第20話

――――とある中規模都市へと通ずる森の中にて、

 

「ハァ、ハァ、ハァ、早く、ギルド支部局長に報告しなくては!」

 

 一人の兵士が何かから必死に逃げるように中規模都市ポリスを目指して奔走していた。

 

「ギャー!!」

 

 後ろでまた一人兵士が殺された。

 

「くそっ!」

 

 つい先ほどまで30人ほどの仲間がいたのに今では自分一人だけになってしまった。みんな“あの女”に殺された。力の差は歴然だった。皆一瞬で息の根を止められた。辺り一帯真っ赤に染まった。


 次は自分かと思うと恐怖で足が止まってしまう。だが、彼は走り続けた。自分も魔法学院を卒業した魔法兵士の一人だ。なんとしてでもこのことを報告して討伐クエストを作ってもらわなければ死んでいった仲間に合わせる顔がない。恐怖で震える自分に鞭を打ち必死に走る。


 だが、急に右足に激痛が走る。力が入らず倒れてしまう。


「がぁぁぁ!!あ、足がぁぁ!」

 

 激痛に襲われた右足は膝から下がなくなっていた。後ろに目をやるとなくなった右足の膝から下が不自然に転がっていた。だが彼はそれでも、這ってでも前に進もうとした。彼の中で足が切られるという光景は不幸にもごく自然なことであると頭に刻み込まれてしまっていた。


 数分前から仲間は皆四肢を切断されたり、胴を切断されたりと無残な光景に慣れてしまっていたのだ。治癒魔法をかけるということすらもはや彼の頭にはない。魔法士として怪我をしたら治癒魔法というような考えなくとも自然と出る行動にもかかわらず彼の体は、脳は逃げることを選択した。いや、立ち止まることすなわち死であると判断したのだ。


 しかし、這って前に進むことなどたかが知れている。今できる最大限の方法を模索する。極限の状態で彼が思いついたのはごくごく簡単なものだった。


 念話、、今の状況をイメージし自動的に言葉として送る相手に向けて放つ。


 念話を放つと自分の役目は終わった。今まで必死に逃げていた自分に自虐的になる。最初から逃げ切れるわけがないのだ。そう思いながらわき道にそれ木の根元に寄りかかるように上体を起こし座る。目を閉じると走馬灯のようにこれまでのことが思い出される。



 魔法学院で共に学んできた仲間、同じ部隊となり共に魔族討伐をしてきた仲間、これまでのかけがえのない仲間に出会えたこの人生もし悔いがあるとするのならば魔族を絶滅させ平和が訪れる日を目にすることができないことだった。だが自分にはもうそれができない。後はこの先の魔法士たちに任せて自分も死んでいった仲間のところへ、、


 

「おい、貴様はまだ殺さないぞ。」


「へ?」


 突如声が聞こえ走馬灯から呼び止められた。そして我に返った彼の頭の中は、恐怖、それだけだった。何人もの仲間を殺してきた張本人が目の前にいる。


 よく見ていなかったが黒を基調とした貴族風のドレスを身にまとい膝上ほどの丈のスカートからのびる色白の足にどこか気品を感じる。しかし、マントがなびくその姿はある軍隊の将軍のようにも見える。さらに腰のあたりまで伸びた銀髪が映え目麗しい”女”だ。


 そんなことを思っていると自分の体が木に磔にされるように縛り上げられた。

 

「私の妹はどこへやった?」

 

「い、妹?どういうことだ?」

 

 質問の意味が分からずそう答えた。が女の蹴りが顔面に直撃した。

 

「がはっ!」

 

「質問しているのは私だ。貴様は私の質問にだけ答えろ。それ以外で言葉を発したらつい殺してしまう。」

 

 もしかしたら”あれ”に関係していることかもしれない、彼には、そして殺された兵士達には心当たりがあった。奴隷として、オークションの品としてそして世界の平和のために魔族狩り、魔物狩りをしていたのだ。その中にこの”魔族”の妹が含まれていたのだろう。彼は思った。だが、

 

「し、知らない。魔物だけだ。魔族はいなかった。」


 再び抉られるような蹴りがはいる。

 

「下衆が、魔物はおろか亜人の子供や魔族の子供をさらい欲のために食い物としていたではないか。本当に人間は汚れているな。答える気がないというなら無理やりにでも答えさせるまでだ。」

 

 そう言うと彼女は無数の小さな蝙蝠のような魔物を出現させ彼に向けて放った。体中に魔物が喰らいつく。体中の血が吸い取られる感覚があった。

 

「ギャー!!や、止めてくれ!」

 

 だが彼女はやめる気配がない。貪るように我先にと蝙蝠のごとき魔物が彼に噛み付く。それどころか今度は四本の細身で先端が鋭くとがった剣を生成した。満足したのか蝙蝠魔物は離れていき消えた。

 

「もう一度聞く。妹はどこだ?」

 

 彼女は質問と同時に彼の両手に剣を突き刺した。まるで拷問をするかのように。


「ぐあぁぁぁ!」

 

「どこだ?次は、残った左足だ。」

 

「ぐ、ぐ、お前の、い、妹は、、、がぁぁ!」


 彼が言う前に三本目の剣が左足に突き刺さる。

 

「立場をわきまえろ、この下衆が。」

 

「あ、あなたの、い、妹は、この先の中規模都市ポリスです。」

 

「なるほど。この先か。貴様には特別に何か褒美をやろう。」

 

 彼女はそう言いながら残りの一本を彼の胸に突き刺した。

 

「貴様には死をくれてやろう。感謝する」

 

 彼女は手に魔法陣を展開させ苦しみもだえる彼に向けた。彼女はそのままゆっくりと手を握り締めていく。それに合わせて彼の体が徐々に押しつぶされていく。ボキボキと骨の折れる音とともに体が圧縮されるように折れ曲がり変形していく。

 

「醜いな。消えろ。」

 

ブシャ!


 力強く完全に手を握り締めると彼の体が握り潰されるように弾け飛んだ。人であったという原型はもはやなくただの肉片が辺りに散乱する。

 

「中規模都市ポリス。」

 

 そうつぶやいた彼女は漆黒の翼を背中に出して中規模都市ポリスに向かって飛んで行った。彼女の漆黒の羽根が舞い赤く染まった木々にひらひらと落ちた。

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