第3話サモナーの話
これは、日常が変わってしまった後の話だ。
日常を変わった日のことは、今では『出会いの日』と呼ばれている。出会いの日とは、異世界の住民がこちらの世界で迷い込んできた日のことである。あの日を境に、俺たちの日常は大きく変わってしまった。
そのことについて、俺は生徒たちに教えている。
「異世界というのは、この世界とは違う次元の世界のことだ。現在、俺たちの隣人である異世界人はすべてが同じ異世界の出身だと思われている」
生徒の一人が、手を上げる。
今回、受け持っているのは中学一年生の生徒たちである。この年頃の生徒は照れがでてくるので、手を挙げて質問してくれる子は貴重だ。
「友先生、どうして「だと思われている」なんですか?異世界人の人たちから話を聞けば、同じ世界から来たことは一目瞭然じゃないですか?」
いい質問である。
俺は、にこりと笑った。
「それはな、現代もアフリカとアメリカでは生活習慣とかがかなり違うだろ。話を聞いても、本当に同じ世界からやってきたのかが分かりにくいんだ。さらに、彼らは死後に俺たちの世界にやってきている」
出会いの日から、俺たちの世界にやってきた異世界の人々。
彼らは、死者である。
彼らの魂は、何の因果なのか現代にやってきて第二の生を謳歌している。だが、ここに問題がある。
「彼らが死んだ時期は、かなりバラつきがあるようなんだ。どれぐらい開いているかというと最古の死者が平安時代。最近の死者が現代ぐらいの時代の開きがある」
生徒たちから、驚きの声が上がる。
死者が異次元から来ているという事実だけで驚くべきことなのに、その死者が発生した時代が大きくズレているというのはちょっと受け入れにくいことだ。俺たちの感覚からしてみれば、アインシュタインと卑弥呼が同時代に活躍しているということである。
「彼らは、食べることや飲むことといった生物的な欲求がない。唯一、肉体を維持するのに必要なのは魔力だ」
一応、異世界人も食べることはできる。だが、生きている人間のように強い空腹感を覚えることはない。ほとんど娯楽のための食事になってしまっている。彼らに本当に必要なのは、魔力である。
俺は、自分の掌をかざす。
そこに浮かび上がるのは、小さな魔法陣である。
「魔力は、こちらの世界の人間が持っているものだ。この魔力を異世界人へと融通して、異世界人はこちらの世界での活動を維持できるようになっている。ただし、この魔力は血液みたいに合う相手と合わない相手がいるんだ。たとえば」
俺は、教室の端っこに座っていた少年を手招きする。
今はごくごく普通の恰好をしているが、出会いの日に刺繍を施したフードを着ていた少年である。サモナーとあの日に名乗った彼は、戸惑いながらも立ち上がる。おどおどとした表情は、気弱な女の子みたいだった。整った顔立ちなのだが、頼りがいは全くない。
「彼は、俺と相性が良い異世界人だ。俺以外の魔力だと、えらくコストパフォーマンスが悪いらしい。えっと、無害そうなやつを頼んでいいか?」
俺の言葉に、サモナーは恐る恐る頷いた。
「はい……」
頷いた彼が取り出したのは、大きな杖である。
木を削りだして作り出された杖は素朴で、華やかさは全くない。そのいかにもな杖の存在に生徒たちはざわめくが、残念ながらそれはこっちの世界で作られたものである。サモナーが欲しがるので、俺がホームセンターで材料を買ってきて作ったものだ。その杖の先端に魔法陣が浮かび上がる。俺の掌に浮かび上がるものと同じある。
「――僕は、世界を作り出す。――その世界は栄え、生命は命を謳歌する。――その生命の一瞬をここに!」
魔法陣のなかから現れたのは、小さな鳥である。カラフルで南国にいそうな鳥だったが、それが突然現れたことに生徒たちは驚いていたのである。鳥はというと狭い室内に呼び出されたことが不満だったのか縦横無尽に飛び続けて、召喚者のサモナーの額に体当たりしていた。
「いたっ」
生徒たちから爆笑が上がる中で、サモナーはうずくまる。
俺のサモナーは、時々こういうドジを踏む。なんでも、生前はあまり戦うことがなかったらしい。田舎に住んでいて、魔術そのものを研究していた人生だと聞いている。彼の享年が十三歳ぐらいなので、結構なインドアな一生を送った人間なのである。小鳥が頭に当たったサモナーは、まだうずくまっていた。
大丈夫だろうか。
「サモナー……おーい」
「だっ、大丈夫です。ちょっと痛かっただけで」
声をかけると、弱弱しく笑うサモナーが顔を上げた。
教育のためとはいえ、狭い場所で召喚術を使わせるのは酷だっただろうか。サモナーの得意の魔法は召喚術で、それしか使えない子なのだ。
その術は文字通り、サモナーたちがいた世界とも違う世界から生物を召喚するという術である。だが、この術は狭い場所と相性が良くない。呼び出すのが基本生き物なので、さっきのような事故につながってしまうのである。
ちなみに、サモナーは生前でも召喚術だけを使っていたわけではない。生前は色々な魔術が使えたらしいのだが、死んでからは召喚術しか使えなくなっていたらしい。他の魔術師たちも、同じような症状がみられているということだ。ここら辺の理由は、ちょっと謎なのである。
「保健室でちょっと冷やすか?」
痛そうだったので、俺はサモナーにそう提案してしまう。
サモナーは、「……大丈夫です」と答えた。
「あの……もしも魔力の相性の良い人間が見つからなかったら、どうなるんですか?」
女子生徒が質問した。
その質問に、俺は少し息を飲む。
「異世界人は消えるしかない。魔力の受け渡しについては、魔力を持っている現代人の任意で行われるからな。そして、異世界人にはもう一つだけ魔力を手に入れる方法がある」
俺は、サモナーのほうをちらりと見た。
サモナーは、頷く。
その答えは、力強いものだった。彼は、俺が知っている子供ではない。すでに大人扱いされた経験がある、人間の顔だった。
「異世界人は、現代人を殺すことで魔力を手に入れることができる。そして、これは魔力の相性が悪くても魔力を吸収できる唯一の手だ。これを繰り返す異世界人のことを野良とよんでいる」
どうしてなのかは、俺にもよくわからない。
俺たち現代人は魔力を生み出すことはできるが、その知識はほとんどないのだ。一方で異世界人たちは魔力に対する知識はあるが、それを生み出すことはできていない。
「出会いの日に多数の異世界人が消えたくないという願いから、現代人を殺害した。だが、それから現代人を守ったのも異世界人だった」
自分と相性が良い現代人を見つけた異世界人は、自分たちの力を用いて暴れる異世界人の討伐を行った。それよって異世界人たちは、その強さと恐ろしさを世界に証明してしまったのである。
世界が異世界人を受け入れたのは、その能力を恐れてのことである。なにせ、彼らには大なり小なりの戦闘能力がある。無害そうなサモナーでさえ、人を殺すことは容易だろう。全世界で異世界人が現れたことによって、世界の人々は敵国が異世界人を囲っているかもしれないという恐怖を考えた。
そのため政府は野良の異世界人への対抗策という表向きで、一部の異世界人と魔力提供者を雇い入れる決断をした。その選別は、異世界人の持つ戦闘能力が非常に高いと判断された者を優先したという。
俺とサモナーは、その優先された枠に入っている。
名乗り遅れたが、俺は和瀬田幸。一見するとそうは見えないが、恐ろしい殺傷能力を秘めたサモナーの魔力提供者である。
授業が終わった俺は、サモナーにリンゴジュースを買ってきた。
缶ジュースを受け取ったサモナーは、ちょっと嬉しそうにそれを額に当てる。やっぱり痛かったらしい。
「授業、うまいですね」
サモナーは、俺の方を見つめていた。
その視線には、純粋な尊敬があった。そういえば、サモナーを俺を教師の仕事に突き合わせたのは初めてだった。
「そりゃあ、元教師だぞ。俺は」
こう見えても、出会いの日の前は高校の教師をやっていたのだ。だから、教壇の上に立つことは本職であった。もっともサモナーと共に政府に雇われるようになってからは、忙しい教師業と二足の草鞋を履き続けることは難しくなったので教師はやめてしまったが。それでも、たまにこうやって頼まれて教鞭をとることはあった。
「あの……すみません」
サモナーは、目を伏せる。
「教師の仕事。好きだったのに、やめさせちゃって」
申し訳なさそうな表情のサモナーに、俺は苦笑いをする。
教師の仕事に未練がなかったのは、嘘になる。
それでも、サモナーの相棒としてやっていくことを決めたのは俺自身だ。
「気にするなって。それに、俺は昔よくしてもらった人がいるから――できるだけ人に返したいんだ。今回は、それがお前だっただけだって」
俺の言葉に、サモナーはきょとんとした。
「ユキさんは、いつもそれをいいますね」
サモナーは、慣れない様子で缶ジュースのプルタブを開けようとしていた。だが、爪がうまく引っかからないらしく難儀していた。そんなサモナーのジュースが、誰かに奪われる。
サモナーが顔を上げると、そこにはガタイのいい男がいた。まだ三十代には届かない男だ。けれども、幼いサモナーとみると圧倒的に年かさに見える。ちなみに、俺とほぼ同世代なのだがいつもむっとしているせいで俺よりも年上に見える。つまり、実年齢よりも老けて見えるタイプの男なのである。
「久しぶりだな、エナ。赤井さんの付き添いか?」
俺は、男に声をかける。
エナはプルタブを開けて、サモナーにジュースを返していた。顔は、老けて若干怖いのに優しい男である。
「お前は、教師の真似事か?」
エナは、サモナーには声をかけずに俺の方を見た。
「真似事っていうか、元本職だ。俺とサモナーの成績じゃ、野良異世界人の討伐だけで食っていくのは辛いからな」
俺の言葉に、サモナーは「えへへへ」と照れたように笑う。
褒めてないのだが。
ちなみに、サモナーが弱いわけではない。それどころか、サモナーは異世界人のなかではかなり強い部類に入る。あと、討伐だけでは食べていけないというのは嘘だ。これは、俺が教師の仕事をやっていくための方便のようなものである。
強い戦闘能力を持っている異世界人は、非戦闘員の仕事を低く見る人間がいる。どうやら戦争が激しかった(日本でいうところの戦国時代)の人々に、そういう傾向があるらしい。
ちなみに、エナもそうである。
俺はエナたちと組むことが多いので「仕方なく」教職を行うという建前を持つことで、彼との関係を良好のものにしているのだ。
「サモナーを鍛えるか?」
エナは、ぎろりとサモナーを睨む。
軟弱なサモナーは、エナにとっては許しがたい存在なようだ。面倒は割と見てくれるので、子供嫌いというわけではないようだ。サモナーとあまり直接喋っている様子はないのだが。
「僕たちは死者なので、鍛えたところで筋肉の増量は見込めないんですけど……」
サモナーの言葉に、エナは不機嫌そうな顔になる。
死んでいるサモナーたちの成長はない。ゆえに鍛えても、筋肉増量は見込めないのだ。ちなみに、身長もずっとこのままである。
「すまんね、この筋肉馬鹿が」
迷惑をかけたようで、と言いながらエナの後頭部を叩く人物が現れた。
エナの魔力提供者の赤井である。
ちなみに、下の名前は忘れた。家にある名刺に書いてあると思うのだが、仲間内ではいつも赤井と呼ばれている。なにせ、赤井は苗字で呼ばれるのが好きなのである。しかも、忘れられないようにいつも赤いジャケットを着ているというオシャレっぷりだ。俺は下の名前を忘れてしまうのも当然だった。
「ところで、ユキ。この筋肉馬鹿につけておく首輪とかないか?この間も一緒に組んだ異世界人に喧嘩を売りやがってさ」
赤井は、微笑みながらも怒っていた。
俺とサモナーは苦笑いしながら、思わず目を泳がせる。
俺がエナとの関係性に非常に気が使っているのは、彼のこの喧嘩速さのせいである。サモナーは後衛である召喚士であるから、優れた前衛であるエナとの関係は俺たちにとってはとても大切なのだ。
「人間の首輪がなかなかないから、犬の首輪で探してるんだけど……ちょうどいいサイズがないんだよね。猫のもいいと思ったんだけど、最近の猫の首輪って外れやすくなっているっていうからさ」
赤井は、スマホで色々な商品を俺に見せてくる。
この人は、本当にエナに首輪をつける気なのだろうか。なお、サモナーはそっと青色の首輪を指さしていた。ちなみに、表示されていた首輪の色はすべて赤以外のものである。
「あれ、赤好きなんじゃなかったか?」
赤井さんの好きな色は、その名の通りに赤い色である。
だから、首輪の色が赤以外なのがちょっと意外だったのだ。
「好きだから、エナに赤はつけたくない」
赤井は、はっきりと言った。
この人は、本当はエナが嫌いなのだろうか。
「ちなみに、これが試しに勝ってみた首輪」
赤井が取り出したのは、黄色い首輪だった。
たぶん小型犬のサイズなのだろう。
「これだとちょっときついみたいなんだよな」
赤井は問答無用で、エナの首に首輪をつけた。ぎゅっと閉められる革製の首輪。一瞬、苦し気に歪むエナの表情。ちなみにいうと、異世界人でも肉体系の損傷が原因で消えることがありえるのだが……そんなことなんて赤井は知らないようにふるまう。知っているはずなのだが。
「赤井、死ぬから!エナが、死ぬから!!」
俺は、赤井を必死に止めようとしていた。
エナの顔色は、だいぶ悪くなっていた。
この武人も――もうちょっと弱音を吐けばいいと思うのに。というか、それをやらなければいつか赤井にエナは殺されそうで怖い。
「えっと……なにか呼び出して止めてもらいますか?」
サモナーは俺にそう尋ねるが、俺は首を振った。赤井も大人だから、きっと手加減をしてくれるだろう。たぶん。
だが、そんな赤井とエナに銃弾を撃ち込む者がいた。
赤井を狙った弾丸をエナは見抜いて、赤井を突き放す。そして、エナは弾丸を打ち込んだ少女を睨んだ。
「……ご心配なく。ゴム弾です」
そう言ったのは、サモナーよりもさらに幼い少女である。
おそらくは、十歳ほどの年齢だろう。
エナのむっつりとした表情よりもさらに表情がない、無感情な少女だ。その少女は、モデルガンを握っていた。
「当たっても、ちょっと痛い程度です」
「だからって、人に向けるな。エナを狙え、エナを」
少女を叱るのは、隣にいた少年である。
近隣の高校の制服を着ている男子生徒の名前は、木戸稔。
「あー、稔くん。久しぶり」
木戸の異世界人に狙われたのに、赤井は暢気に木戸に手を振っていた。正確には、木戸の異世界人の少女にである。木戸の異世界人の少女は、大変可愛らしい顔立ちをしている。
無表情だが、笑えばアイドルを目指せそうなぐらいに可愛い。
着ているものも基本的にシンプルなワンピースが多いので、素材の良さをより一層引き立てるのかもしれない。そういうわけもあってか、赤井はよく彼女にかまっている。ちなみに、彼女の名前はマリーという。
「マリーちゃんも元気?」
自分が狙撃されたのに、赤井はマリーにそう尋ねた。
マリーは「はい」と頷いた。
狙撃はなければ、非常にほんわかした雰囲気である。
「赤井さんは、少しは気にしろって。あと、俺のことは木戸って呼べって」
木戸は、名字で呼ばれることに憧れを抱いている。高校の友人は木戸のことを名前で呼ぶから、というのが理由のようだ。変なところで社会人に憧れる子供なのだ。
「木戸、どうしてここに来たんだ?」
赤井は俺と同じような目的だろうが、未成年の木戸が講師役として呼ばれることはほぼないであろう。なにせ、木戸はまだ高校生だ。他の学生への教鞭はとれない。
「俺は、ちょっとカウンセリングというか話を聞いてやれって命令を受けて……」
木戸は、少し目線をそらした。
その先には、マリーがいた。
「別に話してもいいと思いますよ」
マリーは、そう断言する。
「別に、おまえに聞いてないだろ」
「キドは、困るといつも私のほうを見ます」
マリーの言葉に、木戸は唇を尖らせる。
どうやら、マリーの言葉は正しいものらしい。こういう力関係が、非常に年頃の男女らしいなと思って俺は見守ってしまう。
「……最近、こっちに来た異世界人の魔力提供者になれそうな奴の話を聞いていたんだ。俺と年が近いって話だったし」
そうして会ってみたら中学生だったらしい。
木戸の様子から、相手は女子生徒だったのだろうなと俺は思った。木戸は、年頃の少年らしく女の子との付き合いがあまりうまくない。マリーとは魔力を提供しなければならないということもあって、それなりにうまくやっているようだが。
「何か困ったことがあった?」
赤井が、木戸に尋ねる。
「異世界人の魔力提供者にはなりたくないそうなんだ。……そうなると異世界人は、数日後に消えるしかない」
木戸は、口惜しそうだった。
魔力の提供に関しての有無は、現代人のほうに決定権がある。魔力提供者が嫌だと言えば、異世界人は消えるしかない。むろん、魔力を持っている人間を殺せば異世界人は消えることはない。だが、木戸が派遣されたということは異世界人はすでに政府に保護されているということである。ならば、魔力を奪うための殺人は許されない。
「辛いよな」
俺は、マリーを見ながらつぶやいた。
マリーも木戸と出会うまで時間がかかってしまい、消えかけていた過去がある。マリーの魔力提供者となった木戸には、魔力提供を断った中学生の話は辛いだろう。だが、一方で断った中学生の気持ちも分かる。魔力提供者になるということは、自分の日常が変わってしまうということだ。俺が、教師を辞めたように。
「戦わない選択をするとは、愚かだな」
エナは、そう言った。
それがエナの価値観であり、揺るぎのない軸であった。
赤井に思いっきり関節技をかけられていたが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます