首だけの魔女は、悪魔と踊る

パクリーヌ四葉

序章 首だけの魔女

 ンズバの日常。

 我が国の最精鋭に課せられる最重要任務。

 封印指定魔導器<魔女の頭>の監視。

 国家最強兵士の同僚たち二百五十五名と共に、最新鋭の装備で、地下深くに建造されたこの監視任務専門の封印施設にて、何か一つでも魔導器に異変があれば、岩盤を瞬時に爆破して、直下を流れる溶岩の海に魔女諸共もろともに沈むのが職務。

 責任は重大だった。

 いつものように装備を再点検し、身嗜みを整え、仲間と六十四の装甲扉を通り、封印の間にて警備任務を交代する。これから規定時間まで、魔導器に変化はないかじっと観察し続けるのだ。

 ンズバがここに配属されて八千百九十二日、動きはない。だが、油断をする者はただの一人も存在しないだろう。

 魔女。

 次元干渉学の成果、次元門から現れた物体の中でも最悪の存在だ。

 この世界には、かつて九つの国が在ったが、その内の三つの国家がその構成種族ごと滅ぼされ、最大最強の七大竜王までも四体が殺されてしまった。

 残された者たちが団結し、この魔女を六つに引き裂いたものの消滅はさせられず、各部位を魔導器に封じるに留まった。

 しかも、魔導器としては使用できる状態のはずではあるのだが、誰もが恐れて使わずに、六つの国家がそれぞれ管理している。中でも、我が国は慎重かつ厳重さも飛び抜けていた。

 魔導器<魔女の頭>は、その積層封印も過去から脈々と重ね続けられており、現在では六万五千五百三十六層にまで至る。この施設は術式開発の最前線でもある。

 封印の間にある監視窓からは、術師や研究者も眼を光らせている。

 すべては、中心にあるモノのために。

 しかし、とンズバは思う。ここにあるのは頭部だが、肌の色は見たこともない種族のもので、やたらと毛が長く、何より。いったいどうやって世界に接続し、術式を行使するのか? 謎のままであった。

 毛髪は蒼く見えるが、伝承では閉じられたままの魔女の瞳は緑色らしい。

 そのまままぶたを開くなよ、とンズバはいつも願う。魔女によって破壊された次元門からの資源回収事業は、ようやく再稼働でき、別次元開発がこれから進んで行くのだから。

 世界はこれから動き出すのだ。

 その時、監視窓の向こうがあわただしくなるのが視界に入る。

 さらには、次の交代時間まで開くはずのない最終装甲扉が解放される。異常事態ではあるが、施設が爆破されていないのは、魔女絡みではなく外部からの異変だと指令室が確認しているのだろう。

「総員、抜剣!」

 ンズバの声に全員が剣を構え、扉を見つめる。

 瞬間、姿を見せたのは大盾を構えた近衛兵二名と、それに護られた九本角を持つ王位第一継承者だった。

「リリムガ様⁉」

 ンガバだけではなく、精鋭たちもさすがに困惑するが、王位継承者は何事もないかのように、表情も変えない。

 だが、それが許される場ではない。

「ここは王命により我らが守護する場。例え王位継承者であれ、侵入者として処分するのみ!」

 一歩でも進めば、斬る。最早それだけであった。

 リリムガはそれにも動じず、静かに語る。

「分かっておる。次の王となる前に、封印の魔女を見たかっただけの事。これ以上はせん。しかし…」

 ふっと笑う。

「緑の瞳は噂通りよな」

 瞳?

 ンガバは訝しむ。

 いったい、誰の? 我ら角の民に、緑の瞳など……。

 迷いは一瞬であった。即座に<魔女の頭>に向き直り、を目にすると、ンガバは口を開く。

 だが、「緊急爆破!」の声を発する前に、魔女から放たれた光の線が、周囲を薙ぎ払っていた。


 ンガバが気付いた時、周囲は焼け爛れ火の手も上がっていた。

 左腕も高熱で切断されたのか、血は吹き出ないものの肩から先がなかった。

 溶岩に落ちていない事からも、施設爆破は実行する間もなかった様子だ。だが今は、そもそもの元凶である<魔女の頭>が何処どこにいるかに、問題が変わっている。現状を確認し、適切かつ迅速に対処しなければ、と見渡せば、いた。

 身を挺したであろう二人の近衛の死体に挟まれたリリムガ。その眼前に、長く蒼い髪をなびかせて、首が浮かんでいた。

 ンガバは駆け出す。

 先ほど抜いた剣は、途中で溶け斬られていた。それを魔女に投げるが、髪の毛によって無造作に弾かれる。走りながら同僚の死体から剣を取る。

 近付くと魔女の声が聞こえてきた。

「お前、ちょっと強いな。角が多いほど力のある悪魔、だったっけ?」

 どうやらリリムガ様に話しかけているようだ。間に合え、とンガバは疾走する。

 しかし、間が悪く起きた大きな振動によって、その場に倒れた。

(なんだ今のは⁉ 爆破? 今頃にか!)

 体を起こそうと踏ん張ると、やけに明瞭な魔女の声が響く。

「ならばお前が、オレの手足となるがいい」

 そう告げると、リリムガの首が断ち切られ、転がり落ちる。

 かわりに魔女の首がリリムガの身体につくと、地上に向けて怪光線を放ち大穴を開け、次いで上へと飛んで行った。

 それをただ茫然と見上げて、ンガバは吠えた。

 そんな魂の咆哮も爆破の轟音が掻き消す。このような極限の騒動の中にあって、寧ろ静寂さが支配しているかのように錯覚する。やがて自分たちが落下していく感覚が伝わってくる。

 下は、溶岩。

 しかし、封じる対象の魔女は、すでに此処ここにはいなかった。

 ただ崩落の音だけがあった。


 六王国が一つ。角の民が支配する国にて、魔女復活。

 驚天動地のこの報が世界中に広がるよりも早く、何者かが次元門を突破。別次元へと消えて行ったという。

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