第11話

 学院基礎戦闘大会当日、シバは図書館にいた。アイに昨日の出来事を簡潔に説明した。

 

「、、、シバ、ここからが復讐の始まり。」

 

「分かってるよ、けど今後は基本的に白魔法の状態で生活していくつもりだ。それでも絶対アイを死なせない。」

 

 すると突然アイが手を伸ばすとシバの頭上に魔法陣を展開させそこから大量の水が滝のごとく流れ出てきた。 

 

「、、、私はシバを死なせない、シバは私を死なせない、対等じゃないと嫌。」

 

 

 ずぶ濡れになったシバを今度は温風で乾かしながら言った。

 

「ったく、どうしてこの状況で言うんだよ?もう少しましなシチュエーションなかったのかよ。」

 

「、、、ごめんなさい、でもなぜか少しイラっとしてそしたら不安になってきて思わず、、、次は参考にする。」

 

「アイはいつも通りで何よりだ。俺たちは二人で生きて二人で復讐するぞ。」

 

「、、、うん、当然。」

 


 学院長の開会の言葉でついに学院基礎戦闘大会が幕を開けた。年に一回の開催ということもあり老若男女問わず国中から観客が押し寄せた。

 

「おい、無能、退学の準備はできたか?」

 

「おいおいそんなこと言ってやるなよ、まだ分からないだろ、集団戦闘があるし。」

 

「けどどっちにしてもこの無能がいなくなるのは確定だろ。」

 

「寂しいなあ、俺たちもかまってやれないよ、」

 

 生徒の待合室となっている教室ではすでに退学が決まったとはやし立てる連中がいた。それに同調していつものように教室からはクスクスと笑い声が聞こえてくる。しかし一定以上シバに近づいてくることはなかった。やはり一昨日のシバの豹変ぶりを気にしているようだった。


 それでもシバへの誹謗中傷がやむことはなかった。

 

(まったく、今更こいつらにいちいち構っていたら色々めんどくさいな。無視、無視。)

 

 シバが無視を貫いているとわかると最初にシバをからかった連中の表情が険しくなり一歩シバに近づいたが、踏み出した足元に魔法陣が浮かびポンッと小さな爆発が起きた。

 

「うわっ!?いってぇ!なんだよ!?おい、無能てめぇ何したんだよ!」

 

「俺らにこんなことしといて無傷で帰れると思うなよ、」

 

「自分の立場考えろよ、」

 

 しかし、シバの反応はない。そのまま無言で教室を後にしようとし、ドアに手をかけ言った。

 

「俺は無能なんだろ?お前らが誤爆させたんじゃないのか?それともあの観客の熱狂ぶりに緊張しすぎたのか?」

 

 去り際にフンッと鼻で笑い教室を後にした。するとパレク教官が腕を組み廊下の壁に寄りかかって小さな笑みを浮かべていた。まるでシバを待っていたかのようだ。

 

「あれも、日々の補習訓練のたまものだな。魔法自体は大した威力ではないが発動するタイミングは悪くない。第一食って掛からず冷静だったのは正しい判断だ。どうだ、試合は勝てそうか?キャリアには勝ったそうだが?」

 

 教官がシバに話しかけたがシバは教官を後にしようと立ち止まることなく歩を進めた。しかし教官もそれについてきた。自分の質問に答えろと言いたげだ。

 

「別にあの程度何でもないですよ、それに委員長に勝ったのは委員長が魔法を使わなかったからですよ。」

 

 肩をすくめシバは答えた。

 

「そうではない、お前は明らかに今までのお前ではないだろう。私がお前とどれだけの時間を過ごしたと思っている。お前のことは私が一番理解しているつもりだ。お前は相当強くなっているはずだ。お前に何があった?答えてくれ。」

 

 教官はシバの前に回りシバの肩に両手を置いて心配そうに尋ねた。

 

「教官、俺は教官に本当に感謝しています。物事の本質を見極めることができると教官が言ってくれたこと、俺はうれしかったです。だから、この大会での俺の戦いを見てほしいです。言葉で話すよりも行動で示したほうが伝わることもあると思います。じゃあ、僕はもう行きます。」

 

 そう言い残して教官と教室を後にしたシバであったが教官はシバの背中を心配そうに見つめていた。


 シバは教官の元を離れ図書館に来ていた。

 

「、、、もういいの?」

 

 山積みにされていた本の一番上から姿を現したアイは言った。

 

「ああ、これでもう学院の連中と話すことはなくなった。あとは大会で優勝して表彰式の時に国王と学院長を殺す。」

 

 表彰式は学院の教官、生徒そして国民が一斉に注目するため復讐の一歩目として国王と学院長を殺すのには最適の機会である。

 

 「まぁとりあえず何が何でも優勝してくるけどただ優勝するんはつまらない。」

 

 シバは笑みを浮かべながら言った。今まで無能と罵ってきたクラスの連中に思い知らせるつもりなのだ。いちいち構ってられないと思っているがやはり今までのことを水に流せるほどシバは優しくなかった。むしろいい機会だと思っていた。自分が人間の敵になったということを教える絶好の機会だ。


『第四試合に出場する生徒は各競技場に降りてください。』

 

アナウンスが流れようやくシバの第一試合が始まる。審判を務める男性教官を挟んでシバと対戦相手の男子生徒が対峙する。

 

(一回戦の相手はこいつか、やたらと絡んでくる連中ではないが関係ない。それに何度かこいつにも罵られたことあったな。)


 シバがそう思っている前で相手の男子生徒はよほど余裕と思っているのかニヤニヤしながらシバを見下すように見つめる。観客席から観ているクラスの連中が彼をはやし立て、逆にシバにはいつものように罵声が届く。


 周りの観客もそれにつられて会場のボルテージは試合前にもかかわらずぐんぐん上昇していった。この場にいる者全員が無能のシバには勝てるはずがないと思っていた。

 

「おい、この俺が無能で雑魚のお前に痛みを感じないほど一瞬で終わらせてやるから安心しな!」

 

 最後にへへっと笑い男子生徒は言った。しかしシバがいちいち反応するはずもなく腕を組んだまま試合開始の合図を待っていた。さらにはお前など興味ないと言わんばかりに、ふあぁ~と欠伸をした。


 シバの態度にイラッとした男子生徒は魔法のオーラを全身に纏った。観客の歓声も大きくなる


『第四試合、はじめっ!』


 審判の腕が下ろされ試合が開始された。


 開始とほぼ同時に男子生徒がシバとの距離を一気に縮める。彼の立ち位置だった床は少しへこんでいる。


「一瞬で終わらすって言ったろ!」


 彼は両手に魔法陣を展開し数珠状に八つの炎の玉を目の前に生み出した。


 勢いを殺すことなくシバへと向かい八つの炎の魔弾を放つ。


 八つの赤い魔弾がシバに命中しシバは業火に飲み込まれる。そして大きな爆発が起きた。


 黒煙が立ち上りこの戦いを目撃していた者全員が試合の勝敗は決まったと確信した。

 

 しかし、だんだんと薄らいでいく黒煙の中に揺らめく人影が見える。一人、また一人と先ほどの熱狂、そして確信が消えた。


 黒煙が消え無傷のシバが現れた。この競技場だけ今現在異様な空気に包まれた。


『はっ、な、なんとぉぉ!無傷!無傷でありますぅぅ!!あれほどの爆炎の中、彼は、無能と呼ばれ続けた少年は、無傷です!いったい誰が予測していたでしょう!攻撃をした生徒も驚きが隠せません!』


 我に返った実況の声が競技場に鳴り響く。


「「「「ワァァァ!」」」」

 

 異様な空気が払拭され観客の驚きが体現されたかのように今日一番の盛り上がりを見せた。


 攻撃を仕掛けた当の本人は目の前の状況を飲み込むのに一体どれだけ思考を巡らせたのであろうか。驚き、動揺、そして怒り。彼の頭には無能であるシバが平然と立っているこの状況、そして自分の攻撃が全く効いていないという事実を到底受け入れることができなかった。

 

 絶対勝てるという自信、自分よりも圧倒的な弱者がいる毎日、これらが同時に壊れるかもしれないということへの恐怖、不安が彼の胸中で渦巻く。その恐怖、不安を怒りに任せて消す、そしてシバを倒すことで自分の自信と安心を取り戻せる。今は全力で目の前の男をねじ伏せる、それしか頭になかった。

 

「ふん、」

 

 この程度かと言わんばかりにシバは鼻で笑う。このシバの態度に彼は完全に頭に血が上る。

 

「次でてめぇを潰す。雑魚は雑魚らしく這いつくばってろ!この無能!」


 彼が再び魔法陣を展開する。先ほどと同様に八つの炎が数珠状に現れたが今回は八つが一つに合わさり八倍の大きさへと変化した。


 火炎魔法の合成でいくつもの炎の玉を生み出していく。生み出された巨大な炎の玉は計四つ。最初の八倍の大きさの炎の玉が彼の頭上に浮かんでいる。


 そして、四つの巨大な炎がさらに合成され超巨大な紅蓮の炎の球体が完成した。


 それを見たものはこの炎の球体を太陽と形容するだろう。太陽のフレアのように所々から炎が弾けまさに太陽と呼ぶにふさわしかった。


 審判が競技場を取り巻く結界の強度を上げるように観客席の前列にいる魔法士に指示を出す。競技場内の気温は一気に上昇し汗が滝のように噴き出る。


 そんな中唯一涼しげな顔をしている者がいた。シバだ。余裕の表情で相手の上空の“太陽”を見上げる。


 対戦相手の男子生徒は両腕を上げたまま”太陽“の下まで浮遊する。場内は静まりかえり皆戦況をじっと見つめる。


「くたばれや、無能、!!」


 彼の両腕が振り下ろされた。同時に“太陽”がシバめがけて落下する。


 突風と灼熱がシバに襲い掛かる。競技場の床は”太陽”が近づくにつれ熱で溶け地面が露になる。


 ”太陽“がシバを飲み込み火柱に包まれるシバを誰もが想像し今度こそ決着がついたと思われた。


 シバが右手に魔法陣を展開し近づいてくる“太陽”に向け右腕を伸ばす。


 “太陽”とシバの右手が接触した。すると“太陽”は圧縮されるように徐々に小さくなった。


 シバの掌に直径わずか二センチほどまで圧縮された”太陽“が残る。


 シバの掌に残った小さな“太陽”はごく自然に握りつぶされた。

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