第21話
シバとアイは学院と決別してからかれこれ二時間ほど上空を飛び続けていた。シバは深手を負った魔族の女を、アイは目元を赤く腫らし頬に涙の痕が残っている少女を抱いている。少女はスゥスゥと寝息を立てている。
「やっと寝たみたいだな。」
「、、、うん、けれど無理もない、目の前であんなことが起こったのだから。」
アイは表情には出さないが彼女の瞳の奥には優しさが見て取れた。
「、、、それと、シバは大丈夫?浮遊魔法と治癒魔法ずっとしているけれど。」
「まだギリいけそうだけど正直魔力消費が半端なくて結構きつい。いったん休憩してもいいか?学院からはだいぶ離れたし、こいつの出血も止まったし。」
本来シバの現在の魔力量では二時間ほどの飛行などなんともなく10時間ほどでも余裕なのだが今は魔族の女の傷の手当てで治癒魔法も同時に行っているため消耗が激しいのだ。魔族は自己再生できるが魔族の女の傷は自己再生が追いつかないほどひどく、血を止めるだけでごっそりと魔力を消費するのだ。魔族の魔力、それも魔王の血統のシバでさえ止血だけで今は精一杯だった。
「、、、それならばこの先に見える都市の宿に泊まる、?」
「でも大丈夫か?俺のこと知れ渡ってるだろうし。」
「、、、たぶん大丈夫。冒険者ギルドがある都市だから冒険者も多い。フードで顔を隠しても怪しくはない。」
「そうなのか、詳しいな。」
「、、、冒険者はよく魔物を狩るクエストがあるし、魔族もそれなりに警戒していたから。」
「なるほど、じゃあとりあえず今日はその街で寝泊まりしよう。」
そう言ってシバとアイは森を越えて徐々に高度を落とし地上に降り立った。そこから塀で囲まれた都市の関門前に並ぶ冒険者や貨物を運ぶ商人の列の最後尾に並んだ。並んでいる間に他の冒険者の会話からここが中規模都市ポリスという名だと分かった。
「おいアイ、俺たち身分を示せるもの持ってないぞ。」
前の方に並ぶ人たちが守衛の兵士に冒険者ならギルドカード、商人なら通行証を提示している。だがシバたちがその手の類を持っているはずがなく持っているとしてもシバの学院証だけである。当然提示できるわけがない。
「、、、この際仕方ない、奪う。」
シバは品定めするように辺りの冒険者を見回すアイにジト目を向けた。
「、、なんて?よく聞こえなかったわ。」
「、、、奪う。」
「、、、」
「、、、ん?」
アイはシバの顔を覗き込むようにして小首をかしげる。二人の間に沈黙が流れた。この沈黙を破ったのはシバであった。
「奪うって冗談だろ?かわいい仕草しても騙されないからな。」
「、、、本気。」
「却下だ。面倒なことになるだけだ。」
「、、、問題ない。すべて蹴散らす。余裕。」
アイはえっへんとばかりに覇気のない瞼の降りた目で慎ましやかな胸を張る。
「絶対却下だ。魔族の女と亜人の子もいるんだ。面倒事を今日は起こしたくない。てか基本的に面倒事は起こしたくない。」
「、、、余裕なのに。でも、どうするの?中に入れなかったら結局意味ない。」
「冒険者って設定でクエストが思ったよりきつくて逃げてくるときにギルドカード落としたってことにしよう。顔は怪我してるってことにしてゴリ押しで行く。」
「、、、分かった。」
そうこうしているうちに列はどんどん進みあと二組でシバたちの番がくる。二つ前の商人が通行証を見せ守衛の兵士が通行証と商人の顔をじっくりと眺め通行を許可した。
「思ったよりガッツリ見られるんだな。」
「、、、本当に大丈夫?」
シバたちの前の女性が守衛の兵士にギルドカードを提示した。
「マー二さん、お久しぶりです。一人ですか?」
兵士が彼女に尋ねる。
「いや、後ろの少年と女の子二人の四人だよ。あと、森で見つけた迷子の少女も数に入れてくれない?」
「「!?」」
彼女の言葉にシバとアイは驚いたように視線を合わせた。
「そうでしたか、だがそこの少年、顔を覆っている布は取れるか?」
「さっき怪我して薬塗ったから外すのはたぶん無理だ。ここは私に免じて大目に見てくれよ。」
」
冒険者の女性は手を合わせて守衛の兵士にお願いする。
「、、マーニさんの頼みなら大目に見ますよ。どうぞ。」
謎の女性冒険者マーニによってシバたちは中規模都市ポリスに入ることに成功した。
「あの、先ほどはありがとうございました。ですがどうしてあんなことを?」
シバがマーニに尋ねる。
「ギルドカード落としたってのが聞こえてね。余計なおせっかいだとは思ったんだけどこの都市は色々厳しいからね。あんまし気にしなくていいよ。」
マーニは笑顔でシバの背中をバシバシ叩きながら言った。
(この人豪快だな。ちょっと苦手か、?)
「私はマーニ・フラウスタだ。少年、君は?」
「えっと、シ、じゃなくて、ユウ・ディクイシです。こっちはアイです。」
シバはうっかり本名を名乗ろうとしたがとっさに偽名を使った。一応名前が知られていたら厄介だからだ。
「ユウか、また会う機会があったら仲良くしてくれ。あとこれは大体四人一泊分の代金だ。」
そう言って硬貨の入った小袋をホイッと渡した。
「さすがにここまでしてもらうのはちょっと、」
「気にしなーい、気にしなーい。ここであったのも何かの縁だ。けどそれだとユウが気にしそうだから今度会ったときに何かしてもらおうかな。」
そう言うと片手を振りながらギルド本部に向かって行った。
「ありがとうございます、今度ぜひ!」
(人間にもいい人はいるもんだな。)
シバはマー二に向け頭を下げ内心こう思った。
シバたちはマー二と別れて宿屋を探した。中規模都市ということもあり冒険者や商人が集まるため宿屋はどこもいっぱいだった。
「金はあるのに泊まれる宿がないってマジかよ。」
「、、、シバ、あそこ。」
アイが指をさした先には宿屋の看板があった。どうやらまだいっぱいではなさそうである。カランカランとドアを開けると音がして客が来たことを知らせる。
「こちらへどうぞ、」
ベルガールがカウンターへとシバたちを呼ぶ。
「四名様でよろしいでしょうか?」
「はい、」
「何泊のご宿泊の予定ですか?」
「とりあえず一泊でお願いします。」
「かしこまりました、ただいまお部屋にご案内します。」
カウンターで四人一泊分の硬貨を支払い宿泊の手続きを済ませた。階段を上がり部屋に通される。この時軽く世間話をした。
「お客様は冒険者でいらっしゃいますか?」
「はい、一応、ギルドカード落としてしまいましたが。」
「、、、あ、」
「それは、大変でしたね。でもよく関門を通ることができましたね。あそこはたとえ冒険者でもチェックが厳しいですから。」
「マー二さんって人に助けてもらったんです。」
「、、、あ、」
「彼女はサバサバしていて気前がいいですからね。」
「知ってるんですか?」
「、、、」
「ええ、この都市では有名ですよ。強くて優しい冒険者です。ファンも多いみたいですよ。」
フフッと口元を手で押さえながらベルガールの女性が笑った。
「あと、この都市が初めてなら気を付けたほうがいいですよ。」
「気を付ける?」
「はい、夜な夜な商人の荷物や名家の邸宅から金品を盗む者がいるそうなんですよ。」
世間話に花を咲かせているとシバたちの部屋についた。会話の間でアイが割って入ってきたがベルガールはそのまま気にせず会話を続けた。シバは肝が冷える思いだったのだが。
「お部屋はこちらになります。ではごゆっくり。」
部屋はベッドが二つの簡易的な部屋だった。とりあえず魔族の女の手当てを再開するので魔族の女と亜人の少女を別々のベッドに寝かせた。アイは亜人の少女のおなかに手を添えて見守る。
シバは睡魔と格闘していたがこればっかりは魔法など関係なくあっさりと勝敗が決した。魔族の女の横に崩れるようにして深い眠りに落ちた。
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