第18話

 学院長はうむ、とうなずき汚物を見るような視線を魔族の女と亜人の親子に向けた。再びカンッと木槌を鳴らし改めてシバに質問した。

 

「シバよ、どうして君がそこにいるのか不思議でならないのじゃ。君の教官パレク・ダスカロナはとても優秀な魔法士であり教官のはずだが、君の試合についてや、側にいる魔族についてなど聞きたいことが山ほどあるわい。」

 

「この際理由なんかいちいち言ってられない。単刀直入に言うと、”復讐”だ。」

 

 シバの言葉が講堂に響き渡った。今までのただの無能ならば笑いが飛び交うのだが今は笑いもなければ誹謗中傷もない。ただ中央にいるシバに視線が注がれるのみだった。

 

「なるほど、それは、なんとも、復讐にしても日頃の罵声や暴力なら何も殺すことはないと思うのじゃが、」

 

「今となってはクラスの奴らからの罵声や嘲笑など別にどうでもいいが、いざ試合で対峙するとついな、いじめられっ子がいじめっ子に反撃しないなんてあると思うか?そんなことないだろ?それに復讐って、、」

 

「いじめとは!シバのクラスの者全員降りてきなさい。それとパレク教官も中央に来なさい。」


学院長はシバの話を遮るようにして上の階でシバたちを見下ろす生徒に向けて厳しく言い放った。

 

(おいおい、それだといじめに対しての復讐ってことになっちまう、待ってくれよ、)

 

 シバはアイにちらりと視線を送るが「私は知らなーい。」と言ったように無言で視線を逸らされる。

 

(、、、あいつ、、)

 

 シバの言葉を遮るように学院長が促したすとパレクとキャリアは言葉通り中央に行くが呼ばれたクラスの生徒たちは降りることを躊躇っていた。


ガンッッ!


 

「降りてきなさいと言ってるのがわかっているのかね、」

 

 今までで一番力強く木槌が叩かれた。学院長の目つきは刺すように鋭くシバのクラスの生徒たちを捕らえていた。観念したようにぞろぞろとクラスの生徒たちが降りてくる。

 

「まず、あなたたちがシバにしてきたことは事実ですか?」

 

 学院長が単刀直入に尋ねた。なかなか答える者がいない中はっきりと質問に答える者がいた。むしろクラスの生徒はこの人物が答えてくれると思い黙っていたと言っていい。委員長の戦闘眼鏡ことキャリア・キネカである。

 

「学院長、私はこのクラスの委員長を務めています、キャリア・キネカです。シバの言う通りこのクラスではシバへの度重なる誹謗中傷つまり、いじめはありました。」


慎重にやや言葉を選ぶように緊張した様子でキャリアは続ける。


「委員長としての立場でありながらいじめの解決につながることは何もできず彼につらい思いをさせてしまったこと本当に反省しています。彼を日頃のいじめの復讐で女子生徒を必要以上に痛めつけてしまった件ですが私達にも責任があると思っています。それに彼は毎日文句を言いながらも居残り訓練をしていました。彼は努力し私と模擬戦で勝つまでに至りました。自分なりに工夫して私の戦い方の弱点を見抜き私に有効な一手で勝利しました。彼はこの先もこの学院で学ぶべき人間です。退学というのであれば私達こそ退学にするべきです。どうか寛大な処遇を。」

 

 キャリアは必死に懇願した。委員長として、いや好きな男の子が苦しんでいるのに何もできなかった自分を責めるように。今自分にできることをする、そういう想いが学院長に届いてほしいと願うように頭を下げた。

 

「人間とは弱い生き物じゃ。自分よりも能力の低い者を見ると安心してしまう。だから能力の低い者を集団で罵る。すると自分に余裕ができる。これはどうしても仕方のないことじゃ。じゃがそれでは何も成長できないのじゃ。しかし彼がどういう思いでいたのか今回の件でよくわかったじゃろう、自分を磨き日々これからも精進するのじゃ。と言いたいところであったが二週間ほど独房で頭を冷やすのじゃ。シバの気持ちがわからぬ年齢ではないだろう!」

 

 学院長は激しく生徒たちを叱り二週間の独房生活の処罰を言い渡した。二週間の地獄の独房生活を告げられ弁明の余地もなくなすすべなく従うしかなかった。もっともこの状況で物言いするような者がいるはずもないのだが。 

 

(なんか、俺のこと完全に無視して話が進んでいくのはもうどうにもならないのか、?でもあいつらが独房生活はちょっといい気分だ、うん。)

 

「では、パレク教官、クラス内でのいじめについてそしてシバの試合での件に

ついて話を聞きたいのじゃが、何かあるかね?」

 続けざまにパレク教官に話が振られた。パレク教官がいつものように凛とした態度で答える。

 

「まず、クラス内でのいじめに関してですがこれは完全に私の力不足です。シバに対するクラスの生徒たちの態度がおかしいことは十分に理解していました。私のクラスにいじめがあったことを認めます。しかし、彼らは、将来魔法士として国の防衛、つまり魔族討伐を行うことになります。いちいちいじめはいけないと指導していては時間の無駄でしかありません。この程度で自分よりも能力の低いものを大衆で馬鹿にしているようでは結局、魔族討伐はおろか国の治安維持すら行えないでしょう。そもそも学院長が就任させないでしょう。ですから私はそのような者のために時間を費やすのではなくシバの補習訓練に時間を費やしてきました。学院長もおっしゃったように彼の魔力は極端に低かったですが物事の本質を見抜くことには秀でた才能が有ります。教官の立場として一人の生徒に肩入れするのはおかしな話ではありますがそれほどの価値のある生徒だったのです。」

 

 パレク教官は淡々と自分の考えてきたことを話した。自分のクラスの生徒の大半に見切りをつけていたこと、彼女の言葉からそれは自明だった。独房生活に追い打ちをかけるように生徒たちは自分たちが見切りをつけられていたことを知り全員顔面蒼白である。一区切りつけてさらにパレク教官は続けた。

 

「試合に関してですがむしろこれこそが私の力不足が生んでしまった結果でしょう。しかし、無能と言われ続けた彼は毎日私に無駄口を叩き文句を言いながらも努力してきました。そしてようやく手に入れた力なのでしょう。今後どう使うかは彼次第ではありますが必ず私が正しい道へと導きます。彼こそこの学院で学び国の、そして人間が豊かに生活していくための魔法士になるにふさわしい生徒です。どうか寛大なご判断を。それに加えて委員長のキャリア・キネカにも他の生徒よりも寛大な処遇を。」

 

 パレク教官は90度に腰を曲げシバの処遇に加えてキャリアのことを思って言った。二階の生徒の中には涙を浮かべる者もいる。生徒想いのパレク教官に対して称賛の拍手が送られた。だがシバは心底困った表情である。

 

(まじか、よくもまあこんなに淡々と滝のように言葉が出てくるな、しかも勝手な解釈で。まじで迷惑極まりないんだが。けど今まで本当に面倒見てもらったし自分で勝手に解釈してることに自覚がない当たり質が悪いよな。どうしたもんか。)

 

 そうこう思っていると再び木槌の音が聞こえ割れんばかりの拍手は止まった。

 

「パレク教官の言うことはもっともなことじゃ。シバよ、どうなんじゃ?」

 

 ポリポリと頬をかきながら何とも言えない微妙な表情でシバは言った。

 

「あー、いや、教官には悪いんだけど、この魔族の女や亜人の親子を殺すべきではないと思ったんだ。赤髪の魔族は人間に化けていた亜人とはいえ人間を魔法士たちの攻撃からかばったんだ。」

 

 講堂内の生徒、教官が注目する中さらにシバは続ける。

 

「これは俺の憶測だが、この魔族の女は学院に復讐するために襲撃したのであって他の人間を殺すために来たのではなかったんだと思う。だって魔物たちは生徒や魔法士しか攻撃してないだろ?自分に向けられた攻撃が関係のない人間に当たってはいけないと思っていたんだろう。そんなやつを殺すのは何かいい気分じゃない。」

 

 シバの発言に対して反応するものはいなかった。講堂内の者が皆驚愕していたのだ。この男は先ほどキャリアやパレク教官の言葉を根本から覆すようなことを言っている。


 キャリアは膝を折り床に跪く形で放心状態だった。パレク教官はシバへの視線を魔族の女、そしてアイに向けた。彼女の瞳は暗く冷徹なものだった。アイは特に気にした様子ではないが魔族の女はパレク教官の目つきにたじろぐ。

 

「こいつもしかしたら洗脳されてるんじゃないか?」

 

 ふと、誰かが呟いた。この発言を皮切りにシバが魔族の女に洗脳されているとあることないこと意見が飛び交う。

 

「そうか、だから、試合でもあんなにひどいことができたんだ。」

 

「ならもう一人の魔族の女も無能のことを洗脳してるんじゃないのか。」

 

 魔族の女はおろかアイにまでも罵声が投げつけられる。アイはいちいち気にしないが決して許すはずのない男が一名いた。

 

「、、あ゛?」

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