第20話 自殺見学の予約

 和泉が自室に戻ると、授業が短すぎて流石に一番乗りとなった。冷えかけた部屋を暖めるためにエアコンをつけ、真尋たちを待つ。


 その間、ベッドに仰向けになりながら今日の授業について考えていた。


 掲げる目的と内容が乖離しているとは思っていたが、今日のそれは度を越していた。他に何か目的があるのか考えようにも、白服たちの言動はそもそも理解の範疇あから逸脱しており、見当をつけるのは困難だ。


 それに、授業の雰囲気が変わったのは自分のところだけだろうか。


 真尋や治日が受けている授業も同様に過激なものに変わっていたとすれば、こちらが妙な動きをしていることを察知されている可能性も出てくる。その場合、どういう経路で白服たちの耳に届いたのかも考えなければならない。


 誰が、何のために。それを考えると、この施設自体の在り方も考えなくてはいけなくなる。思考は結局、分からずじまいで閉ざされる。


 考えれば考えるほど迷路に迷い込んでしまう。いや、「迷路」というより「沼」と表現した方が正確なのかもしれない。考えれば考えるほど深みにはまり、窒息してしまう。


 この施設に来て、もう何度目かの堂々巡り。


 考え込んでしまう癖のある和泉からすると、考えてもキリがないことがあるというだけで精神的な負担はかなりのものだった。


 真尋たちが帰ってくるまで一休みしようと思っていると、治日が帰ってきた。ドアを開けたときはいつもの仏頂面であったが、和泉の顔を見て少し驚いた。


「おかえり」

「ただいま。珍しいね、和泉が一番なの」

「まあね、授業内容が変わったっていうか、すぐ終わるかんじになった」

「あれ、そっちも?」


 うんざりといった様子で、治日は言う。


「ってことは、そっちもなの?」


 もしかすると、全授業で内容が様変わりしているのかもしれない。


「ただいまー」


 とここで、少し遅れて真尋が帰ってきた。その声には、いつものような活気がない。おかえりと声を掛けられるも、暗い顔のままベッドに座った。


「ねえ、あの噂聞いた……?」


 深刻そうに尋ねる真尋に、和泉は思わず身構える。


「どういう噂?」

「卒業者は頭の中にチップ埋め込まれるってやつ……」


 その噂に心当たりがありすぎて思わず吹き出しそうになる。治日は実際にベッドに突っ伏して笑い始めた。


「ああそれ、私と治日が昨日流したやつ」

「そういうことかい! 怖がり損だよ!」

「そういえばどんな話したか真尋に伝えてなかったね」

「報連相、大事……!」

「まあ、単なる噂と切って捨てるには怪しすぎるんだけどね」


 笑いながらも、あまり聞きたくはない注釈を治日は入れる。


「そういうのは漫画や映画の中だけにしてよ……」

「ここ自体、悪趣味なB級映画みたいなとこだろ」

「確かにそうだけどさあ……!」


 暖房が効いてきたのもあり、部屋の中がいい具合に温まってきた。


「ねえ、真尋のとこは授業内容変わった?」

「そう言うってことは、そっちもなのね……。あたしんとこだけじゃなくて、他の教室から出てく子たちもげっそりしてたよ」

「私たちを狙い撃ちしたってわけじゃないってことか」

「多分ね。分かってたら直接なんかしてきそうなもんだし」


 変わったということは何か目的があるはず。単に授業が次の段階に入っただけかもしれないし、施設内に流れるよからぬ噂に反応したのかもしれない。


 なんにせよ、自殺の見学は慎重にした方がいい。噂を流している犯人だとバレると何か特別な措置を取られる可能性がある。


 過激な授業内容が計画の促進にも妨げにもなりうる。自殺見学計画だけではなく、真尋と治日のメンタルについても問題があるかもしれない。


「あえてどんな授業だったかは聞かないけど、皆のメンタルは大丈夫? 脱走の前に心折られないようにね」

「折れそうだから癒してー?」

「治日は大丈夫?」

「まあまあ大丈夫かな」

「無視しないでよ! 今ので折れたよ、心!」


 二人とも直ちに危険という訳ではないので安心した。


 和泉は計画を進めることを決心する。


「それじゃあ、白服に言って自殺見学の予約してくるね」

「あー、うん……。いってらっしゃい」


 いつ自殺者が出てもおかしくない。早めに相談しておかなければ、機を逃す可能性もある。


 事務手続きをしに行くかの如くてきぱきと部屋を出て行った和泉を見て、二人は呟いた。


「心当たりがないって言ってたけどさ、やっぱイズミンもこっち側の人間だよね……?」

「……うん。クズだよ、紛れもなく」


 * * *


 部屋を出た和泉は医務室、正確にはその中に設置されている相談室に向かった。


 できるだけ怪しまれないように、部屋を出てからは思い詰めたような顔にし、足取りも重そうに見えるように努めた。


 ドアを開けると、栽原さいはらが笑顔で出迎えてくれた。


「葛城さん、どうかしましたか?」


 栽原は和泉の沈んだ表情を見るなり、駆け寄ってくる。ここの職員たちは微笑んでいることが多いので、心配そうな顔をするのは意外だった。一般的な倫理観を持ち合わせていないと思っていたが、思っていたよりは普通の感情を抱くのかもしれない。


「あの、ちょっと相談があって来たんですが……」

「そういうことなら相談員を呼びに行くので、先に部屋で待っていてください。あとでお茶を持っていきますね」

「いえ、お構いなく」


 形式だけの断りをいれて、和泉は案内された小部屋に入る。


 そこまで広くない医務室の隅にある小部屋なので、入ってみると想像以上に狭い。そのうえ取調室のように机と椅子しか置かれていないので、心的な圧迫感を抱いてしまう。机の前後幅が狭いことも、それに拍車を掛けた。


 数分待っただろうか、部屋に入ってきたのは和泉の授業を担当している庭瀬だった。


「お待たせしました。それで、相談事とはなんでしょうか?」


 笑顔ではあるが、真剣な声色で尋ねる。


 和泉の向かいに座った庭瀬は真っ白な服のせいで、顔と手だけが白い空間に浮いているように見えた。


「その、庭瀬さん、この前の授業で『自死を選びたいなら相談してください』って言いましたよね?」

「そのことですか! 葛城さんは自死を選ぶつもり――」

「いえ、そうじゃないんです」


 危うく自殺させられそうな流れになったので、食い気味に言葉を遮った。


「自分と向き合った結果自殺するのって、自分の罪から逃げているような気がするんですよね。だから、実際に自殺に立ち会ってどういう心境なのか確かめたいんです。自分がもし同じ道を歩もうと思ったとき、後悔しないように」

「そういうことでしたか。そういうことなら見学を許可します」


 自殺の見学というのに、案外すんなりと許可が出た。本当にそれでいいのか。


「自死を選んだ方がいれば、葛城さんに伝えますね。実際に立ち会えるかは、その方の判断ですけど」

「いえ、それでいいです。無理言ってるのはこっちなので」


 申し訳なさそうに手を振って狼狽えてみせる。


「それにしても自死は逃げではないのか、ですか……。葛城さんのお気持ちも分かります。昔の私なら同じように考えたと思うので」


 元からそういう倫理観ではなかったということは、どこかで洗脳でもされたのだろうか。他の白服たちも、あるいは……。


「そうなんですか? どういう心境の変化なんです?」

「詳しくは言えませんが、まさに世界を見る目が一変したことがありまして、それ以来『死』に対する考えが変わりました」

「へえ……」


 さも素晴らしい出来事のように語っているが、やはり自己啓発セミナーや悪質な新興宗教の類か?


 ともかく、自分もそれに気をつけなければならない。心を折ったあとで違う価値観を植え付けるというのは洗脳の常套手段だ。この施設で今後、それが行われないとは限らない。


「では、用件はそれだけなので失礼します」


 そう言って席を立つと、去り際に庭瀬に声を掛けられた。


「葛城さんも見学を通して自死を選びたくなれば、遠慮なく相談しに来てください」

「はい、そのときが来れば」


 そんなときは来ない。

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