第13話

 おびただしい数の血痕で埋め尽くされた競技場に誰もが言葉を失った。


 だが突然横たわる彼女の下に例のゲートが出現しシバのやや斜め上に飛び出される。


 シバの意志ではない。即座にシバは上段へ回し蹴りを繰り出すが彼女はそれを右腕でガードする。


 シバの蹴りは効かなかったが衝撃により彼女は吹き飛ばされた。回転しながら着地しふらふらと立ち上がる。


「あんた、やっぱりすごいよ、あんな攻撃初めて!ぞくぞくする!」


 俯きながら彼女は大声でシバに語り掛ける。顔を上げた彼女の頬は血ではっきりとは分からないがうっすらと頬が火照っているように見える。

 

「最高だよ、あんた!最高すぎる!殺すのがもったいないくらい、、けど殺しちゃうんだけどね!あんたは絶対殺したい!今まで殺したくなるほどの奴がいなくて萎えてたけどあんたなら殺しがいがあるぅ!」


 彼女は目を見開き、歯をむき出し笑みを浮かべながら言った。


(あ、こいつやばい奴だ、完全に目がいっちゃってるわ、サイコパスってやつだ、)

 

 シバは彼女の様子に冷ややかな視線を向け絶対に関わっちゃいけない奴だと、鍛錬しようなんて思わないで速攻で試合を終わらせればよかったと後悔した。この様子を見ていたアイもやれやれといった様子だ。とりあえずシバは変に絡まないように様子を見ることにした。もうすでに遅い気もするが。

 

「でもなんで無能のふりしてたのさ、クラスの奴らに合わせてあんたのこと罵ってきたけど馬鹿みたいじゃない。最悪ぅ!でもあんたのこと殺せるからいっか。」

 

 観客にはシバたちの会話は聞こえないためボロボロになっても立ち上がる彼女の姿に胸を打たれる者もいるだろう。彼女への称賛の声やシバの対する批判の声が競技場内に響く。

 

「あ、あのさ、俺を殺そうとするのはわかったんだが、殺したらお前は学院に居れなくなるんじゃないか?」

 なんとなく刺激しないように下手に出るシバ。

 

「多分問題ないと思うよ~、あたしは意外と計算高い女なんだよ。あんたはこれまでの試合であたしを含めさんざんやってきたでしょ、ほら、今の観客の声がそれを示してる。もしあたしがあんたを殺してもあたしは、注意はされるかもしれないけど批判はされないし厳罰にもならない。だから心置きなく殺されな~」

 

「そ、そうなのか?けど悪いがお前程度じゃ俺を殺すことはできないと思う。」

 

 それまで下手に出ていたシバであったがいい気がしなかったので普通に言った。ご機嫌だった彼女の表情が一変する。その様子など気にも留めずにシバは続ける。

 

「計算高いって言ったか?ふん、笑わせるな、断言しよう、お前がどんなに計算していても無理だ、不可能だ。」

 

 彼女は俯き表情が見えない。シバはしまった、と思った。つい本当のことを言ってしまいどうしたものかと思っていると彼女の凍り付くような冷ややかな声が届いた。

 

「あっそ、でも関係ないわ、死にな。」

 

 顔を上げ不気味に笑みを浮かべる。さすがのシバも少し背中がぞわっとした。


 彼女が不気味な笑みを浮かべたまま、だらんとしていた左腕を動かす。


 ゆっくりとひじを曲げ、首を少し傾けた顔の横で中指を突き立てる。歯をむき出しにして笑顔のままだ。


 床に飛び散って数えきれないほどの赤い斑点となった彼女の飛沫血痕から細長い鋭利な赤い柱が垂直に突き出る。それぞれの“血柱”から赤い棘が枝分かれし赤黒い茨の森と化する。


 吐血した痕からはうねりながら竜が二体現れる。茨に捕らわれたシバを囲う茨が避け二体の竜がシバの両腕に噛み付く。


「ヒャハハハハハ!あんたがあたしをなぶり倒してた時にあたしの血に魔力を込めていたのさ。けど本当の狙いはこれから、さすがのあんたも内側からなら何もできないでしょう?」


 彼女の言葉通り竜の牙から何かがシバの体に注入される。血管に入り全身を駆け巡る。だがシバの表情に焦りはない、いつも通り涼しげである。

 

「なあ、確かにお前の攻撃はよく計算されていたと思うが俺には効かない。お前の血液で魔力を隠したつもりなんだろうが完全に隠しきれてなかったぞ。そもそも、お前は床の血痕に一瞬だが視線を落としたろ?バレバレだったぞ。それに俺の血は特別だからお前程度の人間の血なら何ともないぞ。」

 

「何を言ってもあんたはもう結局終わりだよ。」

 

 彼女は嬉々として言う。

 

「だから効かないって、それに魔力を完全に隠すのはこうやるんだよ。」

 

 彼女の表情が歪んだ。腹部に痛みを感じたようだ。腹部に手を当てると掌が真っ赤に染まる。

 

「な!どうし、て、、!な、なに、が、、お、きて、ごふぁ!」

 

 何が起きているかわからないといった彼女であったがさらに痛みを感じ、大量の血を吐き出す。

 

「魔力に隠蔽魔法付与するんだよ。よく見てみろ、お前の腹には何が刺さってるんだ?」


 だが彼女には見えなかったようだ。シバはやれやれと言った表情で指をパチンッと鳴らした。腹部には二本の黒い短剣が突き刺さっている。

 

「これでわかったろ?俺は確かに魔力が異常に少なく無能だ。けれど少ないなりに勉強して効果的な魔法の使い方を身につけてきたんだ。魔力量だけで罵るお前らには今の俺には当然勝てないよ。」


 使い方は理解した。けれどそれを十分に発揮できるほどの魔力が今まではなかった。だが今は負の魔力の存在を少しずつ認識できるようになっている。だからこそシバには自信がそれなりにあったのだ。

 

 さらに、シバが指を鳴らすと何本もの黒い短剣が姿を現しあらゆる方向から彼女に向けられていた。背中に一本、また一本、右肩、左肩、左太もも、右太もも、その他全身に短剣が突き刺さる。

 

 拷問、競技場は静寂に包まれ彼女の悲痛の叫びのみが何度も何度もこだまする。審判が試合終了の合図を出す前に残りの短剣を一気に突き刺す。すでに気を失っていた彼女は静かに倒れた。


 シバに批判する者はもはやいない。言うことすらできないのだ。無能であったはずの生徒がこれまでされてきた以上のことをするというまさしく復讐とも呼べる事実を目の当たりにし、そしてシバという無能の魔法士の残酷性に何か言える者などこの場にはいない。


 シバは何事もなかったかのように競技場を後にした。

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