第8話

「シバ、あなたは集団戦闘に一人で参加するおつもりですか?」


「まだ何とも。誰も俺と出るような奴なんていないからな。それに昨日の俺を見て近づきたいと思う方がおかしい。だからお前が今俺に話しかけているこの状況が俺は不思議でたまらない。」

 

 彼女は周囲を見渡して自分たちが注目されていることに気づいた。


「い、いえ、何でもありません、失礼します。」

 

 彼女はごまかすように言った。すると周りの不穏な空気は消えいつもの教室に戻った。彼女は去り際に小さくシバにささやいた。

 

「今日は午前中で終わるのでその後武道場に来てください。」

 

 シバは彼女の背中を目で追ったが彼女は何を思っているのか見当もつかなかった。


 翌日の大会に備え前日の今日は午前のみ講義があり今朝キャリアに言われたように武道場へ行くと彼女が部屋の中央で正座して待っていた。よく見ると傍らには木剣が置かれ、彼女の雰囲気からいかにも剣術の心得があるように見て取れた。

 

「なんだ、お前剣術やってたのか?」

 

 武道場に入って早々にシバはキャリアに尋ねた。しかし彼女からの返事はなく返事の代わりに彼女と彼女の傍らに置かれていた木剣が姿を消しシバの頭めがけて振り下ろされた。


 一瞬のうちにシバの間合いに入りこんだのだ。


 すかさずシバも反応し距離を開けようと左に飛び、回避しようとしたが回避した先にすでに木剣を構えたキャリアがそこにはいた。


 (なっ!?今俺は後ろに回避するのを彼女のわずかな動きから変更し左に回避したんだぞ。逆に彼女はそれを読んでいたのか?なんて奴だ。)


 そして彼女の木剣はシバの喉に向けられ一本取った形になりシバは両手を小さく上げ降参を示した。すると彼女は木剣を下ろし笑みを浮かべてポニーテールに結んでいた髪をほどきながら言った。

 

「私の勝ちです。奇襲にやられるなどシバもまだまだですね。」

 

 彼女はやけに上機嫌で自分の勝利を宣言し、再び髪を結びなおした。そして続けて言った。

 

「シバ、私と集団戦闘に出場してください。と言うより私も一緒に戦わせてください。私の実力は魔力量も剣術もかなりのものだと自負しています。ですから私も一緒に戦わせてください。」

 

「確かにお前の実力はわかった。だが俺は集団戦闘に出るなんて言ってないしそもそも正直出るつもりもない。」

 

「ですが、私たちのクラスの中から一組出場するということでエントリーカードは提出しました。それに出場選手はシバと私として提出してしまいました。教官の許可も下りましたし、今更どうこうできることではないですよ。」

 

 彼女のまんざらでもない表情にシバは驚きを隠せなかった。さらに彼女は舌を出して「もう決まっちゃったから」と言うような仕草をした。

 

「おいおいまじかよ、委員長強引すぎんだろ。」

 

「すみません、けれど個人的にあなたについてもっと知りたかったので。いつも放課後補習訓練もしていましたし、昨日の出来事には驚きましたけど委員長としてクラスをまとめることができなかった私の責任でもあるので力になれたらと思いました。学院の伝統と言うやり方には納得できませんが。」

 

「わかったよ、二人で出ればいいんだろ。けど俺は無能だぞいいのか?それとその伝統というのには学院側の意図があると思うぞ。」

 

「いえ、そこは私がカバーします。意図ですか?」

 

「ああ、まず俺たち一年は確実に負ける。その後に集団戦闘の講義を受けるとどうなると思う?」


 シバは学院の意図が大体どんなものか考えていたのだ。

 

「やはりそれこそ効率が悪いですよ、きちんと知識を身に着け実践したほうがいいですよ。」

 

「確かにそれもそうだが、集団戦闘を行うということは一人ではかなわないような敵との戦いを想定している。つまり敗北=死だ。何も知識のない状態での敗北、つまり死ぬかもしれなかったという経験は自分の記憶に色濃く残る。パニック障害というものがあるだろう。パニック障害は過去の危険な体験や失敗が再発することへの強い不安などからくるパニック発作だ。さすがにパニック障害を起こすまでのトラウマになるようなレベルではないがある程度の失敗を経験するだろう。そこでその後に正しい戦い方を学んだらどうだ?より理解しやすいし肝に銘じるようになるはずだ。恐らくそういうところだろ学院の意図は。」

 

「確かにそれはそうですが、なぜそのことを教官は私たちに伝えなかったのですか?」


「そりゃ、自分で判断したり行動したりできなかったら戦場で一人では何もできなくなっちまうだろ?」

 

「では、私たちは試されていたということですね。」

 

「ま、そういうことだ。」

 

「ではもう一本やりましょう。」

 

「唐突だな、戦闘眼鏡。」

 

「なっ!何ですかその戦闘眼鏡って!」

 

 キャリアは顔を真っ赤にして木剣の剣先をシバに突き出した。それを合図にシバがキャリアとの距離をとった。


 しかしシバが彼女の気配を背後に感じた時にはすでに遅く木剣を上段に構えた彼女がいた。


 先ほどと同様に勝ちを確信したキャリアは上段の構えから風を切るように木剣を振った。


 しかし彼女の木剣がシバの頭部に直撃することはなかった。


 シバが高速で回避したのではない。キャリアが動けなかったのである。


 自分が相手の背後に回り勝ちを確信したはずなのに目の前の男を切ることができないキャリアにとってこのようなことは当然初めての出来事である。目の前のシバの背中が大きく見える気がした。

 

「シバ、何をしたのですか!?あなたの背中をとったはずなのになぜ動けないのです!?」

 

「自分の両腕と両足をよく見てみな。」

 

 キャリアはシバに言われた通り自分の両腕、両足に目を向けてみたが特に何も見えなかった。しかし、何かに捕らわれているような感覚があった。

 

「今お前は魔法により捕縛されている。俺の捕縛魔法に隠蔽魔法を付与しているから見えないのも無理はないだろう。」

 

 そう言うとキャリアの両腕、両足の先に紫色の魔法陣が4つ現れそれぞれの魔法陣から鎖が伸び彼女を拘束していた。彼女はいつの間にこんなものを?といった表情をしていたがそれよりも今まで無能だったはずのシバが魔法によって自分に勝ったということに驚きを隠せないでいる。

 

「お前が負けた敗因は俺には魔法がほとんど使えないと思い込んでいたことだ。確かに俺は無能だがやりようはある。そもそもお前が魔力を使ったのは最初の加速と減速の時のみ。俺に気を遣ったのかは知らないが加速、減速以外で魔法を使わないなら俺の魔法でも捕縛することはできる。お前の優しさが仇になったな。だが俺からしてみたらそれは優しさではなく弱さだ。」

 

 シバの言っていることが図星のようでキャリアは何も言えなかった。しかし彼女の体から黄色い光が浮かび上がるとシバの鎖をほどき真剣なまなざしでシバに詰め寄った。

 

「今の勝負で1-1です。最後に一本取ったほうが勝ちです。今度はあなたを強者として全力でとりにいきます。」

 

 彼女目を閉じ呼吸を整えた。


 すると彼女のいたるところからうっすらと魔法のオーラがにじみ出てきた。


 ゆっくりと目を開き力強いまなざしでシバを見据えた。


 彼女の全身がオーラに包まれた。

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