第9話
彼女が木剣を構えた瞬間姿を消した。
正確には消したというより消えたように見えた。そのあまりにも速すぎる移動で消えたように見えたのだ。
内心シバには焦りしかなかった。正の魔法では到底立ち打つできないし負の魔法でもどうしたら使えるかも検討が付かない。
その時左の背後からキャリアの木剣が振り下ろされた。
とっさに体をねじるようにして回避したがそれが仇となったか三つの剣の斬撃がシバの正面に襲い掛かった。
魔法の効果により木剣に当たらずともその威力は斬撃となって相手を切るようだ。
さらに一振りのように見えたが実は三度木剣を振っていたのだ。
斬撃を正面からもろに食らったシバの体は武道場の壁まで吹き飛ばされた。
シバが立ち上がるとさらに彼女の木剣が振り下ろされシバも回避するがまたしても斬撃により吹き飛ばされた。
斬撃の嵐は弱まることなくシバに襲い掛かった。
全方位からの斬撃にさらされ続けたシバの体はボロボロであったが幸いにも魔族の再生能力の効果もあり完全に倒れるということはなかった。
シバは反撃に転じようとも魔力差が大きすぎ反撃ができないでいた。彼女の木剣にも魔力が込められており振れただけで腕が使い物にならなくなってしまう。
シバは反撃の糸口すらつかめずただ斬撃にさらされるしかなかった。
常に自分の弱さを実感する。
どう足掻いても越えられない。
ずっと閉じ込められたままだ。
他の者は何にも縛られることなく自分の思うまま成長し強くなっていく。
自分だけが鎖に捕らわれたままだ。
自分が無能であるという事実から抜け出せない。
無能と言う名の牢獄に捕らえられたままなのだ。
錆び付いた鎖で両腕を縛り上げられ跪き首を垂れる。
そんな無様の姿を牢屋の外で見下すものがいる。
『無様だな。』
顔は見えない。しかし誰かが牢屋の中のシバに話しかける。
『お前はいつもそうだ、お前の両親は死んだ。なぜか?お前が弱いからだ。』
『この先お前は
目の前の少年は淡々と話を続ける。
『いつまでたっても弱いままのお前は両親の仇も取れず、復讐もできず、たった一人の自分を想ってくれる魔族も失うだろう。なぜか?お前が弱いからだ。』
縛り上げられたシバの腕の無数の傷口から赤い血が流れ落ちる。
『すべてを失ってもお前は何もできない。なぜか?お前が弱いからだ。』
シバの足元には血の海が広がる。
『魔王の後継者の彼女を死なせたお前は魔族たちにも恨まれるのか。本当に恵まれないな。今のままでは何も救えない、何も成し遂げられない。なぜか?』
目の前の少年はシバに問う。
『なぜなら、お前は、弱い「人間」だからだ。これまでに何度命を救われた?両親に、彼女に命を救われ今のお前がいるのだろう?助けられてばかりだな。自分一人も守れないのか。この無能魔法士が!』
その時シバの中で何かが壊れた。
『きれいごとなどいらない、何も考えるな、お前は何のために力を求める。忘れるな、過去に自分が何をされたのか、恨め、憎め、殺せ、人間を!!』
『黙れっ!』
シバの両腕から流れ落ちる赤い血は黒に変化した。
床の赤い血の海と混ざる。赤と黒が混ざり合っても黒にしかならない。
漆黒の血が鮮血を飲み込む。
途端に赤く染まっていたシバの体は黒に染まった。
シバを捕らえていた鎖が腐ったようにボロボロと崩れ落ちる。
『お前が俺の未来を決めるな、俺が弱い?なんとでも言え。俺は無能魔法士だ。』
シバが不敵に笑う。
目の前の少年も不敵に笑いさらにシバに問う。
『ほう、それでお前はどうするんだ?』
シバの全身から禍々しい黒いオーラが漂う。
そして目の前の少年を黒いオーラが包み込む。
少年は笑みを浮かべたままシバに問う。
『それがお前の答えか、無能魔法士。』
『俺は、復讐する、学院も国も、俺の前に立ちふさがる者もすべて殺す。無論お前もその一人だ。』
少年を包み込んだシバの黒いオーラは少年の両腕を縛り上げ宙吊りにした。
シバが手の甲に魔法陣を展開させると黒い粒子が集まり一丁のハンドガンが生成された。
躊躇いもなく厳しい眼差しで目の前の少年の腹部に漆黒の弾丸を打ち込む。
少年は一瞬顔を歪めるが再び笑みを浮かべる。
『そうだ、それでいい。それが負の魔力の力だ。それこそ最強の魔王の力だ、』
『知ってる、だが一つ訂正だ。この力は最強の魔王の力だが、今は無能魔法士と言われ続けた、この俺の力だ。』
『ふっ、そうだな、最強の無能魔法士、シバ・イクディキシ、、』
『ふん、』
シバは引き金をもう一度引き目の前の少年の頭部を打ち抜いた。
顔の見えなかった少年の顔が露になった。
『俺は己を超えて強くなる、最強の無能魔法士だ、』
シバは暗い牢屋から抜け出した。
今武道場の端には攻撃の手を休めた眼鏡をかけた少女がいる。シバは彼女に目をやりぽつりと呟いた。
「まずはこの勝負を終わらせるか。」
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