地より他に帰る場所なく

 地球に残る事を選んだ人達もいた、と記録には書いてある。

 同時に人類へと未来を捧げた人たちも。

 同調したマニピュレータで彼女の登録番号を叩く。

 ――00:04:00――

 保管容器の封印が解かれる。高さ1メートルにも満たない円筒形の筒。

 これが秋村さんの全てだ。

 高齢者の多くの人々は地球に残ったという。

 単純に最も近くても7528万キロメートルの旅に最も近い遠い星での生活、言葉にすれば簡単な宇宙に出るという事にすら多大な負担がかかる。私達には存在しない地球という故郷への愛着もあったのだろう。

 勿論例外はある。

 ――00:03:00――

 祖先達が地球を去る決断をし、人類の歴史上最大最速の研究開発が行われた。記録の上でも事実の上でもそれは間違いの無いことだ。故郷を捨て、7528万キロの彼方までの逃避行を選んだのだから。地球史上最後にして最速で科学技術が進化した時代。火星の大地に落とした一粒の宝石を見つけるような、そんな薄い可能性に賭けてぎりぎりで人類は生き延びたのだという。

 ――00:02:00――

 ただし、火星に着くだけではと言う厳然たる事実は立ち塞がった。既知にして未知の星で我々は新しい人類の生存圏を、生活圏という版図を広げなければならず労力もそれ以上に知恵も欠かせなかった。

 最高の知識を、最高の技術を、最高の知性を、最高の発展性を。幾らあっても足らないが、同時に肉体という枷が問題で辿り着けない一部の人々。

 ――00:01:00――

 そして、その中の一握りの人々を諦めきれなかった火星移住プロジェクトは一つの結論に到達した。

 人間を人間足らしめるのに必要なパーツは何か?知恵に必要なパーツは?何を持って人格は人格なのか。仮想の現実に住まい肉体があるころと何一つ変わらない入力と刺激を与えることができれば?

 仮定に過程を、理論と実践を手元に招き、試し失敗し、試し成功しを繰り返し繰り返した先に確立された技術。

 知恵と知識を未来に受け継ぐために被験者を、人類の未来の守護者を保存し永らえさせる。必要な時に必要な時間だけ生と眠りを繰り返すシステム。

 こうしては現実となり、ここに最先端の文化英雄達は生まれたのだ。

 ――00:00:00――

 カウントダウンと同期したシステムにより秋村さんを載せた小さな射出ポッドが地球に向けて飛び出した。

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