第32話 真相
「そういうこと言っていいの?」
「命の恩人だからね、っていうのは半分冗談で、最後の一人に教えたくらいじゃどうってことないからだよ。和泉に会いに行くのも別に止められなかったし」
「それだけ余裕ってことか……」
舐められている。
おそらく社会的に許容されない事実だらけだろう。そんな情報を暴露するということは、それを漏洩できないような環境に置かれるということを意味している。都市伝説のもととなった書き込みは本当に運が良かった、あるいはうまいこと出し抜けたということなのだろう。だが、その人物がどうなったかは察せられる。
なにか脱走に有益な情報があればいいが……。
「怪しい施設で実験のために頭弄ってるっていう都市伝説、覚えてる?」
「治日のとこも同じようなことやってるってやつだよね?」
「そう。あれは事実なんだよ」
「じゃあ私たちって――!」
「いや、そうじゃない」
消えた卒業者たちの末路を思い浮かべたが、治日はそれを遮った。
「実験されてるのは白服たちなんだよ」
「……は?」
「名前なんだっけ、あのハゲ。まあ所長でいいか。所長の頭、側頭部に傷痕あるのは見たでしょ? あれがその実験の手術痕なんだよ」
「もしかして、他の白服も全員……?」
「少なくともこっち側を任されてる連中はね。医者連中とかは違うよ、僕もね」
治日の言う「こっち側」というのは、収容者と直接関わる連中のことだろう。
そして思い出した。園井の頭の傷痕もそうだが、栽原が耳の上あたりを痒そうに掻いていたことを。
園井以外の白服は髪があるので見えなかったが、栽原や庭瀬たちも同じような傷痕があったのだろう。栽原はおそらく、手術したばかりで手術痕が痒かったのだ。
「僕たちは実験のメインなんかじゃない。被験者は白服たちで、僕たちは実験材料の一つに過ぎないんだよ」
「それで、頭弄ってなにをしようとしてるの?」
治日はもったいぶって鼻で笑った。
「あいつらが研究してるのは、仮に『善人回路』って呼ばれてる」
「善人……回路……?」
善人回路。言われても何のことか見当もつかない。
「『善人』だなんて言ってるけど、実際は『悪意のない人間』でね、脳神経的に悪意のない人間を作れないか確かめてるんだ。問題を起こさない都合のいい人間を作るためにね。攻撃性に関する部位を中心に弄って、悪意を持てない脳構造にするんだよ。それこそチップを埋め込んだりしてね」
善人になる神経回路を形成する、ということか。
「そんなこと可能なの?」
「それが中々難しいらしくてね、作り上げた『善人』は
白服たちは洗脳されて歪な価値観を持つようになったと思っていたが、それは脳の外科的な手術によってもたらされたものだという。しかも、それは副次的なもので、主目的は悪意を消すことらしい。道理で白服たちに悪意を感じないわけだ。
「実験は色々やってるらしいけど、今は僕たちみたいな社会にいない方がいい
「それで『心を健全にさせよう』ってなったってこと?」
「そういうこと。詳しく話すと長くなるから端折るけど、弄られた脳ではうまく認識できない悪人の存在が、精神的にひどく負担になる。そこで何故か更生させて悪人じゃなくしようって流れになるらしい。面白いことに無意識的にね」
人の脳は負担を減らすために、道理の通っていない情報処理も行うらしい。これもその一種ということだろう。
理解できないものは脳の負担になる。そこで普通ならば、合理的でなくともそれらしい理屈を付けて理解したような気になって満足するのだが、白服たちはそうはならないらしい。
頭の中だけで納得して終わりではなく、実際に更生させるという形で悪人を消そうとするようだ。健全な心を持った悪人は、もはや悪人ではない。
「悪意がないとは感じてたけど、悪意そのものが欠落してるとはね……」
「そうだよ。奴らは悪意なし、善意一〇〇パーセントで僕たちを更生させようとしてるんだ。『善意』って言っても、僕たちが思ってるような『善意』とはまるで違うけどね。だからあんな授業も平気で行うし、自殺も許容してる。しかもそれを
「イカれてる……」
授業の内容も自殺の許容も、どちらも悪意によるものではない。いったいどんな倫理観、死生観を持っていればそうなるのか。
そしてそんな奴らの改良のために自分たちは集められ、苦しめられている。いや、消費されていると言った方が正確か。
「他にも副次的な問題が起きてるけど、それはまあ置いといて、次は僕たちがどうなっていくかの話」
ここでようやく気になっていたことが言及される。『卒業』とは何なのか、愛歌が行った『牧場』とはどんな場所なのか。そしてどんな基準で誰が行くのか。
「まず『卒業』には大きく二種類あるんだ。一つはただ単に外に出られる。っていっても、生活に制限が付くけどね。そしてもう一つが、『善人回路』の施術を受けるってやつ。前者は健全になったって認定されて、後者は健全化が無理そうだから無理やり善人になってもらおうってこと。僕らはメインではないけど、ちゃんと利用されるんだよ」
最初の卒業者である赤松は前者ということだろうか。それならば、送迎バスが来るまで別室で待機していたということか。あまりにも施設を怪しみすぎて、的外れな憶測をしてしまった。
そして、おそらくかなおは後者だ。あそこまでの事件を起こしておいて、何事もなく外に出られているわけがない。
だが、そもそも行き先の違う愛歌はどうなのか。
「それじゃあ愛歌は? 他と違って『牧場』に行ったんでしょ?」
「あれは特例で、卒業認定までは白服が関わってるけど、行き先はもっと上の指示。サイコパスが経営者に向いてるって話聞いたことある?」
「……ない」
愛歌を経営者に育て上げるのかとも思ったが、あの愛歌がそれに向いているとは思えない。そもそも愛歌はサイコパスなのか?
「思い切った決断とか、非情な決断ができるかららしいんだけど、愛歌は和泉とは違って攻撃性がそこまで高くなくて、扱いやすい軽度のサイコパスなんだよ。まあ、行いの結果死人は出てるんだけどね」
愛歌の評価ついでに攻撃性が高いと言われたが、和泉はもはや反論しない。
「それでも愛歌は経営者に向いてるとは思えないんだけど」
「そうだね、向いてないよ。だって愛歌に求められるのは、日本の経済を牽引するような経営者の母になることだから。遺伝子の選別ってやつ。サイコパスは遺伝要因も大きいからさ」
「それで『牧場』……。家畜のように子供産ませるってことね。悪趣味」
相手もおそらく選別された男が相手だろう。
「いや、でも愛歌なら楽しんでそう……」
「うんまあ、愛歌ならね……」
二人して苦笑いした。
愛歌はなんだかんだ楽しんでそうだった。
愛歌は愛情を求めているとともに、性交に耽りたいという欲が大きい。世界では人工子宮が研究されていると聞いたことがあるし、実際に性交しているかは分からないが、なんにせよ愛があると思えれば満足するだろう。どういう扱いをされていようと受け入れそうである。
「あ、先に言っとくけど、真尋がどうなったかは知らないよ。何でも知れるような立場じゃないから」
「スタンガン痛かったあ……」
引いたはずの背中の痛みがぶり返したような気がした。厚着していたので特に跡は残っていなかったが、一日経った今でも違和感だけならあり続けている。
「うわ、今度会ったら殺そうって顔した……」
「してないしてない」
和泉は笑顔を張り付けた。
「それで、私はどうすればいいの?」
「何か酷いことしなければ大丈夫だと思うよ。サイコパスは希少だから、よほどのことじゃない限り頭は弄られない。もったいないからね。ただ、外に出てから何かやらかせば、ここより酷いところに送られるかも」
「じゃあやっぱり逃げるしかないか」
「その自信はどこから来るのさ……」
呆れた治日は、ため息をついた。それでも助言はしてくれるようで、言葉を続ける。
「でも気をつけてね。一人になってからはかなりきついらしいよ」
「もう身に染みてる」
「前期卒業生代表、四日でああなったらしいよ。それよりも期間が長いんだから、壊れないようにね。僕が会えるのは今回限りだから、話し相手はイカれた連中しかいないよ」
「一人でどうにかする」
一人でどうにかしてやる。
小さいが武器ならあるし、今回は裏切り者はいない。車が来るまであと数日もあるので、作戦を考える時間は十分にある。
「うん、じゃあ話はそれだけ」
「これで本当のお別れだね」
話が終わり、二人は同時に立ち上がるが、治日は杖をついてゆっくりと立ち上がった。
「応援だけはしておくよ。僕は地獄でぬくぬく過ごすからさ」
「ありがと」
和泉は振り向くことなく、相談室から出て行った。
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