第12話

 この結果を誰が予想できただろうか。再び競技場には異様な空気に包まれる。もはや実況までも声にならないほどのことが目の前で起こったのだ。

 

 あっさりと渾身の攻撃が消され対戦相手の男子生徒は両膝をつきうなだれた。顔を上げることができない。無能と罵ってきた相手に今は恐怖しかない。化け物だ、目を見開きうつむいたまま冷や汗が止まらない。もう一歩も動くことができない。降参しようとも恐怖で声が出せない。ただ恐怖におびえることしかできない。


 そんな状況でツカツカと恐怖の象徴が歩み寄ってくる。震えが止まらない。足音がだんだん近づいてくる。それに合わせて心臓が大きく拍動する。足音が止まり視線の先にはシバの足が見える。今自分は見下ろされている。視線を感じるがどうすることもできない。感じるのは恐怖ではなく自身の死である。これまでの自分の行いがフラッシュバックする。


 目の前の男に浴びせた誹謗中傷、記憶の中でのシバの影がだんだんと大きくなっている。その影は悪魔のように見えた。影の悪魔が自身を、教室にいる者全員の、腹を貫いた。


「おい、」

 

 シバに呼ばれ我に返ったが声を出せず視線を上げることもできなかった。なにか反応を示さなければ確実に殺される。けれど思うように体が動かない。意思に反して体は言うことを聞かない。

 

「おい、聞いてんのか?」

 

再び呼び掛けられるがやはり体が動かない。死を確信し目を閉じたが突然動かないはずの体が動き立ち上がった。と思ったが目を開けるとシバと目が合った。


「あ、」と声が漏れた。そしてようやく自身の体に何が起きているのかを理解した。胸ぐらをつかまれ持ち上げられていたのだと。

 

「自分で立てよ、」

 

 今度は意思と体が合わさり自分の足で立った。

 

「お前さ、降参するのかこのまま続けるのか選べよ。降参するには自分で審判に言うんだろ?」

 

 先程までの恐怖体験から即座に降参を選択し審判に伝える。

 

「審判降参す、ぐぇぁ!」

 

 彼が降参を言いかけた時に急に喉元に激痛が走る。鉄球が勢いよく衝突してくるような衝撃でシバに殴られた。今度は物理的に声を出すことができない。


 さらに腹部に激痛が走る。シバの膝が彼の腹部に蹴りこまれた。


 腹部を押さえ体をくの字に曲げ横たわる。口からは大量の血液が吐き出される。さらに腹部を蹴り上げられ体が宙に浮く。


 蹴り上げられ上昇していったがやがて上昇が止まり一瞬空中で静止する。跳躍したシバは頭部を鷲掴みし物凄いスピードで地面にたたきつける。その衝撃で競技場の床にめり込んだ。


 それからはだれもが競技場から目を背けたくなるほど痛ましい光景が続いた。魔法など一切ない、無能だろうが関係ない、体術における力量。ただシバが対戦相手をなぶり続けた。競技場には飛沫血痕が不気味に散る。


 他の競技場とは違い一切の声援もなければ批判もない。ただなぶられる際の痛ましい音だけが聞こえる。そして、観客席でこの光景を見ていたクラスの連中にシバが視線を向けた。


ドカッ!


 最後に腹部をえぐるように拳を入れシバは攻撃の手を止めた。


『し、試合終了、』


 審判の声を待っていたかのように救護班がシバの対戦相手を運んでいく。審判、観客、救護班からはシバへ厳しい視線がおくられる。実況も勝利を称えない。競技場が静まり返りシバも何事もなかったかのように競技場を後にした。


 

 それからの試合も同様にシバへの攻撃は一切効かずシバは無傷であった。シバとは対照的に対戦相手は男女関係なく血まみれでボロボロだった。


 さらに大会は進み第四戦のシバの対戦相手は女子生徒である。試合開始直後彼女はシバにある提案をする。

 

「ねぇ、あなたもう三回勝ってるんでしょ、じゃあこの試合負けてくれない?あんたなら他の試合も勝てるでしょ?けどあたしは正直どうかわからない。負けたらポイントが引かれるわけじゃないんだからあんたにデメリットはないはずでしょ?」

 

「なるほどな、確かに俺に不利な点はないな。」

 

 シバの返答に彼女は小さくガッツポーズをする。少し安堵したようにも見えるがその安堵は一瞬で消えた。

 

「だが断る。お前のポイントに興味はないし、不利な点はないが利点もない。交渉するならもっとうまくやれよ。」

 

 目の前の男が何を言ってるかわからないと言わんばかりの彼女であったが突然顔を歪める。腹部に強い痛みを感じる。その時初めてシバが接近しやや下から抉るように腹部に拳を入れたと理解した。

 

「悪いが、そもそも女だろうが容赦はしないつもりだったしお前には結構馬鹿にされてきたしな、」

 

 そう言うとシバは左足で水平に彼女の脇腹に蹴りを入れる。


 その衝撃で彼女は一直線に吹き飛んだ。そのまま観客席を囲む結界に激突すると思われたが突如彼女の背後に黒いサークルが出現した。彼女はそのままの勢いでその黒いサークルに吸い込まれる。


 直後シバの背後に同様のサークルが出現し中から彼女が飛び出された。どうやら空間を転移させるゲートのようである。


 背後から勢いよく飛び出された彼女に対しシバは左足を軸に回転し右足で水平に蹴りを入れる。吹き飛ばされた彼女はまたもゲートを通りシバに向かって飛び出される。


 彼女の顎に下から拳を振り上げる。彼女はゲートを通り下から飛び出された。


 シバは後ろに飛び退いて回避する。跳躍し上空で彼女に追いつき両手を組み上から振り下ろし彼女の腰を殴打する。


 殴る蹴るを繰り返し見る者によっては物凄い速度で飛び出してくる”的“で武術の鍛錬をしているように見えるだろう。その型は誰もが見とれてしまうほど無駄がなくしなやかで洗練されたものであった。まるで演武のようである。これが演武ではなく戦闘でしかも”的“が人間でかつ女子だと一瞬忘れてしまうほどである。床に飛び散る血痕や吐き出された大量の血でさえも演武の演出であるかのように一見美しく見えてしまう。


ドカッ!


 床に彼女が叩きつけられ小さなクレーターのようなくぼみができ床が割れた。その衝撃音と床の様子で観客たちはおろか審判、実況ははっと我に返る。


 競技場の床には彼女の血が飛び散り細かい赤い斑点が不気味に広がっていた。所々に吐血した痕も見られる。競技場の端うずくまる彼女は言うまでもなく血だらけでボロボロだった。


 シバの体にも少なからず彼女の血が付着していた。床は赤く血に染まりシバは彼女の返り血を浴び競技場は不気味な光景となっていた。

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