第15話
大破された第一防衛ラインの魔法士たちは一瞬にして命を落とした。かろうじて一命を取り留めた者も次々となだれ込んでくる魔物の集団によって食いちぎられる。手足をもがれ腹を踏み倒され内臓が飛び出る。
侵攻してきた魔物は四足歩行の魔物や翼をもつ鳥型の魔物で構成されていた。四足歩行の魔物はいくつかの小さな群れでものすごい勢いで四方に散開し次々に魔法士に食らいついていく。鳥型の魔物は空から鋭く鋭利な紫色の炎を纏った羽根で空から射撃攻撃で地上の魔法士たちに“紫の雨”を降らせる。
はじめは突然の第一防衛ラインが破られ魔物が進行してきたことに加えて観客の避難誘導と護衛で一時学院側は守りに入っていた。
ここでようやく少々押され気味であった学院陣営だったが避難もある程度済み徐々に戦況が傾き始めた。四足歩行の魔物の上下に発達した四本の牙が魔法士を襲うも防壁で体を守っているので牙が魔法士の体を食いちぎることはおろか体にすら届かない。それは、鳥型の魔物にも言えることだった。魔法士や生徒たちは敵の攻撃が大したことがないとわかると各自散開し魔物に反撃する。
「こいつら大したことないな、どんどん倒してこうぜ!」
「ああ、そもそも数が思ったより少ないのな。」
「防衛ラインの連中は何で突破されたんだよ。」
主に学院の生徒の気が一気に緩んだ。魔弾を放ち、魔物を次々に倒していく。魔物たちも本能的に実力差を感じたのか今までの勢いがなくなり後ずさりしていく。魔法士や生徒たちの攻撃は多彩なものだった。上空に黒雲を生成し雷落とす者、土から生成した硬質なプレートで左右から勢いよく挟み潰す者、炎、水、雷、風、土、各々が多種多様な攻撃を繰り出す。
「今年の一年生は優秀な生徒が多いようじゃな、それに二年間の学外活動から帰ってきた四年生は技に磨きがかかっていて実に素晴らしい。」
対策本部で戦況を見ていた教官たちの背後から荘厳とした声が聞こえそこにいた者たちに緊張が走る。
長い白髪の顎ひげを蓄えつばの広い真っ黒なとんがり帽子をかぶった老人が立っていた。
「「「が、学院長、、」」」
ディスフィデス・スコーリオ、この魔法学院の長の名前である。優しい老人のような柔和な表情と対照的に重みのある声色で威厳を感じさせる。過去にも魔王討伐をしたメンバーの一人であったことや、ドラゴンの群れに一人で挑み殲滅してきたなど錚々たる逸話が数多く語られる人物である。
「どうしてこちらに?国王陛下と一緒だったはずですが?」
「うむ、先ほどまではな。国王直属の魔法兵団もおるし問題ないじゃろう。それより今年の一年生は確かに素晴らしい実力の者ばかりではあるが少々中身が青いようじゃ。」
学院長が険しい表情で戦場を投影魔法で映したディスプレイに目をやる。それに続いて本部にいた者もディスプレイに目をやる。
「なあ、誰が一番多く魔物を倒せるか勝負しねーか?」
「お、いいね、あいつら弱すぎてちょっと退屈してたんだよね。」
「負けたらどうするー?」
学院の生徒たちは魔物が弱く物足りないと思い魔物の討伐数を競い始めた。一人が一匹の魔物を倒し、一人、また一人と次々と魔物を倒していく。
だが競争に参加した10名の生徒は集まり誰が多く討伐したのか話し合っていると突如として背後から紫色の光が差し込んできた。一人がその光に気づき眩しそうに後ろを向いた。
「お、おい、あ、あれ、何だよ!?」
「急にどーしたんだよ、って!?なんだ、あれ!?」
その言葉で残りの八人が振り返る。全員のこれまでの余裕の表情は消え驚きを隠せないでいた。恐らく、恐怖も感じているのだろう。
紫色の光の正体は不気味に浮かぶ直径約二メートルの黒みがかった紫の球体であった。
その球体はよく見ると紫の炎が燃え盛っていた。紫炎の中から一筋の炎が飛び出しうねりを上げるように姿を変えていく。竜のごとく宙を泳ぐように紫炎の球体は姿を変えていき紫炎の竜が出現した。その紫炎竜の大きさは全長三、四メートルほどであったが彼らを恐怖に陥れるには十分すぎるくらいだった。
突如紫炎竜は牙をむき出しにするように咆哮し紫炎の魔弾が彼らに飛んでくる。
反射的に防壁を展開することで大きなダメージを負うことはなかったがそれまでの攻撃とは強さの桁が違う。誰もがそう思った。きっとこの竜を操っている奴が第一防衛ラインを大破させたんだろうなと思う者も何人かいたはずである。
ここでの戦闘は危険だと直感し逃げようとするがその先には魔物が立ちふさがる。
直後、紫炎竜の咆哮、全員が再び防壁を展開する。その場に留まざるを得なくなってしまった。肩で息をし先ほどまでの余裕はもはやない。
紫炎竜や魔物たちの攻撃が止まった。上空から声が届く。
「なあ、そんなに魔物を殺すのが楽しかったのか?私たち村の魔族がお前たち人間に何をしたというんだ?」
彼らは声の聞こえた上空に視線を向ける。紅い艶やかな髪に気品を感じさせる金色の瞳、胸元が少し開け色気を漂わせた黒い装束に身を包んだ女性がいた。
一瞬目を奪われるほど美しい容姿であったが頭と背中に自分たちとの違いを見つける。側頭部からややカーブしながら上に向かって生えた二つの角、背中には蝙蝠の翼を彷彿とさせる黒い翼がある。魔族の特徴である。翼で体を覆うようにして地上に降り立つ。
「お前たち人間のせいで私の村の者がいったい何人死んだと思っている。殺戮の限りを尽くし、土地を奪い、食料を奪い、その上魔族、魔物狩りだと、ふざけるな!」
彼女は人間に対する怒りをあらわにした。しかし、彼女めがけていくつもの魔弾が飛んできた。彼女やその場にいた学院の生徒はこれを回避したが魔弾の先には避難に遅れた観客の親子がいる。
小さな男の子を抱え娘の手を引く母親が魔弾を回避すること、ましてやはね返すなどできるはずもなく母親は目を閉じ、生徒たちはもう助からないと思った。
魔弾が到達し爆発する。魔族の女の姿が見当たらない。誰かが思った。
直後学院の生徒つまり人間にとってこの光景は誰にも理解し難いものであっただろう。煙の中に赤髪がなびく。母親の目の前には右手を伸ばし紫色の魔法陣を展開させている魔族の女がいた。
その場にいた者の時が止まった。助けられた母親も目の前に魔族の女がいること、そして彼女が自分たちを助けたことに理解できないといった様子だ。
その時、間髪入れず再び魔弾が魔族の女めがけて飛んできた。その場にぞろぞろと魔法士や教官がやってくる。魔族の女への攻撃はやむことはなかった。側に人間の親子がいるにも関わらず。
「待ってください!近くに避難の遅れた親子がいます!」
先程の魔族の女の行動を目の当りにした生徒たちは困惑していたが人間の親子が側にいるということで口々に攻撃の中止を求めた。しかしその攻撃が中止されることはなく代わりに一人の教官が歩み寄ってきた。その筋肉質で胸板の厚い男性教官は彼らに語りかける。
「しかしあの魔族の女はそこの母親たちを庇っているようだが魔族は魔族、討伐しなければならないのだ。」
「それは十分わかっていますが、このままでは後ろの親子にも危害が及ぶ危険があります。それとも多少の犠牲はやむを得ないとでも言うつもりですか?」
「そういうことではない、よく見ておきなさい。」
そう言うと男性教官は魔法陣を展開し親子に向けた。すると母親が首から下げている首飾りのの小さな宝石が割れ親子の姿がやや変化した。
頭頂部には獣耳が現れ、腰の下には尻尾が生えていた。宝石に魔法が付与されていて姿を変えていたようだ。
「あ、亜人、、」
亜人、人間と魔族の混血と言われている。この国で亜人に対する考え方は魔族の次に悪い。親子の正体がわかった途端攻撃の中止を求めた生徒たちは攻撃中止を求めたことに対して謝罪した。
「分かればいい、亜人は人間でもなければ魔族でもない。半端で気味悪いものだ。魔族の方がかえって潔い。さらにこの亜人は人間に化け不法労働をしていたのだ。亜人なら亜人らしい仕事があるだろうに、汚らわしい獣め、この出来損ないの分際で。そこの魔族の女と一緒に殺すべきなのだ。」
一斉に集中攻撃を受け魔族の女に焦りの色が見え始めた。遠距離からの魔弾がやむと同時に何人かの魔法士が魔族の女に接近する。
入れ替わるように五名の魔法士が拳や蹴りを入れる。
「よく見ておけ、これが集団戦闘だ。」
男性教官が一年生に魔族と戦う魔法士や四年生の動きを見るように指示をしたのだった。
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