第17話

 シバが目を開けると広い場所にいた。どうやら学院内の大講堂である。二階席には中央を見下ろすように左右と後ろに学院の生徒が座っている。一階正面には教官たちが皆シバとアイ、魔族の女、亜人の親子に注目している。正面の教官たちよりも高い位置に座っている学院長が木槌を叩いた。カンカンと鋭く乾いた音が大講堂に木霊する。

 

「これより、シバ・イクディキシへの質疑応答及び魔族と亜人の処遇について審議する。まず、シバに聞きたいところじゃがそこの魔族の女、貴様からじゃ。生徒、教官もお前の処遇について聞きたいようじゃしの。」

 

 学院長は魔族の女に視線を落とし聞いた。

 

「なぜこのような機会を与えているかわかるか?いくら国法違反でもシバは我が学院の生徒じゃ。それにシバは物事の本質を見抜ける生徒じゃ。貴様に何かあるというなら話してみよ。」

 

 大講堂の中央へ生徒、教官の視線が集まる。

 

「貴様らが私の村を襲ったんだ!私たちが何をしたというんだ!」

 

「なんという戯言を、魔族の村を襲うにしろ魔族はなかなか手ごわい、嘘をつくのであればもっとましな嘘をつきなさい、時間の無駄じゃ。」

 

 二階席の生徒たちが口々に魔族の女を非難する。彼女が本当のことを言っていると思う者などだれ一人としていない。学院長が木槌を一回叩き静まるように促す。

 

「嘘ではない!貴様ら学院の魔法士が魔族と交流すると言ってきたんだ。村にやって来た使節に親愛の印として渡された腕輪をつけると皆魔力が使えなくなった。そうしたら魔法士たちがやってきて村の皆を次々に殺していったんだ!今私がつけられている鎖も似たようなものだろう!」

 

 彼女が床につながれている鎖を引きジャララと音がする。

 

「つまり貴様は復讐をしに来たということじゃな。しかし、貴様ら魔族が人間に害をなすから致し方無いことじゃ。だまされたと思っているのじゃな?それがどうしたのじゃ?どんな手を使ってでも貴様ら魔族を撲滅するためじゃ。」

 

「しかし、私たちの村は人間の襲ったことなど一度もない!」

 

「悪の芽を摘むというのはこういうことじゃ。もういいかの?貴様の死は決定している。」

 

「私の村以外で魔族が人間を襲ったことはないとは言わない。だがそれもすべて元凶は貴様ら人間だろう!貴様ら人間が自分たちの私利私欲のために我々を騙し、土地を奪い、女、子供をさらう。魔族が悪の根源というのなら人間は善だとでも言うのか?違う、人間こそ悪の根源だ!人間の行いが魔族に憎悪を植え付ける、さも魔族が悪だと断じ自分たちこそ正義だと言い魔族を殺す!それのどこが善なんだ!貴様ら人間こそ悪の火種をまき散らす悪そのものじゃないか!!」

 

 彼女の目に涙を浮かべながら言った。彼女の悲痛を思わせるようにジャララと床につながれた彼女の鎖の音がむなしく鳴り響いた。だがこの場にシバたちを除いて


 彼女の言葉を信じる者など誰一人としていなかった。

 

「だからどうした!お前ら魔族の存在そのものが悪なんだよ!」

 

「俺の両親はお前ら魔族に襲われたぞ!俺の目の前で父ちゃんと母ちゃんを食ったぞ!」

 

「俺の兄貴を魔族にさらわれて魔族の奴らは一週間後磔にされた兄貴を見世物にしやがったぞ!」

 

「お前ら魔族が攻めてきたせいで俺の故郷の村は跡形もなくなったぞ!!」

 

「人間が魔族に何かしたとか関係なくお前ら魔族も本質は同じだろうが!自分の私利私欲のために人間を殺している!自分たちだけ被害者面してんじゃねーよ!」

 

 生徒が口々に自分たちの魔族への恨みをぶつける。教官の中にも何名か口に出している者もいた。講堂内がざわつく中で再びカンッと乾いた木槌の音が鳴り響いた。心なしにその音は力強さが残っている気がした。再び講堂内は静寂に包まれた。

 「皆のもの落ち着くのじゃ、そこの魔族の口車に乗るでない。皆の気持ちはわしが一番分かっておるわ。おい貴様、人間がそもそもの悪の根源とはふざけたことを。争いが争いを生む、まさにその通りだ、まったくもって間違いではない。貴様は平和を望んでいるようじゃが我々人間も世界の平和を望んでいる。そこは人間も魔族も同じなのじゃ。」

 

「我々魔族と人間、双方が望んでいるのは平和な世界、同じものを目指しているじゃないか!」

 

「ああ、じゃから世界の平和のために死んでくれ。」

 

「、、、は?」

 

「その通りじゃろ?我々人間にとっての世界平和とは貴様ら魔族のいない世界の上で成り立つものじゃ。我々人間は魔族がいなくなることを望んでおる。なぜ魔族を襲うのか聞いたな。それは人間の社会を脅かす存在である魔族を滅ぼすことで平和が訪れるからに決まっておろう?単純明快じゃ。貴様を殺すことなど貴様を捕らえた時から決まっておったのじゃ。我が学院の生徒であるシバが貴様をかばうから話だけでもと思ったのじゃ。最初に言ったではないか。」

 

 学院長ディスフィデス・スコーリオは言った。人間が魔族を、魔族が人間を憎む。この関係はどちらが先に手を出したなど関係のないものなのだ。人間にとって魔族は悪、人間の平和のためには魔族がいなくなることが絶対なのだと。このことが覆ることなど一切ない、彼の言葉は人間にとっての不変の真理であることを物語っていた。そしてこれは人間だけではなく魔族にとっても言えることなのだと。

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