第一話 存在しない者たち
「なぜ俺をこのプロジェクトに」
俺は、この研究施設の所長である松本涼子に、参加依頼を受け取って以来感じていた疑問をぶつけた。なぜ俺のような傭兵が日本国の新設捜査機関の人選に上がったのだろう。公的機関の構成単位に傭兵など聞いたことがない。確かに日本政府は自衛軍創設以来、対スフィア戦線に軍を派兵しており、俺も政府関係の仕事は何度もしたことがある。だが国家の治安機関に傭兵を推奨するなど聞いたことがない。それに対して松本は微笑みながら言った。
「それはあなたがサイボーグ戦の専門家でいらっしゃるから。対サイボーグ治安維持機関創設には、あなたのようなパーツが必要なんです。」
いきなりパーツ扱いか。そう思いつつ、俺が踏みにじった命を思い浮かべる。俺は何百の子供たちの命を奪ってきた。スフィアという敵性存在の出現により、サイボーグ技術は急速に発達した。だがサイボーグ施術には弱点があった。それはサイボーグ施術を大人に行うと心神喪失状態に陥り、最終的には自殺するという副作用である。だが子供達はサイボーグ施術を受けたとしても心神喪失状態には陥らなかった。だが心神喪失状態には陥らなかったものの子供達は副作用に苦しんだ。それをソウルレスワン症候群と呼ぶ。その内容は、他人に魂を見いだせなくなったり、「世界内存在」の喪失とサイボーグ心理学用語で表現される、能動的社会参加や見えていないものの前提性、デリダなら
「脳科学には幽霊がいるんですよ」
松本は楽しそうに話す。
「現在の脳科学の限界の要因は先行された思考の像。
松本は俺を観察しながら言った
「何とかついていきますよ」
俺はインテリへの嫌気を独特の発語の乱れで表現しながら言った。
「いいですねその態度。一応例を出しますと、書物が挙げられます。例えば、書物の形式的時間と意味の持続的時間は異なり百科事典的な知では両立できません。ですが我々はその二つの時間が重なったものとしてあるテクストを定義するのです。他にも世界の先駆性を起点とした能動的捜索に裏づけられた帰納的推論などがあります。」
俺は長話に付き合わせれたストレスからため息をつく。松本もそれを察したのか話を中断する。
「要するに今までの枠組みでは言葉や思考を捉えられないということですか」
松本は無言でうなずいた。
そうこうするうちに俺たちは目的地である中庭の前に着いた。そこは側面をガラスの壁で囲まれた円形の庭であり、日本庭園とも西洋庭園とも言えない奇怪な様式だった。その庭では白鳥のホログラフが鳴らす機械音と、見たこともない植物がシュールレアリスムの城を構成していた。奇怪なオブジェが並ぶ庭園の小道に少女は立っていた。俺は悟った、彼女が政府の計画の中心であり、俺が選ばれた理由だということを。
「あれがこれからあなたが訓練してもらう子供です」
見たところサイボーグではない。サイボーグの人口肌の無機質さがないのだ。だが普通の少女がなぜこんなところに居るのだろうか。そんな疑問を抱いていた時、松本がその答えを口にする。
「あれは人間ではないんですよ。あれは人の形をしたスフィアなんです。擬態したスフィアなんです。」
松本の表情が曇る。
「服を着させるのにあいつに何人負傷させられたか。さっさとあの子を殺処分すればいいんですよ」
おそらく少女はこの話を聞いているだろう。だが少女のホログラフに投げかけられたその視点は深淵のように広く、だが独特の有限と絶望を帯びていた。
ソウルレスワン @ballade30
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