは首をかしげる。
生活と宗教が密接していた中世みたいな世界観から来たエシャにとって、現代人の俺の無宗教は難しい概念のようだった。とりあえず、神様を信じていないことは伝える。
「それで、村八分みたいなことはされないのですか?」
「されないよ。エシャの世界では、そんなことされたの?」
「されましたよ。神を信じないものは、厳しく責められました。別の神を信じるものたちとも、兵士が戦っていました。そして、神を信じる聖職者のなかでも己の地位を守るために暗殺がはびこっていました」
宗教戦争や聖職者の腐敗。
そういう時代に、エシャは生まれたらしい。
「エシャは、子供の時から神父になりたかったの?」
だとしたら、よくそんなものに憧れたものである。
「私は、教会の孤児院で育てられたのです。それで親代わりの神父が亡くなったので、代理を……孤児院もそのまま引き継ぎました」
そこでエシャは、俺よりも小さな子供たちの面倒を見ながら暮らしていたらしい。俺をやたら小さな子ども扱いするときがあると思ったが、どうやら前からの癖のようだ。そして、面倒見の良すぎる性格もそのときに育まれたらしい。
「楽しい毎日でした。私は正式には神父の資格を持っていなかったし、年齢も若すぎました。けれども、田舎の教会でしたから色々と誤魔化しながらやっていました」
つまり、違法に教会を運営していたらしい。
それでも、田舎だったのでお咎めはなかったという。
「無茶苦茶だな」
「そうですね……だから、目をつけられてしまった」
エシャは、眼を伏せる。
悲しそうな顔であった。
「教会の運営が中央の人間にバレまして、正式な神父がやってきたんです。私は、そのまま教会の下働きとして働かせていただけることになったのですが……」
新しく来た神父は、傲慢な人間だったという。
孤児院の子供たちを人間扱いはせずに、年頃になれば都会の人買いに売り払う計画を立てていた。エシャを残したのは罪が発覚したときに、罪を擦り付けるためだったという。新しい神父にとって、エシャは無知な若者に過ぎなかった。だから、簡単に騙せると思っていたらしい。だが、エシャは育ての親から教育を受けていた。それこそ、教会の運営を誤魔化し誤魔化しでもできるぐらいには。
エシャは新しい神父の企みを見抜いて、怒った。
怒りのままに、新しい神父を殺してしまった。
俺の父親のときのように、隠ぺいはできなかったらしい。エシャは死刑になると覚悟したが、教会の人間はエシャを生かした。それどころか田舎の教会の神父の役職を与えて、魔術を学ばせた。
魔術を学んだエシャは、教会の上層部の依頼通りに殺人を犯すようになっていた。
昼は善良な顔をして微笑み、夜は人を殺す。
普通だったら耐え切れないような日常が続いたが、エシャの心は壊れなかった。最後まで正気を保ち続け、最後には「聖なる殺人鬼」と忌み嫌われて殺された。エシャを殺したのは、当時としては警察の役割も担っていた軍の一人らしい。
「私の死後も……孤児院と教会が残ったかどうかだけが心配です」
俺は、黙る。
本当ならば、エシャは自分よりも未来で死んだ異世界人に自分の教会がどうなったのかを聞きたいだろう。だが、正体を隠している今はそんなこともできない。
「あっ。でも、私が心配するようなことにはならなかったかもしれないんですよ。当時の子供たちは結構したたかでしたし、私もできる限りの学は授けていましたし」
エシャは、俺を元気つけようとしていた。
「それに、今の生活が私は結構好きなんです。ほら、子供がいると生活に張りが出るでしょう」
「おい、俺を小さい子扱いするな!」
俺は、エシャの手を払った。
照れ隠しだった。
そんな照れ隠しを見抜いたかのように「すみません」と言って、エシャは苦笑いする。
俺も、なぜか笑っていた。
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