第14話

 教室へと通じる薄暗い廊下をシバが歩いていると後ろから呼び止められる。


「シバ、」


 振り向かずにシバは答える。

 

「なんですか?教官。」

 

「あそこまでやる必要がどこにあった。彼女だけではない、他の生徒もだ。お前は人の痛みをよく知っているはずだ。今のお前はかつて仲間を殺した友人そっくりだ。どう見てもブラーフマにしか見えない。どこで魔族と接触したんだ、どうして魔族なんかの声に耳を傾けたんだ。答えてくれ、シバ、、、」

 

 目に涙を浮かべ教官はシバの背中をじっと見つめる。

 

「別に魔族の声に耳を傾けた訳ではないですよ。どちらかと言うと自分の判断です。それにさっきの場合は相手が殺しに来たから殺したまでです。」

 

「そんなはずない、彼女は優しく、おとなしい性格の生徒だ。」

 

「前にも言いましたけど本質を見抜けって言ったじゃないですか。彼女の本当の姿は人を傷つけることに快感を得ているサイコ女ですよ。教官ならそれくらい見抜けないと、そういう人間がブラーフマでしたっけ?それこそ犯罪者になるんでしょ?」

 

「だが、、しかし、、」


ドゴォーン!!


 教官が何かを言おうと口を開こうとすると大きな爆発音が鳴り響き校舎がその衝撃で揺れた。外から生徒が走ってくる。

 

「教官!魔物の襲撃です!!」



「状況はどうなっている?」

 

 学院の教官たちと一部の生徒が集まり対策本部で現在の状況整理が行われていた。報告部隊と思われる生徒にパレク教官が緊迫した様子で尋ねた。


「はい、学院の正門の第一防衛ラインが突破され校舎の一部が攻撃されています。それにより競技場のあたりは混乱している模様です。現在一年が観客の避難誘導を行いその他学院に居る生徒と教官で魔物の討伐を行っています。」

 

「魔物の数は?」

 

「正確な数字は出せませんがそれほど多くはないでしょう。しかし、奇襲に加え二、三年生が学院外にいるので少々押され気味なようです。」


 重苦しい空気の中色黒で筋骨隆々の男性教官が一歩前に出た。

 

「観客の避難誘導が済み次第一年にも討伐に参加させる。いい機会だ、魔物との戦いを経験させるのだ。それ以外は討伐部隊をいくつか編成し魔物どもを撃つ。」

 

 貫禄ある教官の発言により魔物討伐作戦が開始された。



(何が起きているのか情報が少なすぎる。だがいい機会だ。ここで国王と学院長を殺すのも悪くない。)

 

「アイ、この機に応じて国王たちを殺しに行くぞ。」

 

「、、、うん、けれど魔物の襲撃が少し気になる。見たところ数は200も満たない。」

 

「確かにそれは少なすぎるというかもはや特攻だな。」


学院外で活動している二、三年生がいないにしてもあまりにも分が悪い。

 

「、、、大体数からして村一つか二つ分くらい。普通村単位で魔法士の多い学院に襲撃はしない。恐らく人間側が何かした。」

 

 アイは無表情であったが少し顔色が暗いようだった。

 

「アイ、国王や学院長を殺すのは別に今じゃなくてもいい。気になるんだろ?魔物のこと。」

 

「、、、でも、決めるのはシバ。」

 

「自分で対等がいいって言ってたじゃんかよ。アイがしたいこと俺にも言ってくれよ。」

 

 シバはアイが自分について来てくれることに感謝していたが基本無表情な分アイが無理をしているのではないかと常々思っていた。まだ記憶を取り戻してそれほど日は経ってはいないがアイの顔色や声のトーンからなんとなく彼女の気持ちを察してきた。

 

「、、、シバ、私はやっぱり魔物のことが気になる。だから、、」

 

 アイがシバに覇気のない瞳を向けた。彼女の瞳の奥に不安と心配と何とかしてあげたいという強い意志を感じた。

 

「当たり前だ、アイが俺についてくるように俺もアイについていく。行くぞ!」


 

 この時シバはまだ国や学院そして人間が魔族に対して行ってきたことのほんの一部しか知らなかった。国王のいた場所へ向かうのをやめ魔族のいる方へと進む二人を見つめる影が二つ。

 

「さっきの奴の試合は何か裏があると思っていたが隣にいた魔族の女、あいつに唆されたのか?しかし、奴が我々の敵であることに変わりはないようだな。なぁ兄貴。」

 

 銀色の鎧に身を包み右目が隠れるほど伸びた前髪の筋肉質でやや細身の男が言った。

 

「ああ、あいつが国王陛下に危害を加えるというのなら殺すまでだ。それにその内あいつとは戦うことになると思う、それまで様子見といこう。」

 

 銀色で胸元に金色の装飾を施した鎧を着ている短髪の男はニヤリとし答えた。


 

「、、、シバ、さっき私たちを見ていた二人はいいの?」

 

「あー、正直分からん、一人は問題ないと思うがもう片方は気を付けたほうがいいな。あの距離からでもジワジワとあいつの圧力が伝わってきた。」

 

 どうやらシバたちも気が付いていたようだった。しかし、この先シバが問題視した男がシバの心を大きく動かすこととなるのを当然シバは知る由もなかった。



 その頃学院内は一時パニックになっていた。第一防衛ラインが突破され魔物が学院に侵攻してくる。突然の魔物襲来に観客はおろか一部の生徒もおびえていた。

 

「皆さんは我われが必ずお守りします!我々の誘導に従って確実に避難してください!

 

 教官たちと四年生の指示で観客たちの迅速な避難誘導が行われる。

 

「皆さん焦らずこのままお進みください!それまでは我々が守りますので!この先の転移ゲートへ行けば魔法の防壁シェルターに転移できます!」


 観客たちの避難誘導がある程度済み魔法による念話が各教官、生徒に届く。

 

『ある程度の観客の避難が済んだ。ここからは魔物討伐に入る。一匹たりとも逃すなっ!』

 

 シバにも拡声されたように頭に教官の指示が届く。

 

「どうやら本格的に魔物の討伐が開始されるらしいぞ。」

 

「、、、とりあえずこの魔物を率いている中心の魔族に会いたい。」

 

「この魔物たちには自我はないのか?」

 

「、、、うん、本能みたいなものはあるけれど明確な自我はない。意思があるのは私みたいな人型の魔族だけ。

 

「じゃあその魔族を探せばいいのか。」

 

 シバは目を閉じ人差し指を鼻先でピント立て魔族の魔力を探す。どうやら隠蔽魔法で姿を隠しているようだった。索敵魔法を使うためシバの体はうっすらと黒い光を纏い感覚を研ぎ澄ませる。以前は仕組みは理解できても実践するために必要な魔力がなかったためできないが今は違う。


 シバの頭の中にモノトーン調の風景が浮かび上がる。その中に大小さまざまな白と紫の点がぼんやりと現れる。その点が次第に鮮明な形を成していく。その点は人間、魔物がはっきりとわかるまで鮮明になる。人間と魔物が混戦している中で上空から見つめる魔族の女が一人いた。

 

「、、いた、たぶんあいつだ。」


 二人はその魔族の女の方へ向かった。

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