第2話 荒野にて
風一つない荒野で、戦いは行われていた。
無数の閃光がほとばしる。
金属と金属のぶつかり合いで勢いよく火花が飛び散る。
何度も、何度も、弾けては消え、弾けては消える。
もう、何時間も二人の戦いは続いていた。
一人は、黒紫の渦を巻くような禍々しい鎧で体中を覆い、顔を隠す兜は鬼のような二本の角を天に向けている。両手に一本ずつ、交じり合う二本の金属が作り上げる赤い二又の槍を構えている。その姿形はもはや悪魔であった。
対する一人はどう見てもただの一般人。いや、一般人というより、高校生にしか見えないほどの若さを全体から醸し出していた。白を基調とした制服には黄金色の縦線が入っており、戦闘にも適したタイトかつ伸縮性のあるジャケット、スラックスを身に纏っている。しかし、その所々には戦闘の経過により一部破損が見られた。手には何も持っては居なかった。勇者とは程遠い、その体つき。
「闇鬼の紋章―解放。」
黒紫の悪魔がそう呟くと、悪魔の右手の甲に刻まれた刻印が光を放った。
そして
悪魔の全身からドス黒いオーラが滝のようにあふれ出てきた。そのオーラは周りの空気をも黒く染め、辺りの光度を奪っていく。
地面の植物は枯れ、空気は濁り、禍々しい悪魔をより一層邪悪に魅せる。
手に握られた深紅の槍に黒が混ざり、二又の間に黒い角が生え、三又となった。異質な黒。
少しだけ、悪魔はその体躯を沈めた。力を籠め、踏み込むために一瞬膝を曲げ、標的をより細かく注視した。狙うは心の臓。必ず仕留めるべく、兜の下の赤い眼を光らせて狙いを定める。赤い眼には敵の心臓がはっきりと拍動しているのが見て取れた。
悪魔にとって、この一撃は勝利を約束するものだった。この攻撃を受け切った敵は居なかった。また悪魔を貫く敵も、居なかった。
次の瞬間。
悪魔はその沈んだ体をバネのように跳ねさせ、前傾姿勢のまま相手に向かう。二本の槍はどちらも若者の心臓に向けて鋭い牙を向けており、体全身が一つの槍となって襲い掛かる。
ガキン
金属が固い何かに当たる音。
鋭い先端が高校生らしき若者の体を貫くその一歩手前、あとわずか数ミリという所で悪魔の勢いは止まった。止まったというより、止められた。歪まされた。
「――俺は思考する。世界の創造、世界の現像。
――――――――触れられざる神秘、展開。」
若者の詠唱と共に、悪魔の槍はあらぬ方向へと捻じ曲げられる。壁の強度に負けてしまったかのように、グニャリと二本の槍は大きく曲がった。ただの制服を前にして。
悪魔はその光景に驚愕する。全体重、全筋力を用いたこの突進が防がれ、その勢い全てを吸収され、ただ立ち尽くすのみとなった現状に戸惑った。
その戸惑いを若者は見逃さなかった。この長い戦いの中で、互角にも見えた二人の戦闘力の均衡が、瓦解した。目に見える戦闘力では確かに悪魔が上だった。しかし、その精神の揺らぎは致命的だった。
「―――――乖離する螺旋の剣、現界。」
続けざまに若者は詠唱する。その声と共に、若者の胸には光の粒子が集まり、一本の剣を象った。剣、というよりは、ドリルのような、気が遠くなるような螺旋を剣先まで伸ばしていた。
若者と悪魔の距離はわずか数ミリ、天を突く螺旋状の剣を若者は手に取った。悪魔の体は、武器の出現に正しく恐れ、その体を後ろに引き戻すため、強く踏ん張った。
「逃がさねえよ。」
悪魔が大きく退くその前に決着はついた。
若者は手に持った螺旋状の剣を自分の心臓の位置から相手にそのまま突き刺した。わずか数ミリの距離だった二人の間は、悪魔が体勢を整えるために退いたその距離で、剣を刺すには十分な間隔になっていた。
剣が悪魔の胸を刺す瞬間、悪魔には祈りにも似た安心感があった。
――剣であれば、私を貫くことは叶うまい。
この長い戦いの中で、悪魔は理解していた。この若者の剣は確かに自分の身に届くことはあるが、貫くことはないと。その非力さ、未熟さに薄ら笑いを浮かべていた。
しかし、この剣に限って言えば、この瞬間においてだけは、
体が恐怖していた。心ではなく、頭でもなく、歴戦を潜り抜けてきたこの重厚で鍛え抜かれた強烈な身体が、撤退を示唆していた。その理由を悪魔は最後まで理解できなかった。
螺旋状の剣が悪魔の胸に届く。そしてそれまでと同じように剣先は悪魔の胸を貫くことは出来なかった。
貫くことは、である。
凄まじい風切り音が荒野に響き渡った。
その剣は、貫くのではなく、そこに空洞を作り出した。はるか遠く、地平線の向こうまで伸びるような「無」の空洞を、半径10センチほどの虚無を、その剣は作り出した。
悪魔の胸には円状の穴が確かに空いていた。声も出ず、悪魔はその場に勢いよく崩れ落ちる。二本の槍が主人の過ちを責めるように音を立てながら地に落ちる。
「剣が・・・なぜ・・・貴様のように力の無い者の剣が私を・・・」
悪魔はヒューヒューと空気をかすらせながら、死の問いを若者に投げかける。自らが死に至る理由を、勝者に問う。
若者は服の汚れを払い、剣を光の粒子に返しながら、答えた。
「想像力が足りないな、お前には。」
そう言い放って、乱れた髪をぺたぺたと整えた。
悪魔は消えゆく意志の中で、その言葉を繰り返しながら、ゆっくりと目を閉じた。
二人だけの荒野では、静まっていたはずの強風が。また吹き荒れていた。
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