第4話死神の話
父の首を刈り取った神父――死神は泣いていた。
とめどなく泣いていて、俺はどうしていいのか分からなかった。大人が、こんなふうに泣くのを見るのは初めてだった。いいや、ドラマとかアニメとかではよく泣いている。でも、全部が作り物の話の中である。
作り物は、理想。
理想は、現実にはならない。
でも、目の前には泣いている大人がいる。
「どうして泣くんだよ」
俺は尋ねた。
自分の父親を殺したのは、死神神父だというのに。
「私は……子供を傷つける相手が許せないのです」
死神神父は、そう言った。
「私は、子供時代に善良な神父に助けられました。弟子をとることができない、位の低い神父でしたが……彼がいてくれたおかげで私は大人になれました」
死神神父は、父の遺体の前で語った。
「ですが、神父が亡くなった後に……教会のあとを継ぐ人がいなくなってしまったのです。教会には、神父が連れてきた多数の子供たちがいました。教会がいなくなれば、彼らが路頭に迷ってしまう」
俺は、神父を見つめた。
なんとなく、分かった。
この人は、誰かのために何かを捨てた人だった。
「私は、周囲に自分は神父のあとを継いだと偽りました」
死神神父は、そう語った。
「私は……その」
死神神父は、涙をぬぐった。
そして、不器用な笑顔を作った。
「偽ることは得意なんです」
その笑顔は、どんな大人よりも純粋なものに思えた。
父親を殺したのに。
「私は、貴方を守りたい」
死神神父は、そう言った。
今しがた俺の父親を殺したばかりなのに。
彼は、心の底からそう語っていた。
「無理だ」
俺は、断言する。
「お前は、俺の父親を殺したんだ。警察が調べて、お前を逮捕する」
人を殺した。
その罰は、幼い俺でもわかっていた。
「なら、この殺人を隠しましょう」
死神神父は、そう語った。
それからの光景は、思い出しても吐き気がする。死神神父は、俺の父親だったものを切り刻んだ。関節部分から丁寧に胴体と手足を分離し、父親だったものはただの肉の塊になっていた。無駄のない鮮やかな手つきだったと思う。
血抜きをして、解体をして、皮をはぐ。
父親はあっという間に、スーパーでパックで売られている肉と変わらない姿にされてしまった。俺は、それを泣きながら見ていた。
どうして、泣いていたのかは分からない。
ほんの少しだけある、父との良い思い出が涙を流させたのか。それとも、たった一人の肉親がいなくなってしまうという不安からだったのか。
けれども、父親が肉にされていく光景から俺は目が離せなかった。
グロい光景なのに、それは何だか生命の神秘を見ているような心地だった。ウミガメの出産とかと同じ感じなのかもしれない。あれも卵がてらてらと光って、結構気持ち悪いのに皆が生命の神秘という。
死神神父は、肉の塊をゴミ箱に捨てた。
解体のときに出てしまった血も丁寧に拭いて、父が生きていた証拠はどこにもなくなってしまった。
「あんたは、何なんだよ?」
俺は、死神神父にそう尋ねた。
死神神父は、俺に膝をついて答えた。
「私は、別の次元からやってきた死者です」
その日から、俺はずっと死者と共にいることになった。
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