第5話サモナーの話

政府から、仕事の依頼が来た。

 複数発生している殺人事件が、警察によって同一人物の異世界人だと判断された。そして、その犯人を警察と共に探すように命令されたのだ。もっとも、俺たちには警察のような組織力はないので「見つけたので、戦って倒してくれ」と警察に言われるまでは、やることがない。だが、ただ待っているだけともいかずに、俺とサモナーは被害者が発見された現場へと向かった。

 犯人を捜すのは警察の役割だが、警察は犯人の異世界人はどのような戦い方をするのかまでは探ってはくれない。そもそも警察は異次元人同士の戦いのプロでもない。サモナーは強力な魔術師であるが、弱点も多くある。その弱点をえぐられないためにも、少しでも敵のことを調べる必要があるのだ。

「トンネルですね」

 サモナーは、俺の背中の後ろからトンネルのなかを見つめていた。

 都会からほど近いが、ちょっと外れたところにあるトンネルである。トンネルといっても、トラックなどの大きな車は入れないトンネルだ。歩道の隣には車道があり、人がいないときでも車のうるさい排気音が鳴り響いていた。周囲は発展している都会なのだが、何分何年も前に作られた道路やトンネルだけあって現代の利便性とあまり合っていないように思われる。

「襲われたのは、夜中か」

 正確には、深夜二時ごろという話だ。

 今は昼なので車の音がうるさいが、夜中であれば車の数はかなり減っているだろう。襲われた時に、被害者は酔っぱらっていたという。きっと近くの店で飲んでいたのだろう。その酔っ払いの首を加害者の異世界人が刈り取ったらしい。

 刈り取ったというのは、文字通りの意味だ。

 被害者の首は、鋭利な刃物で綺麗に切られていたという。警察は、包丁でキュウリを切ったような断面だったと言っていた。遺体の写真は見せてもらっていなかったが、その説明で何となく遺体の状態が分かった。首には骨があるので、綺麗な断面で切り取るというのは現実的ではない。

「なぁ、どうやって異世界人は首を切ったんだと思う?」

 サモナーに尋ねると、彼は若干嫌そうな顔をした。

 おそらくは、遺体の様子を想像したのだろ。生前は自分で野生動物を捕まえて食べたことがあるサモナーだが、人間が関係するグロい話は苦手なようだ。それでも、サモナーは冷静に分析を行う。

「……魔術で筋力を強化すれば、可能だと思います。あるいは、僕が知らない武器を使っているか」

 サモナーは、古い死者である。そのため異世界人たちが持っている武器に関しては、知らないことが多い。それでいて、魔術については知っていることがかなり多い。こういうところが、優秀だと思ってしまう。だが、同時に疑問に思うこともある。

「お前がいた時代は、こっちでいうところの平安時代ぐらいなんだよな。武器が変化しているのは理解できるんだけど、それだったら魔術はどうしてあんまり変化していないんだ」

 サモナーたちの世界において、魔術は科学と同じような扱いだったらしい。平安時代の科学に当たるものは陰陽師だと思うから、現代とはずいぶんと開きがある。こっちでいう平安時代ぐらいに死んだサモナーが、現代の魔術まで分かるのは前々から疑問だった。

「僕も予測でしかないんですけど、たぶん魔術は魔法と分離したときから基本的なやり方が変わってないんだと思うんです」

 サモナーの言葉に、俺は首をかしげる。

「魔法?すまん、魔術と何が違うのかが分からない」

 そういえば、サモナーたち異世界人は魔術を決して魔法とは言わなかった。俺たち現代人としては何が違うのかも分からないし、さほど興味もなかった。

「えっと、魔法というのは……」

 サモナーは「説明が難しいです」と呟く。

 だが、数分後にはぽんと手を叩いていた。

「あっ。魔法は、本当に才能ある一握りしか使えないんです。魔力がたくさんあるような。でも、魔術は別の場所から魔力を調達するので、誰にでも使えます」

 つまり、魔術というのはどんな人間でも使用できる技術のようなものらしい。その基本理論がずっと変わらなかったために、サモナーは自分が死んだあとの魔術も分かるらしい。

「つまり、エナとかは魔法は使えないんだな」

「はい。というか……魔法の存在を知らない可能性があります」

 その言葉は、俺のとって意外だった。

 魔法というのは、ロマンがあるので伝わっていそうだったからだ。陰陽師も現代では信じている人間はいないが、そういうものはあったということは知られているし。

「魔法と言うのは、僕の時代ですでに……」

 サモナーは言葉を切った。

 俺たちがやってきた方向から、男がやってきたからである。現代人ではない、と一目見ればわかった。甲冑を着込み、剣まで刺した格好だったからである。顔まで鎧でおおわれているため、顔立ちは分からない。だが、その恰好から彼が異世界からやってきたばかりの異世界人だと分かった。異世界人は最初こそ元の世界の服装をしているが、その不便さから現代の服を身にまとうようになるからである。

「うぉぉぉぉ!!」

 甲冑の男は、獣のように叫んだ。

 その叫び声に、サモナーはびくりと体を震わせた。

「地獄か……地獄か……ここが地獄か!!

 甲冑男は、剣を抜いた。

 銀色にきらめく剣は、まっすぐにサモナーの方に向かってくる。

「うわぁ!!」

 サモナーは驚いて、しゃがんでしまった。けれども、それが幸いして甲冑の男の剣は、サモナーの頭上を素通りする。代わりに切断されたのは、俺が作った杖だった。

「サモナー、逃げろ!」

 俺は声をかけるが、腰が抜けているサモナーは動けない。甲冑男はさらにサモナーに剣を振るうが、その剣が届く前に俺は甲冑男に自分のカバンを投げつけた。甲冑男は、それに怯んだ。パソコンを入れているから、それなりに重いだろう。十万円ぶんのパソコンが壊れたかもしれないけど。

「サモナー、逃げるぞ」

 俺はサモナーの手を取って、逃げ出そうとする。

「あの、僕は死者なので……あなたが命をかけて助ける理由には」

「アホ!」

 俺は、サモナーを怒鳴った。

「子供が生きることをあきらめるなよ!」

 生前はすでに成人していたサモナーだが、俺にとっては彼はまだ子供だった。

 俺は、自分の背後を振り返った。

 甲冑男は、俺たちを追っていた。

 しかも、甲冑男は重い甲冑を着ているのに足が速い。俺の後ろを走っていたサモナーに、もう追いつきそうになっていた。

「くそっ!」

 俺はサモナーを引き寄せ、サモナーをそのまま地面に押し倒した。俺は、その上に覆いかぶさる。

「ユキ!」

 サモナーの叫び声が聞こえた。

 バカな行動だと思っているのだろう。

 サモナーは死者だ。

 俺は生者だ。

 だから、サモナーを庇うのもバカらしいとサモナー自身が思っているのだろう。けれども、俺の目にはサモナーは子供なのだ。だから、助けたいのだ。

「バカが!」

 力強い声と共に、俺たちの上を刃が走った。

 それは、見覚えのある刃だった

「エナ……」

 俺は、恐る恐る顔を上げる。

 そこにいたのは、エナと赤井であった。

「二人とも無事?」

 赤井は、俺たちに声をかける。

「ああ、怪我はない」

 大剣を引き抜いたエナを恐れてか、甲冑男は距離をとっていた。

 俺はサモナーに手を貸して、彼を立たせる。サモナーにも、怪我はないようである。

「あれが、今回の犯人か?」

 エナの言葉に、俺は首を振る。

「分からない、突然、攻撃を受けた」

「エナ」

 サモナーは、杖を握り締める。

「もう少し広いところならば、援護できます」

 サモナーの言葉に、エナは答えなかった。こういうときに彼がサモナーとちゃんと込みにケーションをとってくれると助かるのだが、頑なエナにそれを望んでもしかたがないのかもしれない。

「エナ、トンネルからたたき出しな」

 赤井は、エナに銘ずる。

 赤井は戦う人間ではないが、魔力提供者の言葉はエナにとっては絶対である。彼は剣を構えて、甲冑の男と対面する。

「三十秒で終わらせる」

 エナは、そう呟く。

 もともと武人であったというエナの剣は、彼と共に異世界からやってきたものである。剣の刃部分が広く、柄の部分も長い。全体が二メートルほどもある大剣をエナは掲げている。この剣は、エナの時代では愛用者が多い剣らしい。だが、甲冑男の剣はエナのものよりもはるかに細い。彼が来た時代は、エナとは別の時代のようだ。

 エナが、甲冑男との距離を詰める。

 そして、思いっきり振りかぶった巨大な剣を甲冑男に叩き込もうとした。だが、剣が甲冑男に届くことはなかった。

「なんだ!?」

 エナの剣が、見えない壁にはじかれる。

 驚くエナの顔を見たサモナーは、はっとする。

「魔術です。防御の魔術ですから、そんなに長くは持たないはずです」

「でも、エナの攻撃は連続的にはできない」

 赤井は、爪を噛んだ。

 エナの剣は大きいが、大きいために小回りが利かない。そのため一度よけられてしまうと次の一手に繋げづらいのだ。

「――僕は、世界を作り出す。――その世界は栄え、生命は命を謳歌する。――その生命の一瞬をここに!」

 サモナーは、呪文を唱える。

 その言葉が、異世界から獣を呼び出す。

 現れた獣は、小指の爪よりも小さな虫であった。ハエのような外見であり、虫が苦手な人間が見たら背筋が寒くなりそうなものだった。ちなみに、俺も虫は苦手だから「うっ」と小さく悲鳴を上げた。一匹ならばそこまで気持ち悪くない程度の虫のだが、サモナーが呼び出したのは大量の虫である。それこそ、虫が集まって霧に見えるような。 

サモナーは、虫を甲冑男に向かわせた。

大量の虫が、甲冑男に向かう。それは、目くらましとなった。

エナは、その隙に甲冑男から距離をとる。

「助かった」

赤井は、サモナーに声をかける。

エナの代わりだろう。

「ですが……同じ手は使えませんよ」

サモナーは、真剣に呟く。

サモナーは小物が呼び出せないわけではないが、使い方が限定される。目くらましが精々なのである。

「うぉぉ!」

エナは吠えて、そのまま甲冑男に体当たりする。ちなみに、甲冑男の周辺には虫の群れがいた。そのため、エナは自分から虫の群れの中に突っ込んでいったことになる。俺だったら絶対にできない荒業だった。だが、その荒業にも意味があった。

甲冑男が、エナと共に転倒したのだ。

「私ごと攻撃しろ!!」

 エナは、叫んだ。

 だが、サモナーはそんな手段は持っていない。彼の召喚術には、時間がかかる。一瞬のチャンスをものにするのは難しいのだ。

 エナは舌打ちして、甲冑男を殴りつけようとした。そのため、エナはまずは顔を覆う鎧をはぎ取った。

「なっ……」

 そこから現れたのは、老人であった。

 俺としても、驚きである。七十代ぐらいの老人が甲冑をかぶって、剣を振るっていたことが驚きだった。

「ここが、地獄だ」

 老人は、そう呟いた。

「エナ、離れてください!……魔法が来ます!!」

 サモナーは、俺と赤井の前に立つ。

「おい!」

 俺はサモナーを止めようとするが、彼は微笑む。

「大丈夫です。僕も……魔法使いなんです」

 サモナーは、折れた杖の先を老人に向かる。

 その杖の先から、銀色の扉が現れる。

 サモナーとは割と長い付き合いだと思っていたが、こんな魔術は初めて見た。まるで天国への扉のような、美しい模様が掘られた銀の扉。その扉が、俺たち前に現れる。

 開かれることのない、扉。

 その扉が、俺たちを守った。

 老人が放ったのは、火炎だった。

 まるで火事のような火力に、俺と赤井は思わず顔を守る。だが、炎が俺たちの元に届くことはない。熱さえも、俺たちのところには届かなかった。

 しばらくすると扉が消えた。

 サモナーは、肩で息をしていた。

 こんなふうに疲れ切ったサモナーは、あまり見たことはなかった。

「赤井さん、はやくエナに魔力を!」

 サモナーは、叫ぶ。

 赤井は腰を浮かしたが、俺は赤井の腕をつかんだ。

「今出てったら、危ないぞ」

「大丈夫です」

 俺の疑問に答えたのは、サモナーだった。

「あの甲冑の人はいなくなったと思います」

「どうしてわかるんだ?」

 俺は、サモナーに尋ねる。

「勘というのでは、だめですか?」

「それで、赤井を危険にさらせない」

 俺は、サモナーの頭をなでた。

 サモナーは、不思議そうな顔をする。成人したのが早かったせいなのか、どうにもサモナーは自分が子ども扱いされることに慣れていないようだった。

 銀色の扉の前に出たのは、俺だった。俺は、甲冑男がいないことを確認した。そして、エナが倒れて動けなくなっていたのも見つけた。

「赤井!」

 俺はすぐに赤井を呼んで、エナへの魔力提供をしてもらった。

 念のため、俺とサモナーで甲冑男を警戒する。

 甲冑男は、姿を見せなかった。

 サモナーとエナのコンビに恐れをなしたのかもしれない。

「できる限りの魔力は注ぎ込んだ」

 赤井は眩暈を起こし、地面に倒れそうになった。サモナーはそれを支えようとするが、支えきれずに一緒に倒れた、なにをやっているのだろうか。

「サモナー、赤井。大丈夫か?」

 とりあえず、赤井に手を貸す。

 赤井は自分で立ち上がって、サモナーに手を貸すように俺に指示を出した。

「サモナー、怪我は?」

 俺の言葉に、サモナーは笑う。

「平気です。魔法を使うのは久々で、ちょっと疲れて。少し休めば……」

 ただ立ち上がるのは難しいらしい。

 サモナーは、うずくまったままだ。

「お前、今のって魔法って言ったよな」

 サモナーの召喚術以外を見るのは初めてだった。

 使えないと思っていた。

「その説明もあとでします。ただ、エナとかに魔法のことは秘密にしておいてください」

 そういえば、サモナーはエナ達は魔法のことを知らないかもしれないと言っていた。今、思いっきり使っていたのだが、大丈夫なのだろうか。

「魔法は、僕の時代ですでに……禁忌とされるものでしたので」

 無理して笑う、サモナー。

 これ以上エナに嫌われては敵わない、と思ったのかもしれない。

「ああ、大丈夫だ。それより、今はお前たちの回復だな」

 俺もサモナーに魔力を注ぎ込もうとする。

 だが、サモナーは俺の手を掴んだ。

「僕は、休んでいれば大丈夫です。それよりエナと赤井さんを安全な所へ」

 エナにかなりの魔力を注ぎ込んだ赤井は、動けなくなる可能性が高い。そんな人間をいつまでも

「……わかった」

 俺はタクシーを呼んだ。

 それが、今の俺の役割だった。

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